拾われた少年
世界でも有数の軍事力を誇る国、エリアス王国。
その辺境に一つの村があった。
村名はタハル。農業と狩猟により生計立てる普遍の村である。
ただ一つ、村人が全員獣人であることを除けば。
この物語はタハル村の村長、狼の獣人のダルハルが狩猟に出た帰りに一人の男の子を拾うことから始まる。
獣人ではなく、人の子であった。
その子供はタハルから隣町へと向かう途中の渓谷で、揺り籠の中で元気よく泣いている。
ダルハルは付近を血の匂いが漂っていることに気付く。
子供を抱き抱え、匂いを辿り歩く。
渓谷から森の中へと進んだ。
一本の大木に一人の女性が倒れ込んでいる。
腹部から出血している。匂いの元は間違いなくここである。
ダルハルは、声をかけるのを躊躇した。
獣人の中でも自分のような人狼は人間に怖がられやすい。
しかし、明らかに鬼気迫るその状況に覚悟を決め、女性へと近づく。
「……大丈夫、か」
獣人と人間では話す言葉が違う。辛うじて話せる程度の人間の言葉でダルハルが問う。
ほとんど瀕死の状態だが、女性にはまだ息があった。
わずかに口が動き、かすれた声ですがるように女性が話す。
「お願いします…この近くに、私の子が……。」
ダルハルは抱えていた子供を女性に預ける。
「見つけた。心配、ない。」
子供を肌で感じ、女性は安堵したように息をつく。
子供も安心したようで、スヤスヤと眠りだした。
「なに、あった。」
女性は意識が朦朧としているようでダルハルを見ても驚いた様子はない。
目がかすみ、姿をはっきりと捉えられていない様子だ。
「私たちの馬車が、盗賊に…襲われ…。夫は殺されました…。私も、ここまで逃げてきましたが…矢でいられ…もう長くないでしょう。」
呼吸も絶え絶えに女性が語る。
そして子供の頭を撫で、涙を流した。
「どうか…どうかこの子を…。お願いします。…この子だけには生きていて欲しい……。」
女性が子供をダルハルへと差し出す。
ダルハルは頷きながら預かった。
「まかせろ。」
その怖い外見とは反対にダルハルは心優しい男である。
子供を預かることに戸惑いはなかった。
「ありが…うござ…ます。」
ダルハルの手の中で眠る子供に女性が最後の力を振り絞ってキスをする。
「ユリウス…強く…生きて。」
そして静かに息を引き取った。
ダルハルは子供を抱え、村へと帰るのだった。
ーーーーーーーーーー
10年後。
タハル村の獣人たちが森の中を歩いている。
先頭を歩くのはダルハルで、その後ろを4人の獣人がついていく。
そして、その集団のすぐ後ろを元気に走りる少年がいた。
少年は右手にさっき拾った木の棒を持ち、左手に捕まえた兎を持っている。
「父さん、見て。」
少年はダルハルに近づくと手に持った兎をグイッとダルハルに向ける。
「ユリウス…ついてきていいとは言ってないぞ。」
呆れた顔で呟くダルハルに獣人の狩人仲間たちは苦笑している。
二人が喋っているのは獣人の言葉だった。
あの日、ダルハルに拾われた人間の子供ユリウスは、今年で10歳になっていた。
すくすくと成長したユリウスは、今では村一番のやんちゃ者だ。
「僕もう10歳だよ。そろそろ狩りに連れてってくれてもいいじゃないか。」
ウサギを捕まえたことを褒めてもらえないユリウスは拗ねたように言う。
「ドットもテリーも、ミリアだって連れてってもらったのに、なんで僕だけまだダメなのさ。」
不貞腐れ顔のユリウスにダルハルは困ってしまう。
村では10歳になれば狩りに連れて行ってもらえる。
皆そこで経験し、一人前となっていくのだ。
しかし、それは獣人の体力と脚力があってこそ。
人間のユリウスにはまだ早いのではないかとダルハルは考えていた。
「いつも言っているだろ。お前にはまだ早い。」
「僕が人間だからでしょ。」
ユリウスは自分が人間であることを理解している。
そもそも姿が全く違うのだ。
ダルハルも隠したりせず、拾った経緯まで伝えてある。
その上で、本当の息子のように接し、愛情を注いできた。
「いいじゃないかダルハル。今日行く狩場はそんなに危険じゃないし、ユリウスも実際にウサギを捕まえているんだ。安全だよ。」
ダルハルのすぐ後ろを歩いていた狐の獣人、テトが言った。
世襲制のないタルハ村では若く、力のあるテトは次の村長候補の一人だ。
そんなテトの言葉を受けて、ダルハルはしぶしぶ同行を許可するのだった。
「わーい。さすがテトさん。話がわかる。」
狩りについていくことが決まり、ユリウスは嬉しそうだ。
そのままダルハルの横について、歩き始めた。