第一話
※「学園への帰り道で」改訂話。
改訂前の話を見ながら、改めて書きあげているので、見違えるほどの変化はないと思います。
しかし、第七話辺りから、私の好き勝手にやってしまうことになりそうです……。
拙い文章ですが、暇つぶしに貢献出来たら幸いです。
グランスウォール大陸の中央に広がるウィールス平原。
そこは人の手が一切加えられていないのにも拘わらず、敷き詰めたかのように緑の絨毯が広がっている。
地面は真っ平らではなく、小さな丘などが所々あり、遙か先まで見通すことは出来ないが、急な斜面もないので平原を行くのに難しいことはない。
そんなウィールス平原を日が一番高い時間に緩やかな速さで移動する馬車があった。
若く毛並みの良い馬に馬車は引かれている。車は幌馬車で中には金属の塊のような物が積まれてあり、御者台には二人の少年がいた。どちらも若いが、もうすぐ青年といえる微妙な年頃であるようだ。
「はぁ……」
二人の内、手綱を引く少年が半眼で正面を見つめたまま口を開くと、思いっきり溜め息をついた。
髪は黒く、王国では髪の色が黒か茶色の場合は平民階級である印なので、恐らくそうなのだろう。瞳の色も髪と同色である。
特別容姿が優れている訳ではないが、見た目の良い悪いを決める天秤は、悪いに傾くことはないだろう。
しかし、現在は怠そうな表情を浮かべているせいで容姿を悪いに傾けている。
背は標準に比べて少しあるが、とても高い訳でもない。全体的に良いのだか悪いのだか分からない容姿である。
よく見れば細身だが引き締まった身体が、現段階で確実に褒められる特徴だろう。
服装は安そうな薄茶色の皮のブーツに質素な黒いズボンを履いている。
平民であるなら特に変わった姿ではないが、上に着ているものは下とは全く違った。
それはフード付きのローブである。安っぽさが滲み出る他と違い、純白のしっかりした布地。前側には閉める為の金のボタン、胸元には金と銀の糸で縫われた何かの紋章。丈は膝より少し上くらいだ。
フードの縁、袖、襟、肩口には白に映える深い青色でラインが入れられている。
見る目で見ればどっしりした印象と違い、意外に動きやすい作りになっていることに気づくだろう。例え激しい動きをしても、このローブが動きの妨げになることはない。
まるで貴族が着るような豪華なそれは、黒髪の少年の貧相なズボン等々と比べ大変不釣り合いであった。
「なんだよコウ、溜め息なんかついて」
不釣り合いな服装の少年――コウにそう言ったのは、先ほどの溜め息に怪訝そうな表情を浮かべているもう一人の少年だった。
髪の色は平民の色である茶色、そしてコウの持つ黒とも違う金であった。
金髪は王国で権力を持つ階級、貴族が持つものである。
瞳の中は青色を見せている。金髪碧眼、王国貴族の象徴であった。
鼻筋は真っ直ぐで、好奇心を強く宿した目元、陽気な表情に柔らかな笑み、コウとは違い容姿は確実に良い。
背格好は中肉中背でコウとは違い、別段、鍛えたりしている訳ではないようだ。
着ている物の見た目は派手ではなく質素なものであるが、上質な素材で作られているのが見て取れた。
そして、コウと同じ純白のローブを羽織っている。金髪の少年とそのローブは完全に釣り合い様になっていた。
「もうすぐ学園だから元気出せって!」
陽気な調子で金髪の少年はコウに言う。
それに対してコウは正面を見据えていた目を、半眼のまま自分の隣に座る少年に向けた。
「ロン、こんなガラクタ運びに何で俺を付き合わせた?」
言葉と共にコウは振り返り、幌馬車に詰まれた物を凝視する。
そこには大量のガラクタの山。幌馬車の張られた布で出来た屋根すれすれまで積まれている。
移動時に揺れた際の振動で崩れるのではないかと、ひやひやする程だ。
コウは半日ほど前まで休日を謳歌するために惰眠を貪っていたのだが、突如ロンに叩き起こされたかと思えば、空の馬車に乗せられたかと思うと、いきなり近くの街まで半ば拉致の形で連れて行かれたのだ。
そして今がその帰りである。
コウの言い様に金髪の少年――ロンが口を尖らせる。
「ガラクタとは何だ、ガラクタとは! これは宝の山だぞ!!」
「いいや、ガラクタだろ! むしろゴミだな!!」
「ガラクタならまだ使い道がありそうだったのに、ゴミ呼ばわり!? コウの目は節穴なんだよ!!」
そう叫ぶとロンはガラクタ(ロンの主張としては宝)の山から一つ手に取ると、コウの頬に押しつけるように手にある物を示す。
「例えばこれだ! これは魔力を動力にしないカラクリ時計だ!!」
「いや、近すぎて見えないから……」
コウは押しつけられていたものをもぎ取ると、ゆっくりと観察してみる。
大きさは手のひらくらいで、形は円形である。コウは物価の水準に詳しくはないが、見た感じと触り心地では低価の金属で作られているように思われる。
コチッ、コチッ、と規則正しく小さな音を立てながら針が時間を示しており、見た目の安っぽさを抜けば、世間一般的な時計と毛色の違いはないだろう。
そして、ロンの言うとおり、時計からは魔力は感じられなかった。
「ふ~ん、つまり、魔石を必要としない訳だ」
コウがロンに時計を返しながらそう言った。
『魔導具』と呼ばれるものがこの世界にはある。
人間が生み出したもので、神をも殺すことすら実現できるのではないかと囁かれるほどで、その可能性は未知数であり、底は見えない。
大変高価なものではあるが、魔導具があるかないかでは生活での便利さは段違いである。
形はそれぞれで、日用品から戦闘用品まで、多様な用途ごとに適した姿をしている。ここにある時計などもその一つだ。
使い方はその魔道具ごと一つ一つ違うのだが、共通しているのは魔石と呼ばれるものに魔力を溜め込み起動させることだろう。
「そう、そこだ! こいつの凄いところは魔石を必要としない……つまり、魔力を動力としないところだ!!」
ロンが興奮しながら説明する。
魔力は全ての生物が持っているものである。魔力が生命力の代名詞でもあるからだ。
魔力が枯渇したら死ぬ。これは一般常識として深く浸透しており、物心ついた子供なら知っているといっても過言ではない。
では、何故ロンが興奮した様子で手元の時計を褒めるのか。
それは、全ての生物が持ちうる魔力だが、それを操作することを皆が皆出来ることではないからである。
故に、魔力を扱えない者は、扱える者――魔術師や魔導師に頼るしかないのだが、大体の魔術師達は貴族の者である(これは、魔力を扱う才が血縁によって受け継がれやすいことが関係していのだが、何故、そうであるかの具体的な理由は解明されていない)。
そこで問題が出てきてしまう。現在、特に王国において貴族と平民の間には亀裂があるのだ。それは貴族側が魔力を扱えるという優位性から権利を得たという経緯から、平民側を見下すようになってしまっているからだ。
仮に貴族に頼んでも見下している相手のために、わざわざ動かないという訳である。もちろん全部が全部そうではないのだが、大抵はこれが当てはまるのだった。
「だけど、これなら誰でも使う事が出来る……!!」
他に手がない訳ではないが、例えば魔力が既に籠もっている魔石を入手して、空になった魔石と交換するという手だが、魔力が籠もっている魔石自体がそもそも高価なので平民階級では手が出せるものではない。
しかし、ロンの持つ魔力を使わない時計ならば、一度手に入れてしまえば見下す貴族に頼まなくても、高価な魔石を購入しなくても使う事が出来る。
「これでみんなの生活が少しは楽になっていくんだ」
そう言ってロンは最後に微笑んだ。
時計そのものが生活を楽にするとロンは考えていない。魔石を必要としない魔導具に代わるものが生まれたことが生活を楽にしていくと考えているのだ。
人が歴史の中で文化を発展させて来たように、このカラクリもまた、人々の手助けとなる大きな存在へと進化して行くだろう。
それをロンは純粋に喜んでいた。
「……お前は本当に貴族様とは思えないことを言うよな」
実家が貴族で、間違いなく自分も貴族側に含まれるのに関わらず、平民を『みんな』と言って笑うロンを見て、コウもまた微笑んだ。そこに先ほどまでの怠そうな様子はない。
街へ行き成り拉致したりと多少強引なところはあるが、それに嫌気が差さないのはこの少年の魅力だろう。
それに気づかないロンは上機嫌なまま、次の品を山から取り出す。
今度は拳三つほどの長さの筒だった。見れば筒の端と端にはガラスが張ってあるようだ。
ロンは筒の片側に目に合わせると遠くを指差しながら筒の正体を説明する。
「これは望遠鏡といって遠くにあるものを鮮明に拡大し、見えるようにするという優れたものだ! あの看板には『ここから北にクライニアス学園あり』って書いてあるぜ!!」
もちろん魔力は必要ありません。と、付け足した言葉は何故か商人が品を売り込む時のように丁寧だった。
馬車が看板に近づき書いてあるものが見える距離になると、確かにロンが言った通りのことが確認できた。
「へぇ、遠視の魔術なしで遠くのものが見えるなんて凄いな」
コウが素直に望遠鏡を褒めると、ロンは気を良くしたのか更に説明する。
「うんうん、やっとコウもこいつらの良さが分かってきたか。しかもだ、この望遠鏡の素晴らしいところは……」
ここでロンは言葉を一旦区切ると、コウが今まで見たことのない爽やかな笑み浮かべながらこう言った。
「魔力を一切使用しないから、気づかれることなく覗きが出来るんだ!!」
何故、覗きに魔力が関係するのかというと、学園には大気に流れる魔力を見つけ出す【魔術=感知】や対象物を探し出す【魔術=探知】などの魔術結界が施されおり、特に更衣室などといった場所は念入りである。
これは結界内を対象とした全ての術式を調べ上げ術者を探し出すというもので、今まで覗きを試みた勇者と呼ばれる者達は一人残らず捕縛されている。
ちなみに、この魔術結界を無効化出来た者は過去にいないとされている。
「近づいて窓から覗けば絶対に見つかるから、それは捕まえて下さいと言いにいくようなもの。しかし、遠くから覗こうにも遠視の魔術は、やっかいな魔術結界によって阻まれる」
ロンは話しながら拳を握り、そしてそれを高々と振り上げる。
「だが、時代は俺に……俺たちに味方した! これさえあれば遠くからの覗きを可能にし、更に望遠鏡はあまり出回っていないから、あまり知られていないからばれる心配もない!!」
本人は真剣である。力説である。
ついには口笛を吹きながら、望遠鏡を覗き込みあちこちの遠方を見るロン。
そんなロンを横目にコウは呆れながら溜め息をつく。
先ほど感心した途端にこれなのだから、溜め息をつきたくもなるものだ。
「お前はその変態なところがなかったら、普通にいい奴なんだけどな……」
この少年、コウからすると本当に気さくでいい奴なのだが、女の子に目がなく、いつも女の尻を追いかけているイメージしか持てないのが玉に瑕である。
学園に着いたら望遠鏡の存在を流布する事と、女性陣に警告しておくことを密かに考えるコウ。すると、その肩をいつのまにか静かになっていたロンが、望遠鏡を一つの方に向けたまま叩いた。
「なんだよ?」
「いや、なんかやばそう……」
怪訝そうなコウを余所にロンが望遠鏡を渡してきて遠くを指差す。望遠鏡をどけたその顔は青くなっていた。
コウは意味が分からなかったが、ロンの様子から何か冗談を言っている訳ではないことを感じ取り、黙って望遠鏡と手綱を交換し、見様見真似で指差す方角に望遠鏡を向け覗く。
望遠鏡は遠視の魔術に比べて、見えるものの鮮明さは劣っていたが、何が見えているのか確実に判断出来る程にはしっかりと見ることが出来た。
そして、小さな丘が続くウィールス平原には珍しく、少し開けた場所があり、そのおかげで見えたものがそこにあった。
コウが見たものをしっかりと認識した感想が次の通りである。
「なんでまた……」
そこにあった光景は、ローブに付いているフードを深々と被った人と思われる者が、魔物の群れに追われているというものだった。
この時、ロンは知らなかった魔物だが、コウは静かに見つめたまま知りうる情報を脳内に引き出す。
魔物の名前はドリークという。
肉食で爬虫類を思わせる体躯を持っており、平均的な体長は七~八歳くらいの子供くらいである。
舌を閉じた口先からチョロチョロと出す仕草は、舌先に魔力を感じ取る器官があるため、それによって獲物を探す動作なのだが、それに生理的な嫌悪感を覚える者は少なくない。
胴体の横から四足ある見た目からは想像出来ないが、鍛錬をしていない成人男性が本気で走った時と同じくらいの速さを出す。
子供だけではなく、抵抗する手段を持たない大人にとっても危険な存在である。
単体の強さとしては対処方法を学び、同時に戦う術を学んでいる者であれば、それほど困難といえる程はない。
ドリークの群れに追われる者はフードを被っており、望遠鏡を使っているとはいえ、距離があるので詳しい身長や年齢、性別などは分からないが、身の丈程の杖を振り回してドリーク達を牽制している様子から魔術師であると思われる。
「数は……十匹か。なんで魔物がここに?」
コウは望遠鏡を覗きながら、思いついたことを片っ端から並べるが、それでも疑問は尽きない。
ウィールス平原は魔物が生息していない安全な地帯であったはずだ。
それ故に、魔物――しかも群れと言える数でいるのはおかしいことだ。
それに、魔術師が一人で戦うこと自体があり得ない話なのである。
何故なら術を唱えても完成する前に攻撃を喰らえば、当然そのままやられてしまう訳であり、対魔術師戦闘においてはそれが当たり前である。
故に基本は術を唱える間、自分を守ってくれる前衛を相方にして戦うものだ。
魔術師が一人で戦っている場合は、一人で戦う術を持っていて自信があるか、やむを得ない理由で一人であるかである。
逃げ回る魔術師の様子を見れば、後者か、或いは前者から後者へと変わったかである。
「自信満々で一人で突っ込んで、駄目でした。とかだったら笑えないな」
逃げ惑う魔術師を見つめたままコウは呟く。視線の先での魔術師は未だ窮地から逃れられていない。
魔術師はある程度優秀らしく、ただ杖を振り回すだけでなく、呪文詠唱を必要としない初級魔術で杖の先に火を灯し、ドリーク達に向けている。自然界に住む生物は基本的に火を恐れるので効果的と言えた。
しかし、それも限界が近づいて来ている。
「時間を掛けすぎたな。火を恐れなくなってきている」
コウがぽつりと言葉を漏らす。
事実、ドリーク達は向けられる熱源に脅威がないと思い始めているのか、だんだんと火を恐れていたせいで遅くなっていた速さが、少しずつではあるが、確実に速めていた。
魔術師の方もそれに気づいたのか、大分焦っているようにみえる。
そこまで静観していたコウだったが、そこで立ち上がるといつの間にかガラクタの山に埋まっていたものへ手を伸ばす。その際に、まるで自分の事のように魔術師を案じて焦るロンに、何も言わずに望遠鏡を返す。
そして、ガラクタの中にすっかり溶け込んでいたものを、山が崩れないように慎重に取り出すと、自分の胸の前で立てるように持つ。
それは連れ出された際に財布以外に唯一持ち出したものだった。
ロンはその様子を何も言わずに見守っていた。
それは一振りの剣。
見た目はコウのローブ以外の服装に釣りあってしまう安っぽいものだった。
長さは六十センチメートル程で、刃の厚さも従来のものに比べて特別変わった点はない。
コウが僅かに剣を抜き、刃の状態を確認している。その目は興奮など微塵に感じられないどころか、むしろ冷淡といえる程である。
コウは直ぐに鞘へと収めたが、抜いた際に見えた刃も鈍い輝きを持つだけで特別は感じなかった。
鞘を含めて剣の端から端まで見ても意匠はなく、柄の部分に布が巻かれている事だけが特筆できるところだろう。
まるで持ち手と同じような見た目は極々普通の剣に見える。実際、それは少し前にコウが街の武具屋で安売りしていた物の中で、更に一番安価だったものを選び購入したものだ。
しかし、コウが持った瞬間、ロンにはその剣が何よりも力のある物に思えてならなかった。
その剣が実は名剣であるという裏がある訳ではない。事実、ロンが持てばその剣は見た目通りの安物の刃物になるだろう。
ロンは思わず生唾を飲み込んだ。その様子にコウは気づいているのかどうかは分からないが、ドリーク達の方へ目を向けたまま口を開いた。
「流石に人命が掛かっているとなると、見過ごすわけにはいかないよな」
そう言ってから、剣を腰に帯く。
口調こそ軽いが、コウの表情は真剣なものである。
「ということは、助けに行くわけだな!」
ロンもそれに合わせて良かったぁなどと続ける。先ほどは別にコウを恐れたりした訳ではない。ただ、その存在感にただ飲まれただけである。コウに悪意がないと分かっているロンだからこそ、直ぐに態度を崩せるのだった。
コウもコウで気にした様子はなく、むしろ助けに行くことに安堵するロンの態度に、まるで行かない可能性があったかのようであり、『こいつは普段自分のことを何だと思っているんだ?』と内心思うだけである。
そう思ってから、コウはふと言うことがあったと思い出す。
「お前の事だから大丈夫だと思うが、念のため言っておく……」
ロンは最初、きょとんとしていたが、徐々に理解の色を表情に浮かべると、コウの言葉を制するように返事をした。
「安心しろって、いつも通りに、だろ?」
第三者が聞けば理解出来ないであろうやり取りだが、この二人にはそれで十分であるらしく、コウも何も言わずに頷くと、遠くを見据えて【魔術=念話】を展開する。
『そこの爬虫類に追われている奴、聞こえるか?』
その出会いが、グランスウォールの歴史に残る出会いになるとは知らずに。
ともかく、改訂後という事で再び始めさせて頂きました。
書き方を少し変えてみたので、もしかしたら以前の状態で読みやすいと仰って下さった方々からすると、読みづらくなってしまったかも知れません。
ご指摘頂ければ改善する所存です。
また、何度読み直しても誤字脱字をする馬鹿たれなので、発見次第お教えして貰えると嬉しいです。本当に。
一話の書き上げが遅筆かつ、稚拙ではありますが、暇つぶし程度に今後とも見て頂ければと思います。