第十八話:響く言葉
拙い文章ですが暇つぶしに貢献できたら幸い。
四十年前の開設以来、多くの優れた騎士や魔術師を輩出してきたクライニアス学園。
入学条件は特になく、あえて言うならば入学金や授業料が高額なところだが、学園長の意向で奨学金制度といった様々な救済処置が用意されているので、貴族だとか平民などと関係なく学園で学ぶことが可能だ。
もちろん、門を広く構えていれば様々な人間が集まる。全員が全員、大出世をする訳ではない。
それでもこの学園が有名な理由は様々あるが、生徒の質が全体的に高い事が理由の一つとして挙げられるだろう。
学園を無事に卒業した者達は各自が望む進路に向かって行く。
そして、進路先では今まで学んできたものを余すことなく発揮し、優れた技術を見せて即戦力として扱われる場合が多いのだ。
そういった経緯から、“クライニアス学園の卒業生=使える人材”というのが一般的な考えになってすらいる。
そんなクライニアス学園の昼を目前に控えた時間。
学園の中心である〔パースライト城〕の東側にある演習場に生徒達の姿があった。
この演習場は一対一の試合をしたり、大規模な戦闘訓練をしたりと多様に対応出来るようになっていてかなり広い。
演習場には約五十人ほどの生徒達が訓練用の防具を身に纏い、刃を潰してあったり、木製だったりと殺傷能力を可能な限り押さえた武器を持ち交差している。
集まっている生徒達は、自分が申請した選択授業の一つとしてここにいるのであった。
生徒達は広い演習場に散り、担当教員によって決められた三人一組の班で模擬試合を繰り広げていた。三人の内の二人が戦い、残りが審判をするという形式である。
この模擬試合は生徒の自由に組ませない事によって、様々な相手と武器との戦い、経験を積ませるという狙いがある。
そんな生徒の中にはコウとアヤの姿があった。
「はぁっ!!」
「っ! ま、参った……」
手首を押さえて悔しそうに俯く男子生徒の前でアヤは構えを解くと一礼して下がる。
その磨かれた強さと礼儀正しさに、周りからは賞賛と嫉妬の二つの感情が向けられる。
前者は純粋にその強さを認める者達からのものなのだが、後者はアヤを快く思わない者達から向けられるものだ。
何故、快く思われていないかというと、単純に強さに対する勝手な妬みもあるが、一番の理由としてアヤがいつもリーネの側にいるからだろう。
周りから忌み嫌われているリーネと常に行動を共にしているので、リーネと同じく周りから受け入れられていないのだ。
自分が慕うリーネと行動を共にする。そんな理由で嫌われるのは理不尽だとアヤは思ったが、どのみちリーネの事を迫害するような連中と付き合うつもりは、さらさらないので気にしていない。
それよりも、アヤは今終えた試合の方が問題だった。
(弱すぎる………!)
それはさっき負かした生徒だけを指すのではなく、生徒全体を指しての事だった。
礼儀を重んじるアヤは、相手を侮辱しないようにそれを表に出さない。
しかし、過信などなく事実としてまったく相手にならないのだ。
アヤは弱いと言うが生徒達はあくまで学生であり、成長途中と言っても過言ではないのだ。現段階でそれは仕方がないという事だろう。
故に生徒達とアヤを比べるのは酷と言えるのだが、アヤは焦りを覚えていた。
(お嬢様を狙う刺客はだんだんと強くなってきている)
今までは戦う相手は人だったり魔物だったりと多種多様だったが、何とか撃退してこれた。
しかし、最初こそ一人しか来なかった刺客が一度に四人来たりと、回数を重ねる度に厳しさが増してきているのだ。
今後はこれまでのように撃退出来るとは限らないのだ。
(強くならなくては……!!)
それには自分より弱い相手と戦っても効果は薄いだろう。
だからこそアヤは焦るのだ。
素振りなどの基礎鍛錬をすることも重要ではあるが、それだけでは限界がある。
やはり自分と同等か、或いはそれ以上の存在との修練が必要だった。
そこでふと思い至る。
(いるじゃないか……)
危険度Aの魔物を退ける程のアヤに完勝してみせた青年が。
その青年に敗北したのはつい先日の事だ。記憶に真新しい事である。
早朝の裏庭で鍛錬をしていると言っていたので相談しようと思い、同じ授業を受けているはずのその青年を捜す。
苦労することなく青年の姿は見つかった。
アヤがいる場所から少し離れているが、こちらに背を向けてても分かる距離だった。
「ていやぁ!!」
「おっと」
見れば試合をしているようだったので、無秩序に散らばっている生徒達の邪魔にならないように、頭部を守る防具を脱ぎながら近づいていく。
一組の中で三試合ずつ模擬戦をすれば、休憩しても良い事になっていたので、三試合ずつの計六試合を終えたアヤは、気兼ねなくコウの模擬試合の様子を見学出来るのだった。
周りに注意を払いながら、何とか近づくと少し苛立った声が聞こえる。
「ちっ、上手いこと防ぎやがるな……」
木剣を構えるコウの相手をしている同じく木剣を持つ男子生徒(アヤは名を知らなかった)は忌々しそうに呟く。
どうやら何度攻撃を仕掛けてもギリギリで防ぐコウに手間取っているようだ。
「いやまぁ、こっちも必死だからな」
息を弾ませながら言うコウにアヤは吹き出すのを何とか堪えた。
先日アヤと戦った時には数十分の間、常人を遙かに超える動きを僅かも止まらずに見せて息切れ一つしなかったのだ。あの時の動きとこの試合の運動量を比べたら、一滴の水と湖くらいの差があるのだ。
アヤは事情を知らないが、コウは実力を隠しているらしいので演技をしているのだろう。
演技だと分かっているアヤですら、本当に息も切れ切れだという風に見えるコウの演技力に感嘆を超え、呆れも超えてしまい、何故か笑いそうになってしまう。
しかし、アヤは何とか堪えたつもりだったが僅かに漏れたらしく、それを見た名を知らぬ男子生徒が顔を赤くする。
客観的に見れば落ちこぼれと言われている相手に手間取っているのだ。
それを見て吹き出すのを堪えている。そんな流れから考えると、どうしたって。実力という点で嘲笑われているのだ思ってしまうのだった。
しかも、その笑いを堪えているのが学年で……いや、もしかしたら学園でトップクラスとも言われる強さを誇り、その上かなり可愛い分類のアヤなのだから恥ずかしく思う気持ちは倍増する。
例えそれが、周りから快く思われていないアヤであってもだ。
笑われていること自体が勘違いなのだが、思春期真っ盛りの男子生徒なのだからこれはばかりは仕方がなかった。
「い、行くぞおおお!!」
事実はどうあれ思い切った行動をさせるには十分だったようで、かけ声と共に一気に駆け出す男子生徒。
そんな風に考えも無しに突っ込むのは愚の骨頂。それこそアヤを失笑させるようなものだが、それに気づけるほど男子生徒には経験も余裕もない。
「たああああああ!!」
大きく振り上げた木剣を男子生徒が出せる精一杯の速さで振り下ろす。
(遅いな……)
アヤが音にせずに口の中で呟く。
焦りのせいか振りも隙だらけで、正直打ってくださいと言わんばかりだ。
まだ本格的な戦闘訓練が始まったばかりなので、仕方がなくはあるのだがそれでもアヤはそう思ってしまう。
コウならこれを簡単に避けて反撃することが可能だろう。
しかし、そう分かっていてもアヤは瞬きもせずにその光景を見つめる。
この先に待つ展開をしっかりと見ておきたかったからだ。
コウの肩口を狙う木剣が無駄に大きな軌道を描いて動く。
それを見て、コウは焦っているかのような表情を顔に貼り付けながら、冷静に迫ってくる相手の木剣を目で追いながら後ろに少しだけ動くと、手に持つ木剣を僅かに傾ける。
硬いものがぶつかる乾いた音がした。
「いててて……」
そんな声と共にコウが木剣を落とし、腕を押さえている。
自分でやっておきながら事態を把握できていなかった男子生徒だが、痛がるコウとこぼれ落ちている木剣を見て自分の勝利を知った。
「へっ、へへ。どうだい!」
男子生徒は審判役の生徒に勝利した姿を見せるふりをしつつ、実はさり気なくアヤにアピールをする。しかし、それにアヤは目もくれずコウに近づいていく。
「お疲れ様です。コウ殿」
勝者の自分でなく敗者であるコウの方に向かっていったアヤに、男子生徒は何か言いたげだが審判役の生徒が黙って肩を叩き、ゆっくりと首を振るのを見てると、すごすごと退散していった。
その姿はどちらが敗者なのか分からなくした。
去りゆく男子生徒達の様子にコウが苦笑していると、気づいていないアヤは怪訝そうに訪ねる。
「どうかしましたか……?」
「いや、なんでもないさ。それよりアヤも休憩か?」
「はい、そうです」
コウの口ぶりからすると、先ほどの試合がコウ達の組の最後の試合だったようだ。
周りを見れば同じように試合を終えて休憩に入っている者達が増えてきている。
「……ん?」
コウが何かに気がついたのか遠くを凝視すると、アヤを横目で見ながら離れた場所を指差す。
「あっちで休むか」
「いきなりどうし……あ、なるほど、そうしましょう!!」
同意の言葉を口から出すと、一目散に駆けていったアヤに苦笑しながらコウも頭部の防具を外しながら後を追って歩き出す。
先ほどコウが指差した先にはパースライト城がある方向で、城と演習場の間にある低い土手の上に佇んでいるリーネの姿があったのだった。
「すみません……。わざわざ来ていただいて」
「気にすんなって、大した距離じゃないんだから」
リーネは授業が早めに終わり、暇を持て余していたところ、城の窓からコウ達の姿を見つけて来たという事だった。
来てくれた二人に恐縮しているリーネも交えての雑談の話題は、たわいのない話から始まり、自然とコウ達の授業の話になっていった。
「しかし、流石でしたね」
「……何が?」
アヤが何に対して流石だと言っているのかコウは分かっていたが、建前として惚けてみせる。
その様子にアヤは喉を鳴らして笑う。
「腕、痛いんじゃなかったんですか?」
男子生徒が去ってから、腕を押さえる様子もなく平然としているコウに珍しく意地悪そうに微笑むアヤ。
ロンが見たら胸を高鳴らせただであろう、その魅惑的な笑みに残念ながらコウは肩をすくませてみせるだけだ。
「痛いんですか!?」
慌ててコウの腕を見るリーネ。先ほどのコウの試合を見ていたが、流石に遠くて怪我をしたかは分からないらしい。
怪我などは放っておけない質のようだ。
「いや、大丈夫だから」
リーネの慌てぶりに笑いながらコウは答える。
しかし、コウが痛みをやせ我慢しているのかを勘ぐっているのかリーネは直ぐには引き下がらない。
「本当ですか?」
「本当だって、というか何で疑うのか分からない」
「だって、コウは痛いのとか隠すイメージがありますもん……」
「イメージとかで話されてもな……。実際、怪我してないし」
なかなか納得しないリーネに腕を見せるが、それでも腕をさすったり、撫でたりして顔色を見てくるあたり、納得させることが出来ていないようだ。
どうしたものかと思案するコウだが、そこに援護が来た。
「私もコウにはそんなイメージがありますね」
「アヤ、お前もか。だからな……」
「ですが、お嬢様。今回は本当に怪我はないはずですよ」
同意見のはずなのにそう断言したアヤをリーネは不思議そうに見て、コウも少しだけ興味深そうに目を細める。
アヤは自分が見た事を話す。
先ほどの試合で男子生徒が肩を狙って木剣を振り下ろした時に、僅かに体を後ろに引き、男子生徒に後退するかのように錯覚させて、どうするかほんの一瞬思案させたところに剣を握る腕に隙を作り、打たせるように誘ったのだ。
そして、無意識に動き、食いついてしまった男子生徒の木剣に、傾けた木剣を相手の木剣にそっと添えて衝撃を最小限に抑え、木剣を落として痛がるふりをしたという訳だ。
多少の衝撃は腕に伝わっただろうが、それでも怪我に至ほどではなかったという事を聞き、ようやくリーネもコウの腕をなで回すのをやめた。
「あんな風に、今まで周りから偽って来たんですね……」
道理で気づけないはずですよ。と、感慨深げにアヤが呟きコウを褒める。
今まで誰もコウの強さに気づけなかったのは、彼の技術の領域が高すぎたからだろう。
現に、アヤですら最近までは強いという事をリーネから知らされていても、彼がやっていたことに気づく事が出来ずに疑ってしまっていたのだ。
本当のコウの実力を知って先入観を持ったことで初めて気づけたレベルなのだ。
他の生徒達には自力でコウの強さを見抜くことは出来ないだろう。
誰にも気づかれずにいられたことに素直に感心してのアヤの呟きだったが、それに対してコウは誇るでもなく、むしろ何処か自嘲気味な表情を作った。
その表情の変化はごく僅か。故にアヤはそれに気づかなかった。
「……コウ?」
しかし、リーネはその僅かな変化を見逃さなかった。けれども、どうしてそんな顔をするのか分からず掛ける言葉が見つからない。
「ん? どうかしたか?」
リーネに心配げに見られると、コウは直ぐにいつものような飄々とした様子を見せて笑ってみせる。
まるで、僅かに見せた自嘲気味な表情が勘違いだったのかと、思ってしまうかのような笑顔。
その笑顔にリーネは言いしれぬ感情に襲われた。
不意にリーネが動く。
「リーネ?」
「お嬢様?」
不安げな表情で再びコウの腕を掴んだリーネを二人が不思議そうに見つめる。
「えと、その……」
リーネも自分の行動が予想外だったらしく、困惑しているようだ。
「……本当にどうなさったのですか?」
アヤは最初、リーネがコウの怪我をまだ心配しているのかと思ったのだが、今浮かべている不安げな表情はそれだけではないとアヤに思わせた。
何か言いたい。だけど、言葉に出来ない。
まるで、言葉を知らない子供が親に縋り付くかのように、腕を掴んでくるリーネをコウはただ黙って見ている。
三者三様の理由で黙り、沈黙が生まれ、時間の経過が遅くなりかけた時、遠くから低い声が聞こえてきた。
「おーい、お前ら~。何してるんだー?」
見れば、この授業の担当教員であるウィルムス・グラークだった。
このウィルムス・グラークという男は、主に武器を使った近接格闘を生徒達に教えている。
身長175㎝のコウよりも高く、筋肉もかなり身に纏っていて体が大柄だが、不思議なことに暑苦しさを感じない。
その理由は闇雲に筋肉をつけているからではなく、戦闘をするのに使いやすい合理的な筋肉をつけているからだとアヤは思っている。
四十代後半であるらしいが、年齢と見た目が比例しておらず、渋いに入る外見だが若々しく見える。
かなり大雑把な性格で、細かいことを気にしないところが生徒には親しまれている。
昔は国に仕えていた元騎士だったという噂がある。
ウィルムスに声を掛けられ、コウ達はそこで周りには自分たちしかいないことに気づく。
どうやら、とっくに授業は終了し、解散していたようだ。
慌ててウィルムスの元に向かう。
「他の奴らはみんな学食に行ってお前達だけだぞ?」
「す、すみませんでした」
教員の話を聞いていなかった事にアヤが慌てて謝るが、ウィルムスはそれを笑うだけで叱ることはない。
普通なら話を聞いていなかった生徒を叱る場面でありそうだが、細かいことを気にしないウィルムスだけに、くどくど言ってくる事はない。
「それはいいんだが、クラーシス……」
快活に笑っていたウィルムスだが、少しだけ顔を顰めると、言いづらそうに口を開く。
「さっきお前と戦った二人が馬鹿にしてたぞ? クラーシスは良い練習台だって」
「はぁ、そっすか」
これは学園に来てからコウが誰にも勝っていない事から、新しく挑戦する技などの練習台に最適だという悪評が立っているからだ。
無論、わざと負けてるので勝つことがないのは当たり前なのだが、それを知らぬウィルムスにはよろしくないようだ。
「いいか? 戦いの世界なんだから勝敗というのは必ず存在する。だから敗者は絶対に生まれるんだ」
そこで一度区切るとアヤの事も見るウィルムス。
コウだけに話をしている訳ではないようだ。
「しかし、敗者になった者が勝者になれないと決まっている訳じゃない。むしろ、敗者になることが勝者への一歩だと俺は思っている」
“負ける”という事を知って初めて“勝つ”という事の本当の意味を知る。
そうウィルムスは語る。
「だから、クラーシス。お前が今、負けてしまっている事は絶対に無駄じゃないんだ。諦めずに頑張るんだぞ?」
「………はい、ありがとうございます」
学園に編入して来て些細な事でも負ける事を続けていた。
そんなコウに声をかけて来たのがウィルムスだ。
ウィルムスが担当する教科は選択授業のみ。
故に高等部二年までは接点のないはずだったのだが、コウの噂を聞いたウィルムスの方から近づいて来たのだった。
「説教臭くなって悪かったな。だが、今言った事は出来れば心に留めておいて欲しい」
足を止めさせて悪かったな。そう言ってウィルムスは教員棟のある方角へ去っていく。
そして、三人に沈黙が生まれた。
コウが周りから実力を隠すのは、ある人物との契約であるらしい。
その人物が何者なのか、どういった経緯でその契約を結んだのかはリーネとアヤは知らない。
実際に隠すとなると大変難しく、高い技術が求められるだろう。
それをやっているコウは確かに凄い。
しかし……
「俺は学園の奴ら欺いている」
二人と顔を合わせず、ウィルムスが去っていった方向を向いてコウは語る。
「どうでもいい奴、人の事を心配する善人、どんな奴だろうと関係なく、そいつを騙してる」
淡々とした口調に感情はない。
それは二人に対して言ってるのではなく、独白に近いものだった。
「だから、俺の行っていることは決して賞賛を受けるものじゃないんだ……」
コウの表情は意図してやっているのか、リーネ達の位置からでは窺えない。
故に、コウが実力を隠すという事をどんな風に考えているかは分からない。
けれども、ウィルムスが去っていった方を見ながら語った言葉。
これが分からないはずの答えではないだろうか。
「コウ殿……」
アヤが気まずげに顔を俯かせる。
コウの技術を褒める。
それが間接的に人の目を欺くことを褒めた事になったのだと気づいたのだ。
これは知らない事であったし、普通は褒める事がこんなことに繋がるなんて想像も出来ないだろう。
だから、不可抗力であったし、アヤに非はないのだが、それでも申し訳無く思う気持ちが生まれるのはアヤの真面目さ故だろう。
「学食、行こうぜ」
顔を合わせぬまま、コウが背を向けて促しながら歩き出す。
最初は気まずい気持ちからか、直ぐに歩き出さなかったアヤだが、コウとの距離が開き始めると仕方なく歩み出す。
「……お嬢様?」
少しコウとの距離を縮めた頃、リーネがまだ立ち止まったままな事にアヤは気づいた。
リーネは遠のくコウの背を凝視したまま動きを一切見せない。
「どうなさいま」
したか? そう言い終わる前に突然リーネが駆け出した。
何事かとアヤは思ったが、その疑問を問いかける前にアヤの横をリーネが通り過ぎていく。
元々、コウは普通に歩いていただけだ。大してなかった距離は直ぐに零になった
リーネがコウの腕を掴む。これで本日三度目だ。
「ん?」
後ろからリーネが走って来ていた事は把握していたが、それはただ単に追いつくためだと思っていたコウは、その行動が意外だったらしく、リーネを見ながら首を傾げている。
「どうしたんだ?」
リーネの顔を覗き込むコウは、いつもの彼だった。
先ほどの気まずい事なんてなかったかのように。
そんなコウをリーネは辛そうに見つめる。
その様子を心配したコウが何か言おうとする前にリーネが口を開いた。
「やっぱり、痛いんじゃないですか……」
掴む腕にきゅっと力を込めるリーネ。
コウに痛みはない。リーネに握力がないからか、コウが鍛えているからか、或いは両方の理由なのだろう。
そして、それは腕に怪我がない証拠でもある。
「その話は終わったろ?」
歩く自分は腕を痛めているように見えたのだろうか? そんな疑問をコウが思い浮かべていると、リーネがゆっくりと腕を掴んだまま正面に移動して、空いている手をコウの胸に置く。
またも意図が読めない行動にコウが困惑していると、リーネが辛そうに言った。
「例え、腕が痛くなくても、ここは痛いんじゃ……ないんですか?」
そう言ってリーネが胸に置いた手に力を込める。
「………」
コウは何も言えなかった。
胸を押されて肺が圧迫して喋れない訳ではない。それほど強い力ではないし、この場合は強さなど関係ない。
リーネに返す言葉が一瞬見つからなかったからだ。
「確かにコウは怪我なんてしてないでしょう。でも、痛くないって言うのは嘘ですよね?」
肉体的なものではなくて、精神的なもので。
怪我という形ではなくて、罪悪感という形。
隠したのは実力だけでなく、心の内もだった。
見えないものを見つけたからリーネは言う。
「私は何の役にも立てないかも知れませんが、それでも、辛いのを我慢しないで言って下さい」
リーネは理解したのだ。アヤに褒められた際にコウが見せた表情の意味を。
「私に頑張らせて下さい。貴方が隠す痛みがなくなるように」
黙るコウの目を真っ直ぐに見つめてリーネはそう言った。
リーネは何も心の内の全てを語れと言っている訳ではない。
ただ、コウが抱えるものを知り、出来るならばそれを支えようとしているだけなのだ。
それを理解した上でコウは、
「………ぷっ、くっくくく」
「へぅ!?」
「ちょっ!!」
突然吹き出したコウに、リーネは驚き変な声を上げ、話を横で聞いていてアヤは、笑い出すコウに信じられないと目くじらを立てる。
「コウ殿!! 折角、お嬢様が素晴らしい事を言ったのに笑うとは何事ですか!?」
自分だったら心に刻みつけながら涙する場面だと、目をつり上げて怒るアヤ。
「いや、ちょっとな……」
そう言いながらもコウの笑いは止まっておらず、時折体を小刻みに震わせている。
「そ、そんなに変なことを言いましたか? 私……」
リーネなりにかなり頑張って言った言葉だったので、笑われると傷ついてしまう。
しょんぼりとして肩を落とすリーネの頭をコウがぐしゃぐしゃと撫で回す。
「うぅ!? コ、コウ。やめ、髪が……」
じたばたと抵抗するリーネを無視して続けるコウだったが、アヤが止めに入りかけた時、不意にやめると、髪を気にしながら少し涙目のリーネに耳元に顔を近づけ、一言だけ言葉を落とした。
「ありがとな」
「え、あ……」
不意打ち気味に言われたので、咄嗟に言葉が返せずにいるとコウは歩き出してしまう。
「さて、急がないと昼飯がなくなっちまうぜ?」
コウの態度はいつもの飄々とした態度だ。
しかし、いつもより表情が晴れ晴れとして見えるのはリーネの勘違いだろうか。
「……そうですね! 急ぎましょう!!」
リーネは勘違いでも構わないと思った。
今は勘違いだと思えても、いつかきっと断言出来るようになれば良いのだと、そう思ったからだ。
急に元気になった二人についていけず、困惑しているアヤの手を引いてコウの後を追う。
コウの“ありがとうな”が自分の言葉に対しての肯定だったのか、否定だったのかは分からない。
それでも今日もまた、コウと仲良くなれた。
それは間違いないと言える事だと思い、リーネは自然と笑顔になるのだった。
(俺の痛みを無くすために頑張らせて下さい、か……)
上手く隠したはずのものを見てリーネが自分に言った言葉を思いだし、コウは後ろから来る二人に気づかれないようにまた笑った。
(自分の方が辛い状況だってのにな)
他の生徒達に蔑まされ、圧倒的にコウよりも心の内に溜まっているものは多いだろう。 そんな自分で手一杯のはずの少女に救いの手を伸ばされた。
(まったく、本当に面白い奴だよ……)
大量の荷物を精一杯で持つ子供に、数量の荷物を持つ大男が手に持つ重さを心配されるかのような滑稽さ。
だから、笑ってしまった。
そして同時に思った。
救いの手を差しのばされたはずなのに、逆にこっちが救ってやりたい。
(俺が誰かを救う、か……)
学園に来てから約一年間。自分の使い道を考えながら適当な毎日を過ごしてきた。
そんな自分の答えがもしかしたら、リーネなのかもしれない。
そんな風に思った自分にまた笑う。
(深く考えすぎだな……)
今はただ楽しもう。考えすぎて見逃さないように。
そう決めて、近づいて来た二人振り返って笑みを見せるコウであった。
※後書きは筆者が好き勝手書くところだと思っているので、暇な方だけ見ることを推奨します。
学期末試験真っ盛り!!
です。
自分、何やってるんですかねー。
高校の3年は学期末試験が早く、この時期にテストをやって長い自宅学習(という名の長期休暇)になるんですけども…
正直、この学期末試験をパスしないと卒業が危ういという噂です!
1、2学期そこそこの成績だったら、今回まずっても何とか大丈夫らしいのですが、私、そこそこの成績じゃなかった気がします。
やばいですね。かなり……
それでも今回の話をあげたのは、読んで下さる人がいるから待たせてはいけない!!
という、殊勝な心がけだけならよかったのですが(もちろん、それもあるのですが)、息抜きという名の現実逃避をしてたら気づいたら話を上げられる量が蓄積されたというか……
後書きの文章が若干おかしいのは、結構焦ってたりするからです。えぇ……。
という訳で(?)今回の後書きは好き勝手書くのをやめて、ここいらで止めておきます。
一週間に一話という公約はどうしたのやらな うましか でした。
恐らく多くの方が目を通して頂ける時間帯、本日こと1月29日の7時頃は私の色んな意味でのピークに達してる頃です。