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第十七話:中途半端な学生と揺れる騎士と その5

 拙い文章ですが暇つぶしに貢献できれば幸い。

 太陽が昇り、朝早くから作業のある者達が段々と活動を始め、学園が起き始めた時刻。コウによって作られた結界により、その存在を外部に知られずに学園が誇るパースライト城裏庭にいるのは対峙する二人とそれを見守る二人の計四人。

 対峙するのはコウとアヤ。互いに己の得物を持ち静かにたたずんでいる。

 見守るのはリーネとロン。ロンは対峙する二人の中間の辺りに立ち、リーネはそのロンよりも離れた場所に立っていた。


 「これより、模擬戦を始める!」


 ロンが確認するかのように、静かに対峙する二人を一度ずつ見てから高らかに宣言する。

 二人は言葉を発せずに首を縦に動かすことで確認に対する意思表示をする。


 「ルールは特になし。武器を放棄して殴りかかるも良し、武器だけで戦うも良し、だけど、これが“模擬”戦であることを忘れないように!」


 “模擬”のところを強調するロン。

 コウとアヤの持つ武器はそれぞれ真剣だ。その上、二人は防具すら着けていない。下手をすれば怪我だけでは済まない可能性すらあった。

 それ故に、ロンは本心ではこの模擬戦をすることは反対だった。ロンからすれば二人の内の片方は何だかんだで親友と呼べる奴。もう片方は絶賛お近づきになりたい女の子。万が一の可能性のある模擬戦はして欲しくないのだ。


 ロンがまだ納得出来ていない、という風に難しい顔をしているの見てアヤは申し訳無い気持ちになる。

 思えば現状にいたるまでの原因は全てアヤにあるのだ。ほとんどアヤのわがままだと言っても良い。

 ロンよりも少し離れた場所に立つリーネも心配そうな表情を浮かべている。

 それを見て、ますます申し訳無く思う気持ちを強めるアヤだったが、それでもこの模擬戦をやめることは出来なかった。


 (本当にここ最近の私は駄目だな……)


 声に出さずに呟く。思えばコウ達に出会う前の状態……、常に張り詰めながらリーネに牙を向ける何かと戦い、傷つき、疲弊していた毎日の方が自分らしかった気がする。そうアヤは思った。

 疲弊していく自分を見て、リーネが悲しんでいたのは重々承知の上だったが、余計な事を考えずにがむしゃらになって行動するのは楽だった。

 

 自分しかリーネを守る者はいないのだと、自分を追い込み奮い立たせていたからかもしれない。


 だからこそ、摩耗しながらも今日まで頑張れた。

 それがアヤにとって誇りのようにもなっていたから。


 しかし、つい最近になりコウという存在が現れた。

 自身に降りかかる不幸や周りの嫌悪の目に晒され、そしてアヤの姿を見て悲しみにくれていたリーネをコウは気負うことなく現在進行形で救っている。

 正直な話、何故リーネがコウの事をあそこまで信頼しているのかは分からない。

 出会ってからまだ間もないとも言える期間であるし、少し優しい言葉を掛けられただけでなびくようなリーネだとはアヤには思えない。

 それでも、リーネがコウを受け入れたのは事実なのだ。

 故に最初はコウを認め、自分も受け入れようとアヤは思った。

 だが、自分が認めようとしたコウの像と実際のコウは結びつかなかった。

 

 そう感じてしまったからこそ、試したかった。コウという存在を……。 

それ故の模擬試合だ。例えロンを困らせ、リーネに心配を掛けてでも、こればかりはやめることは出来ないのだ。

 このモヤモヤとした気持ちを抱える自分が次に進むために……。

 そう、思っていることを伝えるとロンとリーネは渋々といった様子で、コウは何も言わずに了承したのだった。


 「あくまで決め手は寸止めで終わらせろよ!? それじゃ………、始め!!」


 煮えきれない気持ちを抑えているであろうロンがついに開始の合図をする。

 時間は余り残されていない。四人が寮の外にいることを誰かに知られる前に戻らなければならないからだ。だから、アヤは最初から全力で行くつもりでコウに対面する。

 彼我の距離は歩数で五歩程。いろいろな植物が乱雑に己を主張する裏庭だが、四人がいる場所は開けたところなので遮蔽物は特にない。

 アヤは剣先をコウに向けて構えるが、コウは抜き身の剣を右手に持ち、構えることなくただ持ったまま動かない。

 その事を怪訝に思っていると前触れ無くコウがアヤの武器を見ながら問うてくる。


 「それは……、刀だよな?」


 「……ご存じでしたか」


 確かにアヤの手に握られているのは刃に独特な波模様、普及率の高い剣身の幅が広く厚みのある剣に比べ、剣身の幅が狭い特徴的な形状の剣である刀だった。

 長さは二尺(六十センチ)ほどで、飾り気がないがそれが逆に実戦向けである雰囲気を出していた。


 アヤは自分の得物が刀であるという事を知られていた事に僅かに警戒を高める。


 この『刀』という武器。遙か東にある小さな島国の騎士達が好んで使うとされている、切ることに特化された剣なのだが、こちらの地……グランスウォール大陸ではあまり知られていない。


 理由は様々あるが大きく分けて二つある。

 一つ目は、単純に極東の島国とグランスウォール大陸が離れた位置にあるため、その存在が伝わりづらいのだ。

 そして、二つ目として扱いが難しい事だ。

 大陸の人間が剣と言われて真っ先に思い浮かべるであろう、剣身の幅が広く厚みのある剣は、かなり扱いやすい。この上なく極端な言い方をすれば、初めて剣を握った者でも相手に刃を当てることが出来れば傷つけることが可能だ。

 それに対して刀は違う。

 刀を振るうには専門的な知識、何より刀を扱う為だけの剣術を学ばなければならない。

 それを知らない者が刀を振るえば、刃こぼれしてしまったり、下手をすれば刀身が曲がってしまったりするのだ。


 そのような理由があるため、仮に刀を手にいれても使用に至るまでの過程の面倒さから、扱おうと思う者が少ないのだ。


 「昔、刀持ったじーさんに腕を落とされそうになった事があるからな」


 忌々しそうにコウが顔を顰めながら語る。

 それを聞いてロンとリーネは微妙そうに苦笑しているが、アヤは同じように笑えない。 コウの言葉に思うところがあったのだ。


 (まさか、誘われている……?)


 今まで刀を得手として戦ってきたアヤ。その経験の中で見慣れない刀を使った特殊な剣術に相手が対応出来ない、という戦闘において優位な事があった。

 アヤからしてみれば、普段通りに剣を振るうだけで相手が戸惑う………。

 自分の手の内を明かさずに、いかに相手の手の内を知るかが基本にして重要な戦闘において、それはアヤにとって良い優位点だった。

 もちろん、アヤも実戦を多く体験している訳ではないし、手練れと呼ばれる者にはその程度のことは優位点だと言えないことは分かっている。

 それでも、今までの戦闘はその考えを持って挑んでいた。

 今もコウの一言がなければ、刀を扱う剣術に戸惑うであろう事を想定して向かっていただろう。


 (……考え、すぎか?)


 間接的にとはいえ自分から刀を使う者と戦った経験があると語ったコウ。

 彼が何も言わずに黙っていれば、アヤは自分の手の内が知られていない、という考えで動き、そして裏をかかれていただろう。

 もし、この解釈が正しければ、コウは裏をかいたりすることなく真正面からアヤとぶつかっても、勝てるという自信があると言う事だ。


 だが……、とアヤは考える。

 コウが語った老人の腕前がどれほどかは分からないし、何より彼がアヤの考える刀の優位点を知るわけがない。

 ただ偶然にも刀を見て思い出したことを言っただけである可能性の方が高い。

 どちらかというと、この場合はアヤの考えすぎだと判断した方が理性的だろう。


 アヤは改めてコウを見る。

 手に持つのは、何処にでもありそうな安物の剣(本人曰く、武具なんて壊れるもんなんだから使えれば問題ない)。その剣の先は地面に向いており、むしろ地面についてしまっている。

 構えといえる挙動もまったくなく、ただ立っているだけだ。

 緊張感と言えるものは皆無の立ち姿。

 ぼんやりとしている表情。


 「………」


 「ん? どうした?」


 人の心情も知らずにのんきに声を掛けてくるコウ。思わず真面目に対峙するのが馬鹿らしくなるアヤであったが、なんとか気を引き締める。


 「なんでもありません……」


 一度大きく息を吸って吐き、気を取り直してコウに言う。


 「行きます!!」


 「模擬戦なんだから、仕掛ける時にいちいち宣言しなくてもいいんだけどな」


 苦笑するコウにあえて構わず、両手で持つ刀を一度握り直す。


 (もう、あれこれ考えずに全力をぶつけよう)


 模擬戦をすることになったのも、普段の様子だと実力が分からないから頼んだのだ。

 この際、あれこれ考えることはやめよう……。

そう考え、アヤは戦うことだけに集中する。


 距離は五歩ほどだが、速さに自信があるアヤにはこれくらいの距離ならば問題にならない。

 狙うは首の辺り。

 アヤは一歩踏み出したその次の瞬間に一気に加速し、五歩の距離を一を数える前に零にし、コウの目の前に移動するのと同時に愛刀を袈裟に振り下ろす。

 この間にコウはまったく動かない。

 アヤは落胆した。

 動かないコウを動けなかったのだと思ったから。

 実際、アヤの動きはそう思わせるほどに早かった。

 今まで演習なり、実戦なりでアヤの動きに対応出来なかった者も多くいる。

 その経験もあって、アヤはコウの事をそう判断した。


 刹那的な時の流れの中で落胆しながらも、模擬戦なのだから手を止めなくてはいけないと思ったその瞬間、コウが動き――――――


 裏庭に重い金属音が響いた。


 「なっ!?」


 最初、アヤは何が起こったかのか理解出来なかった。

 驚愕に遅れてやってきたのは重い手の痺れ。

 腕は持ち上がっており、相手の目の前だというのにガラ空きの胴を晒してしまっている。

 そして、目の前にいたはずのコウが下がったのか、距離を空けたところから突っ込んでくる。

その姿を見てアヤは瞬時に混乱する脳に活を入れて、痺れる手で絞るように柄を握りしめ、持ち上がっていた腕を再び振り下ろす。

 しかし、読まれていたのか、コウが突然動きを止めずに真横に半歩動き、紙一重で避けられる。


 (見極められてる!?)


 慌てて刀を返そうにもコウは既に剣を振るう動作に移っている。


 (……なら!!)


 刀を返すには間に合わないと判断したアヤは、振り下ろした状態のまま脇を締め、コウの胸めがけて肩から突っ込む。

 ドンッ、と結構な衝撃が窺えるくぐもった音がした。

 これには流石にコウは予想外だったのだろう。目を開き驚いている。

 互いに予想しなかった展開であったが、瞬時に胸を強打されれば、呼吸が止まり隙が生まれる。そう思いアヤは次の行動を直ぐに考える。

 が、それは無駄に終わる。

 強打された胸とアヤの肩の間にコウが手を差し込んでいた。

 どうやら空いていた左手で咄嗟にアヤの肩先を覆うように掴み、体当たりを受け止めていたようだ。

 無論、それだけで完全に衝撃が殺せる訳ではないのだが、コウは後ろに飛ばされる時にあえて自ら後ろに飛び、同時に飛ぶ瞬間に掴んでいた肩を突き飛ばし、アヤのバランスを崩させた。これによってコウは衝撃を完全に殺し、さらにアヤの追撃を阻止してみせた。


 「……ッ!!」


 慌てて崩された体勢を直そうと踏ん張るが、それをコウが許さない。

 結果的に互いに押し合ったので距離が空いていたので、追撃はないとアヤは踏んでいたのだが、その予想は外れコウが飛ぶように突っ込んでくる。

 あまりに早いコウの追撃に、苦し紛れの体当たりが無力化されていたことを知り、油断した自分を呪いながらも、何とかコウの初撃を受け流す。

 

 「くっ、うぅ!」


 アヤが唸る。

 連続して鳴る重い金属音。初撃を受け流されてもコウは顔色変えることなく次を、それを凌がれてもまた次を。まるでアヤを削るかのよう息をつかせぬ連続攻撃を仕掛けてくる。

 鍔迫り合いに持ち込むの手かも知れないが、体勢を完全に戻せていない今の状態では体格差もあり数秒保つかも怪しい。

 しかし、それでも受け流しているのも限界がある。というか今は何とか受け流せているが、これは結構奇跡的な状態だったりする。

 コウの攻めはかなり早く、重く、そして激しい。

 もはや刀が弾き飛ばされるのは時間の問題だと言えた。


 そして、アヤを苦しめるのは剣だけではない。


 「………」


 アヤを見つめるコウの表情に余裕の笑みはない。

 むしろ笑みどころか顔に表情はなく、ほとんど無表情で、唯一表情と言えるのはその鋭い目だった。

 余裕がないわけではない、例え優勢であっても、相手を仕留めまで油断を一切しないだけなのだ。

 戦士として研ぎ澄まされたコウという存在が放つ精神的な重圧はかなり重い。


 (どうする……? どうすればいい……!?)


 視線すら攻撃手段であるかのように、刺すようなコウの鋭い目はアヤの動きを常に捉え続けていた。










 「いや~、アヤちゃん結構強いんだねぇ~」


 コウとアヤを離れた場所で見守っていたロンが隣いるリーネに語りかける。

 しかし、リーネは唖然とした様子でコウ達の方に視線を釘付けにしたまま反応しない。


 「もしもし~、リーネちゃん? ……流石に無視は傷つくかなぁ」 


 「え…? あ……。す、すみません! 何ですか?」


ロンが冗談混じりに言うと、そこでやっと話しかけられていることに気がついたのか、慌ててリーネがロンを見る。

 そんなリーネを見て苦笑しつつ、さっき言った事を繰り返す。


 「アヤちゃんって結構強いんだね」


 長年の連れ合いであるリーネはともかく、同じ授業を受けているコウはアヤの強さをある程度ではあるが知っていたので、実質アヤの強さを初めて見るのはロンだけなのである。

 そして、今日初めて見たわけだが、アヤの速さはかなりのもので、何気にある経緯で実戦を結構経験しているロンなのだが、今まで見た中で上位には入る程に早く正確な剣捌きだと思ったのだった。

 コウに追い詰められているアヤを見て、“結構”をつけて強いというロン。

 その皮肉とも取れる物言いに慌てるようにリーネが言う。


 「アヤって凄い強いんです!前に私がグナヴィスに襲われた時、一人で撃退したんですから!!」


 グナヴィスというのは、体長三メートル、毛むくじゃらで筋肉の塊のような人形の魔物だ。

 その名の通り魔物に関する事を取り扱う魔物ギルドで、危険度Aとされてる凶悪な魔物である。

 S、A、B、C、D、E、F、と七段階に分けられるランクの上から二つ目の危険度Aの魔物を一人で退けたというはかなり凄いことであった。

 普段は静かに喋るリーネが捲し立てるように言った事で、自分の言葉が皮肉にも聞こえることに気づくと今度はロンが慌てる。


 「べ、別にアヤちゃんを軽く見た訳じゃないからね? というか、一人でって凄いね……。普通グナヴィス位の魔物になると小隊を用意しないといけないって言われてるのに」


 ちなみに、ガルバシア王国で規定されている小隊の人数は、十名ほどの分隊が四つ集まった人数、約四十人ほどだ。つまり、条件などを無視して単純に考えれば、アヤはガルバシアの騎士約四十人分位の強さという事になる。

 ロンはそんなアヤの強さに“結構”とつけてしまった自分に呆れながらも、ある意味それは仕方がない事だと思えてしまった。

 何故なら、


 「つか、そんなアヤちゃんを圧倒してるコウってなんなの……」


 ロンがアヤよりも強いという事実がある訳でもなく、ただ単純にそのアヤよりも強い奴をずっと見ていたからだ。

 それに実はロンは驚いていたりする。コウの事を強いとは思っていたが、まさか小隊と並ぶ強さを持つアヤと互角どころか、圧倒するほどなのだとは思っていなかったのだ。


 「そうなんですよね……。凄くびっくりしました」


 リーネもコウの強さを認めはしていたがアヤを一方的に攻撃するほどだとは思っていなかったようだ。

 それはそうだろう。かなりの実力を持つアヤよりも強い者が学園に学生としていたのだから。宝石の原石の中に高値で売れるだろう完璧な宝石があったようなものだ。


 再び、戦うコウ達を見ているリーネの横顔をロンはぼんやりと見ながら考える。

 先ほど『グナヴィスに襲われた時』とリーネは言ったが、この危険度Aの魔物は学園で普通に過ごしていれば、まず遭遇することはありえない場所に生息している。

 そうなると、やはりリーネを狙う何者かが関連しているのだろう。

 当然気になるのは狙われる理由なのだが、それを聞きこうかと思った時にコウにやめるように言われたのだ。

 曰く、


 『あいつらは俺たちを悪事に巻き込むような奴らじゃない。今言わないのは、言えない理由があるのかもしれないだろ? 今は聞かないでおいてやろうぜ』


 という事だった。

 普通に考えれば、リーネ達と共に行動すれば魔物なり刺客なりに襲われる可能性があり、最悪命に関わる事すらあるかもしれない。

 それに、リーネ達にその気がなくても、結果として悪い道を進んでしまう事だってある。

 故に聞く方が当たり前の選択なのだが、コウの言葉を受けたロンはこう思ったのだった。


 (事情のある女を何も聞かずに黙って守る男……。それってなんか格好良くね?)


 これでアヤちゃんと急接近……!?

 普通に考えなかったロンはそう思い、コウの意見に賛成したのだった。


 「……どうかしましたか?」


 物思いにふけていると視線に気がついたリーネが首を傾げながら語りかけてくる。

 ロンは慌てて誤魔化した。


 「な、なんでもないよ! それより、そろそろあっちは終わるかもね」


 もちろん、“あっち”とはコウ達のことを指し、ロンの言うとおり激しく剣を交えていた二人は、出だしに戻ったかのように距離を置いて対峙していた。

 対照的な様子で互いに剣を構え、対峙する二人は緊迫した空気に包まれている。

 ロンの態度を不思議そうにしていたリーネだが、ロンの言うとおり、コウ達の様子に戦いの終わりを感じたのか直ぐにそちらに意識を向けた。

 何とか誤魔化せた事に安堵しながらロンも二人を見る。


 寮に戻らなければならない時間は直ぐそこに迫っていた。










 「………」


 「ハァ……ハァ……」


 荒く息を吐くアヤとは対照的に、コウは斬撃の嵐を吹き荒らしていたのに息一つ乱していない。

 アヤはコウに肺があるのか、または息をしているのかを本気で疑っている。

 模擬試合を始めてから時間にして約二十分ほどだろうか。その間にアヤが放った攻撃はは最初の初撃、恐らく弾かれたのであろう初撃を無理矢理振り下ろしたが避けられた斬撃、それと捨て身で決行した体当たり、どれも避けられた三つだけだ。

 その後からは攻めに転ずる隙がないほどの斬檄の嵐を受け続けていた。

 数えたわけではないので正確なことは分からないが、開始十分程でコウの放った斬撃は千なんて簡単に超えていただろう。それ程に凄まじく早い嵐だった。

 正直、凌ぎきった事が奇跡的な位だった。


 「ハァ……ッ、ハァ、どうし、ましたか?」


 リーネを守る為に刀を握る機会が多かったが、ここまで追い込まれたのはグナヴィスと戦って以来だろうか。むしろ余裕がありそうな分、実戦だったらコウの方が厄介だと思えた。

 むせそうになるのを何とか堪えながら、急に斬撃を止めて距離を作ったコウに話しかけると、コウは手に持つ剣を見せながら苦笑する。


 「刀って以外と硬いんだな」


 見れば剣は刃こぼれだらけになっており、先端のほうなどひびすら入っていた。

 どうやらアヤより先に剣の方が限界が近づいたらしい。別にコウの剣の扱いが荒いわけではない。むしろ、あれだけの振り回して折れなかった事が不思議なくらいだった。

 自分の持つ刀が名刀に分類されるもので、その上、魔術を用いて加工されていた事、それとコウの剣が安物で良かったと素直にアヤは思ったのだった。


 「アヤも俺の剣も限界間近……。そこで提案がある」


 限界、と言われ負けず嫌いの所があるアヤは一瞬否定しようとしたが、直ぐに今の状態で否定しても説得力が欠片もないと思い直し黙っておく。


 「次の一撃で終わらせよう」


 時間もないしな。と言いながら距離を詰め、互いの間を四、五歩程に縮めるコウ。


 「……それは、互いに防御を……、捨てるという事、ですか?」


 「まぁ、俺は後の先を取るタイプだから、紙一重で避けて剣を向けるけどな」


 アヤは完全に当てる気で良いぜ。と付け加えた。

 乱れた呼吸を整えながらアヤは考える。

 つまり、アヤはコウが回避行動を起こすより先に刀を突きつければ良いのだ。

 避けられなければアヤの勝ち、避けられればコウの勝ち、簡単な話だ。

 確かに簡単な話だが………


 「それだと、私の方が有利なのではないですか?」


 コウは自分から後出しすることを宣言した。ということはアヤはコウの出方を計る必要なく、斬りかかることだけに集中できるということになる。

 そう思ってアヤは言ったのだが、直ぐに気づいた。


 (ああ、そうか……)


 コウはアヤが有利なのは分かっていて提案し、後出しすると言ったのだ。

 疲弊したアヤがハンデを背負った状態での締めの勝負にならないように。

 人によっては、その行為を舐めた態度だと思うかもしれないが、アヤはそう思わない。

 コウの表に出さない優しさに思わず笑ってしまう。


 「どうした? これじゃ納得出来ないか……?」


 突然、笑みを浮かべたアヤを疑問に思ったのか、コウが怪訝そうに訪ねてくる。

 その様子にアヤはまた少し笑う。


 (なんでお嬢様がこの人を信頼するのか、少しだけ分かった気がする)


 実力が十分すぎるほどに分かったのもそうだが、その“少し”を理解出来たのは、アヤにとって大きな収穫で、もはやこれ以上戦わずともコウとは上手く付き合っていけるような気がした。


 しかし、


 「いえ、何でもありません。それでいきましょう」


 アヤは刀を上段に構える。

 模擬戦の目的だったコウの実力を知るということは出来たし、これ以上戦う事に意味はないかもしれない。

 それでも、アヤは刀を構える。

 コウという強敵と戦う。

 それが戦士としてのアヤの望みだったから。

 コウの申し出を受けたのは、アヤが彼の事を認めることが出来たからだろうか?

 それは、コウと対峙する疲弊しているはずのアヤのいきいきとした表情が、答えを物語っていた。


 「行きます!!」


 初めと同じように宣言してから踏み込む。

当てる気というのは気が引けたが、コウ相手に手加減しては無理だと判断し何も考えないことにした。

 構えは上段構え。胴を空けた構えなのでどうしても隙のある状態になってしまうが、その代わりに初撃の速さは、どの構えよりも早い。

 普通の戦闘ならば使いどころを考えなくてはならない構えだが、今回は自分が出せる最速を体現するだけなので、躊躇することなく選択できた。

 その速さは常人の動体視力では、刀を瞬間的に目視出来なくするほどだ。


 疲弊した体で踏み込んだはずの、その一撃は今までで一番早かったかもしれない。

 そうアヤは思えたほどの快心の一撃だった。

 コウに白刃が風よりも早く迫る。


 (さぁ……! どう躱す!?)


 半分期待も込めてコウを見ながら腕に力を入れた瞬間、コウが爆発的な速さで動いた。


 アヤに向かって。


 (えっ!!?)


 元々僅かな時間しか無かった互いの距離が一気に減る。

 アヤは目測で距離を測り、刀を振り下すタイミングを決めコウに向かっていた。

 その丁度振り下ろそうとした時に、コウが予想外なことに前に踏み出してきたので掴んだタイミングが何処かに消えてしまった。

 このままでは正面衝突してしまう。どうなるかは分からないが、ともかく刀を振ろう。アヤがそう思い無理矢理に軌道修正して刀を振り下ろすのと、ほぼ同時にコウの姿がかき消える。


 「!?」


 虚しく刀が空を切る。

 慌ててコウの行方を捜す前に首の横に熱を持たない何かがあることに気いた。


 「俺の……、勝ちだな」


 後ろから聞こえる勝ち誇るでもなく言うコウの声で、アヤは自分の負けを知る。

 長い戦いだった。

 実際の時間は三十分にも満たないだろう。

 それでも、その中身の質が短い時間を何倍にも何十倍にも膨らませていたのだろうか。アヤは何時間もの時間が経ったような気がした。

 思わずへたり込んでしまう。ここに来て疲れが来たのだ。コウが剣を納めながら正面に回ってくる。


 「大丈夫か?」


 戦闘中の無表情が嘘だったように笑いながら問いかけてくるコウ。

 その疲れのない様子に、模擬戦に負けたのとは違う理由で敗北感を覚えながらも、アヤなんとか大丈夫だと答えながら質問する。


 「まさか前に出てくるとは思いませんでした……。どうやっていきなり消えたんですか?」


 「消えた? ……あぁ、アヤにはそう見えたか」


 「えぇ、コウ殿をすり抜けてしまったのかと思いましたよ」


 心底不思議そうにするアヤにコウが笑いながら答える。


 「あれはただ単にお前の死角に飛び込んだだけだよ」


 「死角に飛び込んだだけ、ですか」


 あの正面衝突しかけた瞬間、コウはアヤの死角に逃れるように地面に飛び込み、直ぐさま立ち上がって背後を取った。それだけだった。

 もっとも、アヤがかなりの速さで動いていたからこそ、出来た事であるらしい。


 「普通の奴なら流石に視界の隅に引っかかって悟られるだろうな」


 「………」


 そこまで考えて動いていたコウに感心とも呆れとも言えない思いをアヤは抱いてしまう。

 アヤの複雑な心境を知ってかは分からないが、コウが笑みを薄め、アヤに聞く。


 「んで?」


 納得出来たのか。

 アヤが模擬戦を申し込む切っ掛けになったとも言える短い問いかけ。

 それに対してアヤは模擬戦を思い返すまでもなく、居住まいを直し真剣な顔を作ると、ゆっくりと頭を下げる。


 「これまでの無礼な態度をお許し下さい。私の勝手な尺度で貴方を測ったいた事をお詫びします」


 そして、顔を上げた。


 「貴方は私など、遠くに及ばない強い方でした」


 顔は憑きものが落ちたように晴れ晴れとしていた。

 そして、コウの許しを得るまでそうしているつもりなのか、再び頭を下げる。

 アヤは自分が恥ずかしかった。これほどの実力差がある相手を侮辱していたのだから。

 だからこそ、誠意を見せて許しを請わなければならない。そう思ったのだった。


 「アヤ」


 コウが呼びかける。

 それでもアヤは顔を上げない。


 「アヤ~、あれか? 人の顔を見ずに話すのがお前の礼儀なのか?」


 「い、いえ! そんなあぁ!?」


 勢いよく顔を上げて『そんなことありません』と言おうとしたがそれは失敗に終わる。

 丁度顔を上げた所の至近距離にコウの顔があったからだ。

 頭を下げていた時は声はもっと上の方から振っていたので完全な不意打ちだった。

 アヤが目を白黒させているのを見て、コウが吹き出すように笑う。


 「良いなその顔、笑えるぜ!」


 「こ、こんなことされたら誰だってこうなりますよ!!」


 驚かされた上に笑われて、顔を赤くしながら思わず抗議声を上げてしまう。 

その様子を見て、コウはうんうん、と頷くと馬鹿にしたような笑みを引っ込めると優しい笑みを作る。


 「あんまり固く考えるな、俺は全然怒ってないし気にしてないから」


 「あっ……」


 そう言われ、コウの悪戯が気に病む自分の為だったことに気づく。


 (そう言えば、こういう人でしたね……)


 思えばリーネが周りから嫌な目で見られ、辛い思いをしていてアヤが何も出来ないでいる時も、おどけて見せて辛い気持ちを消してしまうような男なのだ。


 「これから、よろしくな」


 コウが手を差し出してくる。


 「……はい! こちらこそよろしくお願いします!!」


 座ったまま手を握り返す。

 前にも『よろしく』と言って握手をしている。

 しかし、あの時とは違い、流されやすい一時的な気持ちではない、しっかりとしたものがアヤの中にあった。


 コウに手を引かれ何とか立ち上がる。

 戦いが激しくなり、少し遠めの距離にいたリーネ達が、戦いの終わりを知ったのかこちらにやってくるのが見える。


 「なんだか、疲れましたよ。このままベッドに直行したいです」


 アヤが女の子らしく汗なんか気にしていると、コウが意地悪く笑う。


 「残念ながら今から直ぐに寮に戻って朝飯を食ったら教室に直行だ」


 「……あ」


 今がやっと朝と言える時間で、一日は始まったばかりだということをすっかり忘れていたらしい。


 「し、シャワーは?」


 「今から全力で寮に戻ってギリギリ朝飯に間に合うレベル、あとは学園生なら分かるなよな?」


 寮の朝食を食べ終わる時間から教室で点呼を取られる時間まで、約三十分間。生徒達はこの三十分の間に持ち物の確認などを済ませて各々の教室にいなければならない。

 ならば、その間にシャワーに入ればよいのではないか?

 確かに通常ならばそう考えるが、この学園では


 「朝食の時間からのシャワーの使用を禁ずる。でしたっけ……」


 という規則がある。

 これは昔、朝食後にシャワーを浴びて遅刻するという生徒が続出した為に出来た規則らしい。シャワーを浴びたければ朝食前に済ませることとなっている。

 ちなみに朝食では点呼が行われ、それに出席するのは義務のようになっている。

 つまり、朝食を諦めてシャワーを浴びるという選択肢は用意されていないという事だ。


 「俺は小汗しか掻いてないから濡れタオルで十分」


 「ず、ずるい……!」


 見ればアヤはべっしょりと汗をかいていた。


 「はっはは! シャワーは諦めるんだな」


 笑いながらそういうと、コウはアヤ達を迎えるように歩き出す。

 しばらくその背をじっと見てから、アヤは微笑むと小走りに追いかけた。




 これが本当の意味でコウ、リーネ、アヤ、ロンの四人が一つのグループとなった瞬間であった。








 ※毎度おなじみ後書きは作者が言い訳を書くところになってるので、言い訳とか見てイライラしない方だけ見ることをお勧めします。


 新年、あけましておめでとうございます!!


 すいませんした!!


 言い訳させていただきます。

 最初は『冬休みだから書きまくる!』って思っていたのですが、この冬休みというやつが中々に忙しく、二週間の内の計四日しか丸一日家にいる日がありませんでした……

 四日もあったじゃないかと思われるかもしれませんが、確かにこの空いていた日は文章を書いたのですが、ことごとく納得のいくものが書き上げることができず、書いては消す、書いては消すを繰り返しておりました。


 正直、それが冬休みを終えても続き、生意気にも軽いスランプ状態でした。

 PCに触れない日も続きました。

 それでまぁ、ダラダラしていたのですが、ある日、サイトをチェックすると、頂いた感想に更新のご催促をしていただいてるものを見つけました。

 そして、私がダラダラしている間にも更新を心待ちして下さっている方々がいることをアクセス数で知りました。

 

 もう、アレですよね。嬉しく思う反面、自分なにやってるんだろう……。と思い、気を引き締まられました。頭を殴られたような気持ちっていうのを体験しました。


 よく目にする、あなたの応援が私の力になる。みたいな文をみて何となく、ホント カイナー と思っていた私ですが、それは事実だったことも知りました。


 駄目人間 うましか は、感想を書いて下さる方はもちろん、私の駄文をチェックして下さっている方々の存在が励みとなり、支えになっています。


 本当にありがとうございます!


 どんなに遅れても、どんなに陳腐になっても、物語りを途中で投げ出すことだけは絶対にしないと決めているので、それだけは安心して下さい。

 駄目人間な私の最後の誇りみたいなものです。


 今後も何かとご迷惑をかけることがあるかもしれませんが、今年度もお付き合いよろしくおねがいします!!!!




 本文についてがおまけみたいに;;

 この無駄に長く続いた『中途半端な学生と揺れる騎士と』ですが、この話をもってやっと終わりました。

 ようやく次に進めますね……。

 まぁ、“その5”までも続けただけに書きたい話ではあったので妥協はしなかったつもりではありますが……


 それでは、思うこと書いてるとまた長くなりそうなりそうなので、この辺で……

                         うましか でした。


 

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