グラフ
小池朗は五年前に勤め先だった大手コンサルティング会社を退職し、フリーランスでコンサルティング業務を始めた。
グラフコンサルティング。
今までに、数字とグラフが一致していないように思えたり、単位がおかしかったり、途中を端折って理解を妨げたりするといったような、よく見るとおかしいグラフを見たことはないだろうか。小池は、広告や報告書、提案資料にグラフを用いたい企業に対して、こういったおかしいグラフの制作をアドバイスし、グラフの制作を受注することで儲けている。
手始めに、小池の制作した自身のウェブサイトのトップページに掲載されている売上推移のグラフを見て欲しい。二〇一五年からの五年間の売上が右肩上がりの3Dの棒グラフで示されている。しかし、脇に書かれた小さな数字をよく見ると、二〇一八年が一一〇〇万円だったのに対し、二〇一九年は九八〇万円である。つまり、このグラフを見ておかしさに気付かないようなリテラシーの低いクライアント、またはおかしな点には気付いたが同じ要領で顧客を騙して欲しいと願うクライアントが小池の餌に食らいつくのである。
ここで、小池の実績を見てみよう。
一つめは、小池のウェブサイトのグラフと似たような例だ。某健康食品会社の顧客満足アンケートの割合を円グラフで表している。商品に「大変満足した」人と「概ね満足した」人の割合が合わせて七十五パーセント、「あまり満足しなかった」と「まったく満足しなかった」人が二十五パーセントだったと数値では示されている。ということはグラフはきっかり四分の三と四分の一の二つで色分けされているのではないかと思うはずだ。しかし、実際の円グラフでは、満足した層が九十パーセントほどいると思わせるほどに形が歪んでいる。
ここで、この円グラフをよく見て欲しい。そう、小池のサイトのトップページと同じように、この円グラフもまた3D加工されているのだ。加えて、かなり平べったく見えるようにグラフィックが配置されている。これでは、この円グラフを正面から見たときにどのように見えるのかイメージしづらい。ここから導き出される結論としては、3D加工しているグラフは、大体において見る側を騙すためのものなので、あてにしてはいけないということだ。
なお、顧客満足度アンケートは、そもそも嫌だった人はアンケートに協力しない傾向にあるので、統計的に正しいとはあまり言えない。それにも拘わらず、この健康食品会社は七十五パーセントしか満足していないということは、相当満足度が低いと言えるだろう。
次に、この棒グラフを見て欲しい。これは、あるツールを使用した人が、従来と比べてどのほど作業時間が減ったか、その平均値を表したグラフだ。一見すると、従来の棒グラフに比べてツール導入後の棒グラフは三分の一ほどにまで長さが減少していることから、作業時間が三分の一にまで減ったのかと思わされる。
しかし、これもつぶさに見るとおかしいことが分かる。左下のグラフの原点の値が〇ではなく、二〇となっているのだ。そこで、左の縦軸を見てみると、あるタスクを終えるまでの時間が、従来が五十分だったのに対し、ツール導入後は三〇分となっている。つまり、本当は半分も短縮されていないのだ。縦軸の単位には注目する必要があることがお分かりいただけ打はずだ。
最後に紹介するのは、時代の流れの変化を示すこの折れ線グラフだ。従来の商品である紙媒体のコミック誌の売上を示すグラフAは右肩下がりだが、次世代である電子コミックの売上を表すグラフBは右肩上がりだ。二〇一三年でこの二つの折れ線グラフが交わっていることから、この年を境に売上が逆転しているように見える。
しかし実際のところはどうなのか。よく見るとこのグラフには縦軸が左右に存在する。しかも、右の縦軸と左の縦軸では、左の方が右の何倍も多い。そして軸ラベルを見ると、左側がグラフAに、右側がグラフBに対応していることが分かる。つまり、売上が逆転しているように見えるこのグラフは、実はまったくそのようなことはなく、紙媒体のコミック誌は確かに売上が減少しているものの、電子コミックはまだまだ売上が追いついていないのだ
ちなみにこのグラフにはもう一つ落とし穴がある。「紙媒体のコミック誌」は文字通り週刊、月刊、季刊の紙のコミック雑誌のことを指しているが、「電子コミック」とは、雑誌だけではなく単行本もすべて含んだ数字となっている。即ち、そもそもこの二つを比べること自体がおかしいのだ。
小池はこのような詐欺まがいのグラフをあちこちで作るサポートを行ってきた。また、自信の宣伝のために、これらのグラフの隅に「©AKIRA KOIKE」と名前を記載してきた。
その結果「詐欺まがいグラフクリエイター小池朗」という名前がSNSで炎上し、小池は社会的に裁かれることとなった。現在小池は廃業し、別のコンサルティング会社で大人しく働いているという。