たぶん友人の下宿先には何かが住んでいる。
「最近さ、不思議なことが多いんだよね」
大学の食堂。
一味唐辛子を一瓶まるまるぶち込んだ地獄みたいな色をしたかけうどんをすすりながら友人の白道真白がそう切り出した。
「……不思議なこと?」
不思議なのはお前の味覚じゃん。と言ってやりたいのを呑み込んでとりあえず聞いてみる。
真白は俺の問いかけにこくこくと二度頷くと僅かに身を乗り出しまるで内緒の話でもするみたいに声を潜めて続けた。
「僕、最近下宿始めたじゃん」
「うん」
「そこに住み始めてからさ、凄いおかしなことが起きるようになったんだよね」
「……おかしなこと」
まさか心霊的な話とかじゃないだろうな。俺そういうの無理なんだけど。
俺の心配をよそに楽しそうにひそひそ声のまま真白は続ける。
「例えばさ、テレビのリモコンがさ、家でた時と帰ってきたときで違うとこにおいてあんの」
「…………へぇ。そう」
「あ、信じてないな?」
「いや、信じる信じないとかじゃなくて……それってそもそもお前が置き場所忘れてるだけなんじゃ……」
白道真白という人間はそういう人間だ。
病的なまでに白く透き通った肌、雑誌で見る様なモデルですら霞むほどの高い腰の位置とすらりと伸びた長い手足、アイドルなんか目じゃないくらいに小さくパーツの一つ一つが整った顔。男にしては珍しく肩まで伸びた長めの絹のような白髪はいつも髪留めで一つにまとめられている。
誰に対しても優しく、誰からも愛され、何事もそつなくこなす。
そして、なぜか天然。それすら彼の魅力となる。
そういう人間だ。
だからこそ、彼が「不思議」と言ってのける話のオチも大体見えた。
要するに自分がリモコンを置いた場所を勘違いしたとかその程度の話だ。
ホラー展開にならなかったのは良かったけれど、それにしたって思わせぶりだ。
こちらのそんな考えが表情に出ていたのだろうか。真白は腕を組み首を捻り考える様な様子を見せたのちどこかがっかりしたような表情になった。
「まぁ、でも、たしかに。僕って自分で言うのもなんだけど結構うっかりしてるから自分で置いたの忘れてただけかも……」
「……や、でも、ほら、もしかしたら俺が間違ってるかも。とりあえずもうちょっと詳しく話してよ」
あまりにも悲しそうな顔をするものだから、思わずそんな心にもない慰めのような言葉が口をついて出た。
まぁでも、実際興味がまるでないわけでもない。退屈しのぎくらいにはきっとなるだろう。
真白がどこかいつもに比べて硬い声で語り始める。
「テレビのリモコン置くところは机の端っこって決めてるんだけどさ」
「うん」
家から帰ってきたらちょっとずれてるとかそんなオチか。
実は知らない同居者が居てそいつが勝手に真白が居ない間にテレビを見てるって線もないわけじゃないけど、ホラー映画じゃないんだからさすがに考えすぎだ。
「家から帰ったらさ」
「うん」
「冷蔵庫にリモコン入ってるんだよね」
「うん。…………うん?」
冷蔵庫?冷蔵庫ってあれだよな。あの冷やす奴。あれに、リモコンが、入ってる?……んん?
「あと、他にも不思議なことがあって……」
「えっ……」
「家に帰ると作った覚えのない夕ご飯が用意されてるんだよね」
「……同棲とかしてたっけ……?」
「え? いやいや、一人暮らしだけど」
「……」
いや、お前、それはさすがにおかしいだろ……。
「最近じゃそれとなく食べたいもののリクエストして外出したら帰ってきたころにはちょうどいい感じに出来立てが食べられるようになってるんだよね。味もどんどん僕好みになってるし」
「いや……真白さん……それは……」
俺ちょっと怖くなってきたよ。こいつの天然っぷりというかアホっぷりが。
隙だらけじゃねーか。つーか、誰が作ったのかも分からんような飯食うな!
「お前、それ……誰かいるだろ。お前以外に」
「……え? ないない。言ったじゃん、一人暮らしだって」
「違うっての。無断で侵入されてるって話をだな」
「えぇ、さすがにないよ。勝手に家に入られてるのに気づかないとかそんなのバカじゃん?」
あはは、やだなぁ。明らかに何か居るのに気づかないバカじゃないですかー。
いや、ほんとバカだろこいつ。
「他にも何か不思議なことあるなら言ってみ?」
「え、あー、えっと……うちの洗面所なぜか分からないんだけどよく長い黒髪が落ちてるんだよね」
「お前、正気か?」
ねぇ、なんでこいつそこまでおかしな事態になってんのに不思議なことが起こるで済ましちゃってんの!?
「あとはあれ。女の子と話した日は決まって「今日は○○と話してたね。どうして?話さないでって前にお願いしたよね?言うこと聞けない子にはお仕置きが必要かな……?」って血文字で書かれた手紙が郵便受けに入ってるようになったかな。やー、モテる男は大変だよねー」
「大変なのはお前の頭だ」
完全にメンヘラ気質のストーカーに目つけられてんじゃん……。
なんでこいつそんな状況でへらへらしてんの?
「あ、でも、一番不思議なのはあれだよ。急に物が誰もいないのに動いたりする奴。えっと……ポルターガイストだっけ? あれが起こることかな」
「……お前、マジで引っ越せ」