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08_バトル・ロワイアルですわ〜


「金が欲しいですかぁぁぁぁぁ!」


その号令に応え、野太い雄叫びが迷宮ダンジョン内に響き渡った。


「肉が欲しいですかぁぁぁぁぁぁぁ!」


うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、と周りで騒々しく声が湧き上がる。

その中にあって、この場の主催者たる貴族の少女、アルメリア・サン・チャルトリスキの存在は一切沈んでいなかった。

言葉にするのは難しいが、自然と目を惹いてしまう存在感が、アルメリアにはあるのだった。


「女が欲しいですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


……そんな彼女はいま、拡声器を片手に冒険者バスターたちの欲望を扇動している。


「みなさん。私はその全てを持っています。欲しければ、私のお眼鏡に適うことです!」


その言葉に再度周りがさらに湧き上がる。

騒然とした空気の中、うるさいなぁ、とエクスはぽりぽり頰をかいた。

横では、共に来た唯一のパートナーであるところの刀花が「うおおおおおおおおおおお」を刀を掲げて叫びを上げている。

刀花は言葉はわからないはずだが、アルメリアは声そのものに力があり、なんとなしの感覚で合わせられるのだろう。

野太い声のおっさんたちに混じって、欲望に満ちた雄叫びを上げているのだった。


「それでは開幕の挨拶はこのあたりにしましょう!

 お集まりのみなさん、この度はわざわざ我が屋敷までご足労いただき、ありがとうございます!

 本日の試験は屋敷内に形成されたこの簡易迷宮で行います!」


執事やメイドらしい人に取り囲まれながら、アルメリアが説明を始めた。


だいたいは事前に配られたビラ通りの内容だった。

エクスと刀花は、このアルメリアお嬢様ののクエストに参加するつもりだった。

内容はアルメリアの「暴力装置」となっており、よくわからないが、とにかく腕っ節の立つ用心棒が欲しいらしかった。


──貴族のパトロンがつくのが、一番美味しいからねー。


クランに所属する気のないエクスと刀花にしてみれば、金払いの良い貴族に気に入られることこそ、一番美味しい稼ぎ方だった。

この優雅都市アルミテでは、散発的に発生する無秩序迷宮ランダムダンジョンの他にも、冒険者バスターが必要とされる機会は多く、大抵、個人で稼ぐよりもずっと金払いの良い

仕事にありつける。

なのでこの仕事を機にアルメリアに気に入られれば、より安定した生活を手に入れることができる筈だった。


──しかしまぁみんな似たようなことを考えるもんだね。ぞろぞろと腕利きの人たちが来てるよ。


ざっと見たところ集まったのは百人程度だろうか。

特に武装に縛りもない募集だったこともあり、雑多なパーティがそこには集まっていた。

大抵は4〜5人編成であり、剣やら弓やら槍やら魔導杖マジカル・ウェポンだったり、各人多彩な武装が見えた。

さすがに室内戦闘と明言されてこともあり、魔剣を持ち込んでいるような馬鹿はいなさそうだったが。


「さて、この度の仕事ですが!

 私のいうことをちゃんと聞いてくれるのは前提として、強い人が欲しい!

 そしてそこまで数もいりません。せいぜい四、五人程度でしょうか」


そこで! とアルメリアは声を張り上げた。


「この場でいくつか試験を行います。それをくぐり抜けた人とだけ、私は契約しましょう。私が欲しいのは──強者だけなのです!」


腕利きを自認する冒険者バスターたち(刀花含む)は、彼女の言葉に乗せられ、「うおおおおおおお」とみな高い士気を漲らせ声を張り上げている。

その声援を受けるアルメリアの姿は、優雅な貴族というかもはや国家転覆を狙う革命家のそれである。

ちなみにエクスを含めた参加者全員が薔薇の花を胸元に指している。それが配られた参加証である。こんなところだけ貴族趣味だった。


まぁとにかく試験というのをクリアすれば契約できるらしい。これも告知は前からされていた。

他のメンツもなかなかの脅威だとは思うが、しかしここに立つ刀花はとりあえず強い。暴力装置にはうってつけだ。

なのでエクスとしては、まず負けないつもりではあった。


──懸念は、ちょっと変則的な条件とか加えられた時か。


大丈夫だとは思うが、言葉が通じないという理由で蹴られる可能性もある。

基本エクスもつきっきりで行動するとは伝えるつもりだが、そのあたりはすり合わせる必要があるだろう。


「さて、では最初の試験──と行きたいところですが、ふむ」


アルメリアはそこで一瞬周りを見渡した。


「少々、私の想定を超える人数の応募がございました。

 なので、この度は一つ、予選を設けさせてもらいますわ」


そこでアルメリアはにっこりと笑って、一つ、二つ、三つ、と指を立てていった。


「三人、この場で殴り倒してくださいまし。

 参加証として配った薔薇の花がございますでしょう?

 それを三つ奪いとった人から、この奥の部屋に来てくださいな。

 第一の試験は奥で行います」


微笑みを崩さないまま、アルメリアはそう語った。

そして、くるりと踵を返し「殺しては駄目ですが、我が家の医療班は優秀なので思いっきり殴ってOKですわ」と言葉を残し、その背中が消えていく。

メイドたちと共に、奥の部屋に消えて言ったのだ。


ばたん、と扉の閉じる音──それが戦いのゴングとなった。


冒険者バスターたちは野太い声を上げて互いの獲物を抜き、猛然と戦闘を開始した。

何も遮蔽物もない場所でのバトル・ロワイアルである。

それなりに広いフロアではあるが、百人も入ると結構な手狭な訳で、とにかく全員が一斉に隣の奴を殴り始めた。

刃が走り、矢が貫き、魔導弾が炸裂する。戦術もクソもないプリミティブな戦闘が巻き起こったのだ。


──乱暴だなぁ。


そんな中、エクスは開幕と同時に姿を消していた。

隠蔽ステルス】。暗示術の一種であり、よくよく見られれば捕捉されてしまうが、この状況ではまずバレないだろう。

戦いに加わる気のなかったエクスは早々に戦線を離脱し、刀花に自分の分も含めた薔薇を取ってもらう気だった。


だったが──


『……ううん、あれ? 刀花?』


刀花の姿が見えない。少し目を離した隙にどこに行った──と思ったら、いた。

激動のバトル・ロワイアルの中、苛烈に舞い上がる剣士がいた。

そいつはつややかな黒髪を揺らして、反り返った長刀を振るい、絶妙な加減で周りの人間を昏倒させている。

彼女はとにかく早いのだ。

速い、のではなく、早い、のである。相手よりも常に一手先に動いている。


──『感覚としてはアレだな、ターン開始時に必ず私に行動順が回ってくる感じだ! だから私は強い』


エクスは刀花のその動きに、かつて彼女が、どや、と自信ありげに述べた言葉を思い出していた。

ターンとか行動順とか、よくわからないニホン語だったが、こうしてまざまざと見せつけられると、少しその感覚がわかった。


この前、火蜥蜴の群に囲まれた時もまったく意に介していなかったが──なるほど彼女は強い。

戦闘において必ず先手が取れることの重要性は言うまでもない。一撃で屠るも、一旦逃げることを選ぶも自由自在だ。

その戦法に穴があるとすれば魔術による遠隔攻撃だろうが、刀花のステータスは魔防の値が異常に高い特異体質だったことを思い出す。

弓にしろ魔弾にしろ、魔術的な付与バフがかかっているものは全て弾くと考えてもいい。物理で殴られなきゃ死なない。


そういうことで──端的に言って刀花の周りでは面白いように人が倒れていた。

騒然としていたバトルロワイアルも、一人異様に強い奴がいるということで注目を浴びたのか、徐々にみなの視線が刀花に集まっていく。

が、彼らが刀花を見る頃には、すでに刃が振るわれている。そして誰かが倒れている。また繰り返し。


『そいじゃ刀花。僕の分まで取ったら、アガっちゃおうかー!』


エクスは【隠蔽ステルス】が解けないよう注意しつつ、刀花にニホン語で伝えた。

ニホン語がわかるのは刀花だけだろうから、仮に声で位置が周りにバレたとしてもエクスと刀花がコンビだとはわからない。

なので変に注目を集めることもないので、逃れることも容易──とそこまで考えたところで、ふとエクスは気づいた。


──あれ、刀花? ルールわかってなくない?


当然だが、アルメリアのルール説明は共通語で行われた。

そしてそれを通訳している暇などなかった訳で、つまるところ刀花は今「なんとなく」戦っている。

なんだかよくわからないがみなが殴り合い始めたので乗っておこう、というところだろう。


『刀花! ごめん、うっかりしてた! 今回はこれでもう──』

『うおおおおおおおおおおおおおおおお!』


なんとか伝えようとするが既に時遅し。

刀花はアドレナリンに満ち溢れた雄叫びをあげ──それはもう嬉しそうに刀を振るっていた。

他の参加者も、アガリを無視して戦い続ける刀花を警戒したのか、団結して襲いかかってきていた。

どうせこのあとの本選でも戦うので、今のうちに潰しておこうという魂胆だろう。


その結果、刀花のバトル・ロワイアルは終わらなかった。

血こそ出ていないが、もう舞踊のようにガンガン動き、猛烈な勢いで人を打ち倒している。

そこに下手に割り込めばエクスも捕捉されかねないので、とりあえず【隠蔽ステルス】を維持したまま、事のなりゆきを見守っていた。


──もう仕方ない。とりあえず刀花が危なくなったらフォローだ。


乱戦の最中、隙を突かれたら援護を入れようとエクスは考える。

考えたのだが──


「もう、遅いですわ! 何時になったら最初の方がくるのです!」


──ばたん、と大きな音を立てて奥の扉が開かれた。


アルメリアだった。

予選通過者が来るのを待っていたのに、誰も来ないことに耐えかねてやってきたらしい。


そして、彼女は目の前に広がる光景を見て「あら」と声を漏らした。


『……みな、中々のツワモノだった。PvPはやっぱり楽しいな……!』


額に汗を流しながら、刀花は腕を組んでウムウムと頷いている。

その横で【隠蔽ステルス】を解いたエクスは呆れた表情を浮かべている。


立っているのは、二人だけだった。

あとの冒険者はみな地に伏している。

血こそ出ていないが、ある者は昏倒し、ある者はピクピクと身を痙攣させていた。


「……ごめんなさい。僕の通訳が間に合わず、規定人数割っちゃいました」

「まぁ、なんてヴァイオレンスな方。まるで蛮族ね、理性がないのかしら」

『ふふふふ。楽しかった……! 打撃! 破壊! 撃破! 勝利! 優勝!』


うふふ、と満足げに笑うアルメリアに対して、刀花もまた声を上げて笑い返した。

もちろん言葉はわかっていないはずだが、労いの言葉と判断したのだろう。勝利の笑みである。

エクスとしては、自分もこの蛮族と同じ枠に入れられているのだろうか、と気が気でなかった。


──いや、今回はちょっと僕の監督責任もあるんだけどね。


ちなみにこのあと刀花とエクスは無事アルメリアに採用された。

言うまでもなく、本選は行われなかった。



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