09_暗殺なのか!?
「ようこそ、ようこそ。エクスさん……に刀花さん、でしたか?
楽にして、そこにお掛けになって」
微笑みを浮かべるアルメリアに誘導されながら、エクスと刀花は客間と思しき場所にて案内されていた。
テーブルの上には湯気立つカップを並べられ、合わせてマフィンなどが出された。
「それで僕たち、一応貴方に雇ってもらえるってことでいいんだよね?」
「ええ、もちろん。確かに私、三つ以上薔薇を集めるとは言ってませんでしたもの。だからルール違反ではございません』
ふふふ、と薄く笑って、アルメリアは言う。
先の予選──だった筈のものを勝手に終わらせてしまったエクスと刀花だったが、それで彼女に気に入られたらしい。
ちなみに他の参加者たちは医療班に最低限の処置をしてもらっているらしい。中には完全に気絶している者もいたので、多くの人員が行き交いしていたのが見えた。
『……正直、確かにちょっとヤバいかなとは思っていたんだ。だって、ただ殴り合うだけで終わりってのもなんか変だったし。とはいえみんなかかってくるものだから、そりゃあ一応、全力でぶち当たるのが礼儀というか……いや、私は別に好きでああやって暴れていた訳では』
「この方は何とおっしゃっているのです?」
「ワタシ、ボウリョク、ダイスキ、モット、チガ、ミタイ、と言っています」
もじもじと言い訳をしている刀花を尻目に、エクスは適当な通訳をした。
「まぁ、本当に冒険者の鑑のような方! 本当に蛮族なのね」
するとまた嬉しそうにアルメリアが目を細めた。
気に入られてしまった。わかってはいたが、このお嬢様も相当な人格をしている。
その癖、彼女はそこでおもむろにカップを取り、一口飲む姿は優美なのである。
その所作は非の打ち所がなく、自信と気品に満ち溢れていた。外面だけならば文句なしの貴族である。
一応、刀花が共通語が喋れない異国の人間であることは伝えてある。
おそらくは通訳はエクスしかできないので、仕事の際は二人パーティでということも了承してもらった。
「それで、契約成立ってことでいいのかな? とりあえずは短期なんだよね」
「はい、そうですわ。日給10万クラウンをそれぞれに支給いたしましょう。
期間は最低一週間。私の手となり足となり盾となってくださいませ」
「了解。書面も見ていい?」
「もちろんですわ」
アルメリアはカップを置き、隣に控えていたメイドに目配せした。
するとエクスの前に契約書が差し出される。何か妙なところがないか、エクスは確認した。
一応プロの【鑑定士】もやっていた彼は、この手の契約書周りの知識があった。
刀花にも書面は渡されたが、彼女は当然読めないし、最初から読む気もないのかさっきからずっと恥ずかしげに頭を押さえている。契約については完全にエクスに丸投げするつもりらしかった。
「とりあえず条件とかは特に問題なさそうだね。それはいいんだけど。結局僕らは具体的に何をやればいいの? サインする前にそれだけ確認させてほしい」
要するにアルメリアの私兵のような立場になればいいのだろうが、短期の契約ということは、おそらく明確な目的がある筈だ。
待遇などには問題がなさそうだったが、その確認だけはしておきたかった。
「ふむ、そうですわね」
アルメリアはその問いかけを想定していたのか、淀みない流れで再びメイドに目配せをした。
すると控えていた使用人たちがみな部屋を出ていった。
扉が閉じられ、その場にいるのは三人だけになる。
刀花はアルメリアの言葉がわからないので、実質的には二人で話しているようなものだ。
「人まで払って、一体何を話すんだい?」
するとアルメリアは、にっこり、と今までよりもワンランク高い“完成度”の笑顔を浮かべて、
「暗殺してほしい人がいるんです。ちなみにそれは私のお父様です」
◇
『それで、受けたのか?』
『うん、ちょっとリスキーだったから報酬でゴネたら、一気に額面を倍にしてくれてね。それに加えて成功報酬までくれるっていうから、まぁアリかなって』
夜、チャルトリスキ邸の屋根の上にて刀花とエクスは会話をしていた。
ひゅうう、と音を立てて風が吹く。持ってきたエクスのマントがたなびく。
【隠蔽】の効果をより強める黒色装備であり、寒空の下で暖を取ることにも繋がるので、二人は一緒にくるまっていた。
屋敷の人間にとっては死角に陣取り、標的が帰ってきたら、刀花とエクスは共に攻撃を仕掛ける手はずとなっている。
──暗殺といっても、絶対に殺してはなりませんわ。
アルメリアの“依頼内容”を思い返す。
まとめれば、絶対に殺してはいけない、だが本気で狙ったと言うことを示してほしい、ということだった。
──襲うときは私の名前をそれとなく示してもらえると嬉しいですわ。この私、アルメリアの命で襲ってほしい、と。
狂言暗殺・未遂、とうことなのだろうか。
あまりにも奇特な依頼であった。正直なところ意味がわからない。
『それでとにかくあの娘の父上……この屋敷の主人を私たちが襲えばいいということか?』
『うん、そうだね。なんでも本気で自分がこの家の家督を狙おうとしていることを示したいとかなんとか』
言葉を交わしながら、刀花は、ぽりぽりと細長い携帯食料を口にしたのち、
『でも、あの娘、嘘吐いているぞ』
『あ、やっぱりわかる? うん、僕もそう思うよ』
アルメリアはこのチャルトリスキの長女であり、聞けばこの頃は父であるミハウ・アル・チャルトリスキと仲が悪いらしい。
その原因は彼女の弟のキーアに家督が譲られそうになったから──ということを彼女自身は言っていた。
聞けば確かにこのところ、この屋敷では父と娘の争いが頻繁に起きていたらしい。
それもかなり深刻な──というか、一方的な敵意をアルメリアがミハウに向けているということらしい。
『でも、やっぱ変だよ。だって元々アルメリアお嬢様は他の家族とすこぶる仲がよかったらしいんだ。
でも一年前、母親が死んだ時から、なんかおかしくなった、とか』
『まぁ確かにお嬢様としては色々おかしいところだらけだった』
『いや、あのやたら暴力に走る性格は昔かららしいけど……』
とにかく、父親にやたら反抗するようになったのは、彼女の母の死が関わっているらしかった。
まぁそれならば、貴族らしいやんごとない事情があるということで、アルメリアは本当に父を狙っている可能性もあるが──
『うむ、それならばやはりおかしいな。親に向ける敵意にしては、アレはからっとし過ぎている。言葉にし得ない不快なモヤのようなものが感じられない。だから、その言葉には確実に裏はあるだろうな』
刀花は断言するように言った。
刀花はアルメリアの言葉がわからなかっただろうが、あるいはだからこそ、掴み取るものがあるらしい。
エクスと出会うまでは騙されつつも一人で生きてきたので、磨かれたものもあるのだろう。
『それでもエクスは受けたのだろう?』
『不満かい?』
『いや、私は君にだいたいのことは任せるつもりだから、何も不満はない』
自信ありげに言う刀花に、エクスは少し居心地が悪い気をしながら、
『……正直、ちょっと不純な動機なんだ。ぶっちゃけリスクある仕事だとは思ったんだけど』
『だけど?』
『いや、あの娘個人がなーんか気になるんだよね。勘というか、ビビッと来るものがあるというか』
そう告げると、刀花は目を丸くした。
『……エクス、それ、あのおっぱいメガネちゃんには言っちゃダメだぞう、多分泣くから。可愛い娘には誰彼構わずドギマギしてしまう年頃なのはわかるが、君の周りには既にいい子がいるんだから、罪づくりな真似をしちゃいけない』
『違うって、そういうことじゃなくて──』
『いや確かに、あの娘はそれでも許してくれそうなところもあるが、私はエクスにはそういう育ち方はしてほしくない……』
本気で悩み出す刀花を前に、貴方は僕のなんなんだ、メリィ・ビーにも失礼だろう、と言いたいのをぐっとこらえ、
『違うって。僕の魔導士としての勘だよ。あのアルメリアってお嬢さん、変なマナを感じるっていうか』
頭をひねりながらエクスは言う。
彼自身うまく言語化できる自信がなかった。
ただアルメリアと直に相対したときから、彼女を中心に妙な言語──おそらくは魔術的な呪文が展開されているような気がしてならなかった。
そしてその言語は、エクスとしても非常に珍しい構成をしているような──気がしていた。きちんと調べていないので、論理的とは言えないところなのだが。
『だから刀花。僕は正直なところ報酬よりもアルメリア本人の方が気になっている。世渡り下手な魔導士的な思考だよ、あまり賢いとはいえない』
『ふむ』
『まぁその、それで……不満があるなら君は降りてもいいよ。リスクがある仕事なのは間違いないしね』
『いや、はっ、はっ、はっ、冗談だ。エクスの仕事は私の仕事でもあるさ』
エクスとしてはそれなりに本気の提案だったのだが、刀花は笑って済ませてしまった。
そんなに簡単に人を信じるものじゃないよ、と言おうと思ったが、刀花の曇りない笑い方を見ると、それ以上言えなかった。
なので少し意地を張るつもりで顔を背けながら、
『ふぅん、まぁ、僕も今更降りられても困るんだけど──っと』
そこでエクスは言葉を区切った。
屋敷の下で、動きがあった。
豪奢な装飾が刻まれた馬車が門を通り、ここまでやってこようとしている。
そこに記された雄々しい鳥のエンブレムが、チャルトリスキの者が帰ってきたことを示していた。
あれだね、とエクスは指で示すと、刀花もまた頷いていた。
アルメリアの父にして、この屋敷の主人、ミハウが乗っているはずだった。
『じゃあ手はず通りに突っ込んでね、刀花。絶対に殺しちゃダメだからね』
『うむ、わかった。任せておけ』
『あと大丈夫だとは思うけど、死にそうになったら任務とか放り投げて帰ってきてね。家主の護衛とか、向こうも精鋭を雇ってると思うし』
こちらからの襲撃はあくまで不殺だが、あちらは当然そんな事情を知らないわけで本気で殺しに来るだろう。
なので一応、そういうことも告げておく。
すると──刀花は少しだけ微笑んで、すっ、と立ち上がった。
月明かりに刀を抜くその姿はあまりにも決まっていて、エクスがそれ以上何かを言うよりも早く、彼女は闇の中にその身を躍らせた。
──さて、とりあえず無事終わるといいけど。
頭上からの強襲を狙う刀花に、エクスは援護として魔術を付与する。
【隠蔽】の重ねがけに、【夜の加護】である。
アルメリアの名前は出す必要があるが、こちらの素性はなるべく隠したい。その想いを込めての援護であった。
『ふはははははは! 私が暗殺者だぁぁぁぁぁ! 恐怖の中でくちはてるがいいー』
そして、刀花が馬車を襲い始めた。
わざと大声をあげて注目を集めさせる。ニホン語はきっと通じないが、棒読みの襲撃者セリフよりも、意味不明な言語を言って来る蛮族の方が怖いので安心だ。
馬車から出てきた用心棒たちを刀花は猛然と打ち倒していく。
バトル・ロワイアルの時の再現だった。十人ほどいた護衛たちがみるみるうちに倒れていく。
──ほんと、心配しがいのない人だなぁ……。
少し損した気分になりながら、エクスは自分の仕事を始めようとする。
刀花には共通語が喋れないので、犯行声明的に、エクスがアルメリアの名を出すのだ。
なので刀花が暴れる中、エクスは変声魔術をかました声を張り上げる。
「ふっ、恐ろしいか! ミハウ・アル・チャルトリスキ!
だがこれで終わりではないぞ。我らの襲撃が、お前の誰よりも愛する者からの襲撃であることを知った時、お前に真の絶望が──」
「──また、アルメリアの狂言か」
刀花と一緒になって考えた“絶望的な犯行声明”は、一言でばっさり遮られた。
馬車から、一人の屈強な男が出てきた。
筋骨隆々の大男である。綺麗に整えられた金髪の髪は貴族的であったが、それと相反するように鋭い眼光をしている。
「ミハウなら私だ。逃げも隠れもしないから、そういう大仰なことはしなくていい」
──この人、今伸びてる護衛たちよりも格段に強そうだなぁ。
エクスはミハウに対してそんな印象をまず抱いた。
「そこにいる剣士も、魔導士も、アルメリアに付き合わせてしまって申し訳ない」
そしてすべてが既にバレている。
なんなんだこの仕事、と思いながら、エクスは刀花に合図をして、一度動きを止めさせる。
刀花としても、明らかにターゲットらしい人物の様子がおかしいことはわかっていたのか、先走ることはなかった。
「なんのことかな? 本気だよ。僕は本気で貴方を暗殺しにやってきた。確かに、もしかするとそれはアルメリア様の命令かもしれないけどね」
悩んだが、一応依頼主の意向に合わせる発言をしてみた。
なんだかもう全部看破されているようだが、一応、お金をもらっている身である。最後まで頑張ろう。
「だから、ミハウ・アル・チャルトリスキ。僕は貴方をここで──」
「──そうです! とんでも無く凶悪な蛮族を、私が差し向けたのです!」
──って、貴方も来るのかよ。
次にエクスの言葉を遮ったのはアルメリア当人だった。
外での騒ぎを聞きつけたらしく、扉を開け、声を張り上げてやってくる。
「お父様! 私は本気で貴方の命を狙いました。
このことが何を意味するのかわかりますか?」
「……わからんな。何度問い詰めても、お前は私に何も語ってはくれない」
諦観の滲み出た様子でミハウは言った。
「だが、お前は再三に渡って党首であり実の父である私を狙った」
「ええ」
「チャルトリスキの名を使い、勝手に暗殺者まで雇った」
「はい、そうですわ」
「そんな馬鹿な娘に対して、党首として下さなければならない決断がある」
「ええ! そうですわ!」
アルメリアはしごく嬉しそうな声を出した。
「勘当だ。お前のような娘を、チャルトリスキの人間として認めるわけにはいかない。
その名を剥奪し、追放する──これでいいのだろう?」
ミハウはそんな彼女に対して、どこか投げやりな口調で言うのだった。
勘当宣言。名を奪い、彼女を放逐するとまで、ミハウは突きつけた。
「わかりましたわ。では、私はこれで」
アルメリアはにっこりと満足げに笑って、そしてその身一つで門の外まで出て行こうとする。
そんな彼女を振り返ることなく、ミハウは倒れた護衛たちに声をかけている。
──え? 何これ、僕らはどうすればいいの?
エクスは目の前の展開にただ困惑した。
ちゃんと報酬は出るのか? とりあえず帰っていい? とか考えていると、
「おい、アルメリアの暗殺者。
お前たちの契約には私は感知していないが、まだ契約が残っているのなら、依頼主を守ったほうがいいのではないか?」
倒れた護衛を抱え上げながら、ミハウがこちらに語りかけてきた。
「契約がもうないなら、私からの依頼だ。
あの娘を連れ戻してきてくれ。何も家族にさえ何も語る気のない、馬鹿な娘を」