水泡の恋
液体に意思があるだとか誰が信じるか
泥水のような身体で生物を取り込んでは溶かすような奴らだぞ?
動きはとろいが湿った場所じゃあ気を付けろよ
足元の水たまり、湿気った天井、壁の隙間、あいつらはどこでもいるが
最近じゃ毒を取り込んだ奴まで出て、触れるだけでもやべえのがいるって話だ
ったく 冗談じゃねーよ
ん?草っ原にでるかって?
雨が上がったジメジメした日とかは出てくるだろうが・・・
まー あんま無ぇわな
あの能無し共が 餌以外に興味が湧きでもしねー限りな
『ポイズンウーズ』
泥のような液状の身体を持ち、毒を撒き散らすモンスター。
その内の一匹のハテナイお話。
その個体はヒトの少女に恋をする変わり者のはぐれ者。
花畑に訪れる少女に彼は心を奪われたのだ。
好きな相手が女の子だから『彼』としよう。
村の離れまで訪れては笛の練習をしに少女は花畑へやってきては誰へと向けない音色を聴くのが彼の日課であり、好きだった。
花を溶かさないようにコッソリ近づいては何度も何度も聴きにいくほどに、大好きなのだ。
そんな毎日を送っていたある日のこと。
少女が自分の村へと帰ろうとした時に大事な笛を花畑の中へと気づかずに落としてしまったのだ。
無くしては可哀そうだ。
壊れてしまって少女が花畑へと来なくなることが何よりも恐ろしい。
そう考えた彼は液体の身体を上手に急がせ落とした笛の元まで寄ってはみたが、少女の姿はどんどんと遠くなりドロドロの身体では鈍くて追いつけない。
・・・音だ。
笛を鳴らせばいいのだ。
彼は液状の身体の中に大気を取り込みブクブクと泡立つ身体に笛を内側から突き出した。
その姿はべっこう飴に突き立てた串のような姿をしていた。
色合いはお世辞にも美味しそうには見えないが、そんな姿なのだ。
そして一気に取り込んだ大気を笛へと吹き入れるが、そこで彼は気づく。
ピョロロロロと水と空気が入り混じったその音は少女の音色とは比べようがないほどに耳障り。
少女の音色と比べれば、足元の土以下で評価に値しないものだった。
文字通り、真の意味で濁音とはこのことだ。
えらいこっちゃ。
それが役に立ったのだろう。
奇妙で奇怪な音に気づいた少女は驚くが、これが水抜きをした時の笛の音にそっくりだったのだ。
念のためにと自身が持ち物を確認しだし、大事な笛がない事に少女は気づき、戻ってきてくれたのだ。
一部分だけ、妙な枯れ方をしている花々の中心に水に浸かったように湿った笛が落ちていた。
姿こそ見えないが、少女はクスリと笑い大空へと手を振り叫ぶ。
「へたっぴ笛さん!教えてくれてありがとう!」
にこやかで愛らしい少女の笑顔とお礼の言葉。
へたっぴ、確かにへたっぴだ。
そんな言葉ですらも異形である自身に向けられたと知って、彼は陰ながら嬉しさのあまりに液状の身体をプルプルと歓喜に震わせたのだった。
だが、その日からも少女は花畑へと訪れる事がなかった。
何度も太陽がぐるぐる回れど少女は訪れない。
心配もそうだが、少女に会えない毎日に耐え切れず、我慢のできなくなった彼は思い切って少女の村へ向かってみたのだ。
彼にとっては、なんとも不思議な村だった。
木材で作られたであろうヒトの住居を見つけたが、そのどれもが焦げており、這うたびに体の中に灰が入り込んできてしまうのだ。
そして、ある一帯に数多く地に突き刺さる棒状の石の先端。
そこには見覚えのあった少女の笛が掛けられている事に気付いた彼は、頭のない頭で考えた。
ここに笛を掛けたままどこかに行ってしまったのだろうか?
笛を落としてしまうような女の子なのだから、無くして困ってしまっているかもしれない。
もう一度、今度はできれば、顔を合わせてあの笑顔が見たい。
言葉も練習すれば、覚えられるだろうか?
もっと上手に笛を吹けたら、喜んでくれるかな?
歓喜に打ち震えたあの日の事を思い出し、彼は決心した。
液状の身体の色を変え、人の形を作り、記憶を頼りに似せていき、ついには二足となって立ち上がる。
そして・・・彼は『少女』となった。
彼女と同じ姿であれば笛も上手に吹けるかもしれないのだから。
『ポイズンウーズ』
泥のような液状の身体を持ち、毒を撒き散らすモンスター。
その内の一匹のハテナイお話。
笛に付着した液体が猛毒だと知らずに集落へと戻った子供は類を見ない毒に侵され、奇病となって撒き散らす。
人も家畜も体が腐り、果てていく。
僅かに生き残った者達が最後の力でせめてもと、力尽きた村人を弔い、その身を犠牲に村ごと焼き払ったのだ。
変わり者のはぐれ者でもモンスター。
笛の掛けられていた石が墓だったなどと、少女を知ってもヒトを知らない彼が気づくわけがなかった。
異形は少女へと成り代わる。
出会えたら、どんな話をしようかな?
一緒に笛を演奏なんていいかもしれない。
仮初の頭の中を思い女との想像で膨らませたまま、少女を探す旅に出る。
一匹の・・・果て亡い話。
おい、聞いたか?
ほら、村が1つ滅んだって話だよ!
それが、たった数日前までは村おこしのためにお祭りがーって知らせに来てた連中がいたんだけど
あの村に通ってた商人の爺さんが血相変えて来たと思ったら
村が全滅!あり得るか!?
村が燃えただけならそれで終わる話なんだけどよ
すっげー数の墓が立ってて・・・あああ怖い怖い
疫病かなんかじゃねえかって話だけど
ここも近いし、俺らも用心しないとな・・・
ん?こんな時間に誰だ?ちょっと出てくれ
え?女の子が、来たって??