はにいちょこれーと はにいばれんたいん
ほとんどの生徒が、家に帰るか、部活動に精を出している放課後。
空は淡紅に染まりかかっていて、そんな空が大きく仰げる特別棟の屋上で、
私は、頭を下げていた。
前方に両手を突き出した形で、そして手には淡い桃色の封印を握っている。私の気持ちを綴った便箋と一緒に、チョコレートの入った小袋も出した。
「えっと、私? 人違いじゃなくて?」
頭を下げている私の上から聞こえてくるのは、まだ幼げを残している少女の声だった。
私はその声を聴きながら、叫んでいた。
「はい! 私はこの二年間。ずっとあなたのことを想ってきました。あなたのことを想うたびに、胸の奥が締め付けられるような感じになって、そしてお腹の辺りがキュンキュンするんです。頭に血が上って何も考えられなくなってしまって……すみません。迷惑ですよね……同性の私からこんな……」
私は顔を上げ、手に持った便箋を胸に抱いた。
踵を返して、駆け出そうとするが、しかし、腕を掴まれて止められてしまった。
「なに自己完結してるのよ。私、まだ返事してないんだけど」
小川さんは、私の目をじっと見つめ、そして封筒を私の手から取り上げた。
小さなハートのシールで、封をしてある封筒は、あっさりと私の手から離れていく。
小川さんは、私から取り上げた封筒の封を開けようとする。
私は、焦った。
「わ、わっ! や、やめてください! 目の前で読まないでっ!」
小川さんの手を掴み、封を切ろうとする手をなんとか止めた。小川さんの手は、小さくて、とてもすべすべだった。
小川さんは、少し微笑み、優しく言った。
「ごめんね、ちょっとからかってみただけなの」
小川さんは、私の手から封筒と同様にチョコレートの入った小袋を取り上げた。小袋を開いて一粒、その小さな口に放り込んだ。
ああ、私が作ったチョコレートが、小川さんの口の中で溶けていく。
小川さんは、ぺろりと小さく舌を出して、笑った。
「ふふ、甘くて、とても美味しいわ」
それにしても、と続ける。
「まさか、山元さんに『百合』っ気があったなんてね。大人しい子だと思っていたから、少し驚いたわ」
私は、自らのスカートの裾を掴み、もじもじとしながら顔を伏せた。恥ずかしさで、今にも倒れてしまいそうだった。
おずおずと言う。
「ごめん、なさい。やっぱり迷惑ですよね……この話は、聞かなかったことに、して、ください……」
私は、再び駆け出そうとする。しかし、今回も同じように腕を掴まれて止められてしまった。
「だから自己完結するのはやめてちょうだい。……じつはね、私にもそっちの気があるのよ」
小川さんは、優しく、そして妖しく微笑んだ。私の腕も引っ張って身体を密着させる。
小川さんの顔がすぐそこにっ、と、吐息が、かかって……
私は、立っていられないほど、心臓がバクバクと踊り狂っていた。
しかし、小川さんが私の腰に腕を回しているせいで、私は身動きが取れなかった。
否、小川さんは、ほとんど力は入れていなかった。だから、私が暴れたらすぐに離れられただろう。しかし、それでも私は固定されたように動けなかった。
「私ね、山元さんみたいな、小さくて可愛い子がタイプなのよ? 小動物みたいで、母性本能が刺激されっぱなしで……」
私は何かを言おうと、頑張るが、しかし、口がぱくぱくと動くだけでなにも言葉を出すことは出来なかった。
小川さんは、小さく舌舐めずりをして唇を潤すと、ゆっくりと顔を近づけてきた。
そして——私たちの唇は、優しく触れ合った。
小川さんの唇は、唾液は、吐息は、微かに甘く——そして、ほろ苦かった。
それは、チョコレートの味だった。