森の番人
いやー!壮観だったぜ、あいつらのアホっぷりにはよ!
ん?ああ、お前の言う通り、確かに普通に武器でやりあったら勝ち目はないわな
皮膚は硬ぇは殴られりゃなまくらじゃ折れちまうし、なんてったってあの再生力よ
腕が千切れようが目が無くなろうがお構い無しにみるみる治りやがってセコイのなんの
まあ、頭は悪いし火にはめっちゃ弱いんだけどな
遠くから火矢でもぶつけてやりゃ余裕余裕!
しかも村人連中はあいつら怖がってすっげー金出してまで依頼だすんだから儲けもんだ!
金の生る木でございますってね!あっはっはっは!!
お、木と言や森ん中にも出たらしいってんでまた稼ぎに行ってくるわ!
これで家でも建てるかね!
そんじゃーなー!!
『マウンテントロール』
岩のように硬い外皮、驚くほどの再生力を持つ、大型のモンスター。
草木も無い渓谷の洞窟で産まれたこいつは一族の中でもとにかく強い。
理由は単純。
硬くて、でかくて、強いから。
敵も、狩りも、喧嘩だって敵わない。
硬くて、でかくて、強いから。
それだけ恵まれた身体を持っているのに、こいつの性格と言ったら呆れが出る程だった。
獲物を捕らえても”必要な数だけ”と言って全然捕まえようとしてくれない。
骨や死体を使って遊んでいたら”やめろ”と怒鳴り出す。
この間は獲物の動物相手に”逃げろ”と追い返しているのを見た奴もいる。
そう、このトロールは一族の恥であり、役立たず。
体躯だけが取り柄の『軟弱者』だ。
そんなトロール達の怒りが頂点に達したのはある日の夜のことだった。
しっかり者のトロールがなんと、ヒトの住処を襲ってありあらゆる物を奪ってみせたのだ。
大量の獲物に色とりどりの奇妙な球体の入った箱が並ぶ中に息のあるヒトの雌が混じっていたのだ。
2つの前足をつまんで見せると騒ぎ出すのは中々愉快で良いおもちゃが出てきたとトロール達は大喜びし前足を捻ってみたりと大いに楽しんだ。
遊ぶのに飽きたから、トロールの1匹が頭から食べようとした…その時だ。
大木のように太く、岩石のように屈強な拳を殴られたのだ。
いつも手を抜く軟弱者で役立たずの…あいつだ。
”遊ぶな” ”こんなに要らない” ”逃してやれ”
トロール達は、もう我慢ができなくなり、棍棒を模した巨木を手に取り振るい、狂騒の場となり荒れ狂う。
何度も軟弱者へと向かっては捻り潰されるが相手は1匹。
確かに強いが、心は軟弱。
倒れた相手にトドメを刺さないという間抜けっぷりには呆れも出てくる。
時間が経てば再生するというのにわざわざほっとき他の相手をし出すのだ。
そして、ついに渓谷の底に突き落としてみせた時には一族は皆歓喜の雄叫びをあげたのだ。
本当に、馬鹿な奴だと未だに傷の癒えないトロール達は嘲笑する。
最後の最後まで、軟弱者の戦い方をする恥晒しを追い出せた事に彼等は愉快そうに洞窟へと戻り、改めて宴を始めるのだった。
軟弱者と呼ばれたトロールは目を覚ます。
落とされた?
体が濡れている。
水の中に落ちたのだ。
傷は再生が、遅い。
腹が空いた。
眩しい。
足にぶつかっているのは、何だ?
見覚えのある箱。
かなりこぼれ落ちてはいるけれど、色とりどりの球体が入っている。
とにかく腹を満たしたい。
箱の中身をごっそり掴み口に放り込んだのだ。
その日、軟弱者の世界が変わった。
口にした美味なる物が小動物やヒトが好む、果物や木の実だと後に知る。
同族が肉しか食べないから仕方なしに同じようにしてきたが、こっちの方が圧倒的に美味しいのだ。
元気になり、光から逃れようと木々の中に身を隠して見上げては…目を疑った。
枝木のあちこちが宝石のように輝いているのだ。
実際は木の実が木漏れ日を照り返しているだけだったのだが、この軟弱者にはそう見えた。
広がる森の中を住まいとし、木の実を見つけては集めて食べる。運がいい時は果物も見つけることもある。
匂いにつられて寄ってくる動物たちがいたが、追い返すわけでもなく、平等に木の実を分け与えては共存していた。
小動物達は命の危機に瀕すると決まって軟弱者の元まで逃げ込んだものだ。
軟弱者とは呼ばれていたが、その体躯は熊よりも大きく力強いトロールなわけで、肉食の動物達は巨体を見るなり怯えて逃げていくからだ。
同族と違って、慕ってくれる小さき者達には軟弱者も嬉しさで居心地の良さを初めて思い知る。
争いを好まない軟弱者のはぐれ者。
弱きを守り、強きを逃す、森の番人となったのだ。
平和な毎日を送る中、弱った鹿が軟弱者の元へとやってくる。
太ももに鋭利な枝が突き刺さり、うまく走れず、今も何かから逃げている最中だった。
そして、追いかけてきた敵はいつものように軟弱者の姿を見ては背中を見せて逃げ出すのだ。
そんなのはいつものこと。
枝が刺さって怪我をした鹿をどうにかしなければと軟弱者は鹿の近くによっては敵が寄らないように居座り、労わった。
だが、悲しいかな。
トロールとは、元来肉食であり好戦的なモンスター。
この軟弱者は自分が普通と違うだと気付いていなかった。
刺さっていたのはヒトの放つ矢であり、追いかけてきた者は・・・ヒトだった。
日を跨ぐ間もなく、武装をしたヒトの集団が森の中に現れ、軟弱者の前へと姿を現した。
「生き残りがいたぞ!!殺せぇぇぇ!!!」
ヒトの住まうある村が、渓谷の洞窟に巣食うトロールの集団に襲われたという。
突然喧嘩をし始めたトロール達の隙を突き、命懸け逃げてきた女の情報だった。
トロールの集団は寝静まるでありう朝方に洞窟ごと火炙りを掛け全滅。
そんなヒトの事情なんて、この軟弱者が知ることはない。
武装をしたヒト達が剣を、槍を、斧を持って軟弱者へと襲いかかる。
その程度ならすぐに傷は癒えるのだが・・・それはトロールだから成せる技。
その巨体の影には足に怪我をし身動きの取れない、弱き者がいるのだ。
どうにか巨腕を振り払って追い払おうとしてみるが、いつものように逃げてはくれず、軟弱者は慌てだす。
「火で燃やせぇええ!!!」
真っ赤に燃える、矢が放たれ軟弱者に突き刺さった。
今までと違う。
熱い。痛い。身体が焼けていく。
・・・怖い。
だけど、動くわけにはいかない。
そう、思った時。
背後から鈍く、何かが突き刺さるような音が聞こえた。
振り返ろうとした瞬間に左眼に激痛が走る。
眼に刺ささっているのが矢だったなどと、気がつかないまま振り向いて、絶望する。
木陰に隠れていたヒトが視界の外から矢を放ち・・・ついでで、鹿を射抜いたのだ。
グルォォオオオオオオオオオオッ!!!!
ここは森のはずなのに。
大地を唸らす山の咆哮が轟いた。
森の住人達は山の名を持つモンスターに救われた。
討伐隊が1人残らず戻らなかった事により、素性を知らないヒト達は森に近寄る事すらしなくなる。
森は本当の安寧が訪れたのだ。
同族達から軟弱者だと言われていたが、それは大きな誤りであり、心も強かった。
森が生きている限り。
心優しきはぐれ者も生き続けていくだろう。
あ、はい こんにちは
はい・・・あー
確か、弓を担いで金だ金だって言ってた彼ですよね?
死にましたよ