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07_お嬢様だっ!



エクスと刀花は、そうして一応お互いを「利用し、利用され」の関係で生活を共にすることになった。


……実際には「利用し、利用され」の部分はエクスが言い張っているだけのところもあったのだが

とはいえ確かに片方が片方を一方的に養う訳でなく、共働きな訳で、そういう意味では間違ってはいなかった。


そして、それがどういうことを意味するかというと──


『うむ、囲まれたな』

『うん、僕のスキルでもちょっと逃げられそうにないなぁ』


エクスと刀花は互いに背中を預ける形で言葉を交わした。

エクスの手には魔導書、刀花の手には反り返った長刀が握り締められている。


彼らの周りを無数の魔物が蠢いている。

火蜥蜴。ちちち、と舌を鳴らしながらこちらににじり寄り、奇妙な尾はその害意を示すように不気味な炎が揺らめいていた。


『寒そうなダンジョンなのに、メラメラ燃えている。配置の意図がよくわからん』


そこは無秩序迷宮ランダムダンジョンが一角。生成された迷宮は氷でできていた。

複雑に入り組んだ氷の壁、透き通る世界の中にいる炎の化身。

ちぐはぐではあるが、一方手で奇妙なコントラストがなくもないのだが──


無秩序迷宮ランダムダンジョンに意図なんてないよ。

 論理矛盾の塊みたいな場所なんだから、全部が適当なんだ』

『うむ、それもそうか。自動生成ダンジョンなどそんなものか、それにしたってレベルデザインが適当な気もするが』

『僕、そのニホン語よくわかんないなぁ。まぁ刀花の言ってることは大体よくわかんないから気にしないけど』


はぁ、とエクスは息を吐く。

とにもかくにも、想定以上の魔物に囲まれてしまった。


──これは【鑑定士】以外の仕事もしないとダメかも。


エクスと刀花が共働きで生活費を稼ぐにあたって選んだのは、当然というべきか、二人で迷宮ダンジョンに潜ることだった。

刀花は元々は一人ソロ冒険者バスターをやっていた訳で、フリーの【鑑定士】であるエクスと組めば非常にスムーズに潜ることができる。

価値のある魔物をエクスが【鑑定】で見つけ出し、刀花が討てばいい──そう思ったのだが。


──やっぱ斥候も【魔眼】も持っていない二人組じゃそう上手くも立ち回れないな。わかっていても避けられない戦闘が増えちゃう。


この二人パーティの穴はやはり索敵能力である。

美味しく立ち回ろうとしても、今回のように魔物の群れに不意に遭遇すれば、手を打つのも難しくなる。

そこが課題である、と考えながらも、エクスは魔導メガネを上げて、


『まぁいいや、刀花。今回は僕は魔導士として手伝うから、今度からは──』

『うむ! とりあえず斬ってくる』

『あ! バカ! 勝手に出るんじゃない!』


刀花はエクスの制止も効かず、愛刀と共に駆け出していた。

と、同時に火蜥蜴たちが一斉に襲いかかってくる。炎を猛然と撒き散らし、迂闊に前に出た刀花へと殺到する。

いかに低級な魔物であろうとも、多対一で襲いかかられれば非常な脅威となる。

それがわかっているからこそ、優れた冒険者バスターほどパーティを組むのだ。


──仕方ない。とりあえず付与バフでも欠けてあげて……


そう思ったエクスだが──しかし、手を止めた。


『──遅い』


刀花の愛刀が舞った。

その刀は無銘であったが、しかし頑強であり、苛烈であった。

“夏”にて鍛え上げられたと思しき業物に、多重の妖精加工が施された古い刀である。


それが舞い上がる度、おびただしい血が流れた。

蜥蜴の頭が刎ねられた、四肢がバラバラになった、か細い断末魔が反響した。

あっという間の出来事だった。彼女に飛びかかった蜥蜴は、触れるよりも早くその身を散らしている。


『……ふむ、突破完了だ』


そうして──血まみれの刀花だけが残された。

彼女は頰を垂れる返り血もそのままに、ニッ、とエクスに微笑みをかけた。


『いえーい、勝利だぞ。計算してくれエクス』


──マジで貴方一人だけで良いな、戦闘は……。


結局何もしないで済んだエクスは、自分はまだ刀花の実力を知らなかったことを自覚した。







『とりあえずザッとした換金額は三万クラウンってとこかな』

『おお! それはすごいんだな! 私では通貨単位がわからんが!』


ムシャムシャと肉を頬張りながら刀花は顔を上げた。

その頰には赤いソースがついたままだ。

拭きなよ、と布巾を渡すと、刀花は存外上品な手つきで口元を拭った。


『まぁ待ってよ。ここから今日僕らが使った武装の整備代とか、仲介業者への手数料とか、あと消費物を差っ引かないとダメなんだから』

『うむ、なるほど。確かに』

『ざっとした試算だと純利益は一万八千クラウンってとこかな。これを二人で割った額面が今日の利益』

『九千の稼ぎか、なるほどな! エクスは本当に役に立ってくれるな』

『あ、ちなみに刀花が今食べてるコカ鶏のステーキは一万クラウン』


ぶほ、と刀花が咳き込んだ。


『あ、赤字ぃ!』


吐き出しそうになった肉を押しとどめようとしたのか口元を抑えている。

エクスは片手で魔導書を開きながら、はい、と水の入ったコップを渡した。


『うん、そうだよ。えらい景気の良いもの頼むなぁ……って感心しちゃった。何だっけあのチャンク、エドジュニアは宵越しのジェムは持たないだっけ』

『な、なんと……いや、噛んでも噛んでも中から濃厚な肉汁が出てくるとは思っていたが……!』


刀花は愕然とした表情で皿にもられたコカ鶏のステーキを見つめている。

口元はまた赤いソースが垂れ、握るナイフは震えていた。

火蜥蜴を殺しまわってなお微笑んでいた少女は、今自らがやってしまった行いに恐怖しているようだった。


ちなみに最初から高いとわかっていたエクスは紅茶とパンという軽食だった。合わせて1500クラウンだ。

流石に足りないので本格的な夕食は部屋で取ろう。


『刀花がここに入りたい! 良い匂い! とか言うから選んだんだよ。もっと

『うぅ……だって、この街で初めてちゃんとした店で外食できそうだったし……』

『なんたって、ここは優雅都市アルミテだからね。これくらい余裕で行くさ。

 ホントの貴族様向けの店とかに入ると、ドレスコードもあるしそもそも僕らは入れないと思うけど』


そう言う意味でこの店はまだ安い方なのだ。

フィンダースストリート三番街、というのは冒険者バスターも数多く出入りする場所で、周りにいるのもスーツを着た商人やらラフな格好の冒険者が混じった雑多な雰囲気となっている。

価格は街の中心にいくと桁が一つ上がり、郊外にいくと逆に桁が一つ下がる。極端なのだ、この街は。


『あとここはまぁ、結構警備もしっかりしてるし、そういう意味商談に使う人も多いのかな。

 他のメニューはそんな高くないし、中堅以上のクランなんかがよくたむろしてる筈』

『うぅ……そんな場所なのにちゃんと料理はおいしいからえらい、おいしい、お肉うまい……』


泣きそうになりつつも刀花はステーキを口に運んでいる。

頼んでしまった以上は最大限味わうつもりなのだろう。うまいうまい、とうめくように言っている。


『……うーん、でもちょっと二人で組んでみたけど、アレだね。ちょっと勿体無いね』

『わかってる。こんなのはもったいない浪費だ……しかし私はもう食べているのだ……うまいぃ……』

『その話じゃない。僕らのお金の稼ぎ方だよ』


実際目の当たりにしてわかるが、戦闘において刀花は異様なほどに強い。

少なくともこれまでエクスが魔導士として援護する必要はなく、ただ【鑑定士】として同行するだけで済んでいた。

戦闘があまり好きじゃない彼としてはありがたいので、それはいいのだが。


『貴方ほどの強さがあるなら、多分もっと効率よくお金を稼ぐ方法があるよ。

 実際このまえの“ドラゴンもどき”だって簡単に倒してただろう』


“ドラゴンもどき”は換金できる部分が多いので、1日の仕事としては非常に実入りが良い。

ただし、毎回そんな上手い話にありつける訳がない。

無秩序迷宮ランダムダンジョンはその名の通り、何が出るのか予測ができないので、同じ労力でも稼げる額面は変わってくるのだ。

安定という面からは程遠いし、仮にエクスや刀花のどちらかのコンディションが悪くなれば途端に瓦解する布陣だ。


『多人数のパーティなら、こういう時ある程度はフォローが効くんだけど、二人だとね』

『とはいえ、あの部屋の家賃を払いながら食ってくことぐらいはできるだろう? いや、こんなステーキはもう二度と食えないかもしれないが……』

『だから、もったいないって言ったんだ。こんな散発的に稼いでいるんじゃ、貯金も難しいだろう。

 でも、刀花の強さと、この僕がついていることを考えれば、よりスマートで安定した稼ぎ方ができる気がする』


少なくとも、今自分たちが持っているカードは悪いものではない、とエクスは考える。

だからうまく売り込むことができるものを見つけたいが──


「紳士淑女のみなさま、血気盛んな冒険者のみなさま、この声が届く生きとし生けるものすべての方々──ごきげんよう」


──その時、店中に朗々と響き渡る声があった。


それは謳うように澄んだ美しい声であった。

落ち着いていて気品があり、聴くものを思わず振り向かせるような凜とした響があった。


エクスが顔を上げると、レストランの中心にて声を上げる少女がいた。

綺麗に整えられた前髪から覗く青みかかった瞳。すっと鼻筋の通った端正な顔立ちをしていた。

ひとめで裕福な出自と見分けられる絹のドレスを着こなし、その美しい声で人々に語りかける。


「さてさて、面倒臭いのでわたくしは一斉に募集をかけます。

 暴力を振るいたい方はおりませんか! とにかく金が欲しい方はおりませんか!

 とりあえずブチ倒したいものがあるので、私についてきてくださる方を募集しております」


……とりあえず顔と声がいい人は何を言っても様になるから得だな、とエクスは思った。


「とにかく強い方を募集! 役職・スキルは問いません。とにかく私のいうことに諾々と従う暴力装置になりたい方!

 三日後、私の屋敷にて面接と試験を行いますので、振るってご参加くださいまし!

 条件は日給最低10万クラウン! 最低一週間拘束! いちいち説明も面倒なので、こちらのビラを見るといいと思います!」


そう言って少女はその手に持ったビラを思いっきりばらまいた。

ふぁさ、と無数の紙が風に乗って舞う。

周りの客たちは、最初こそあっけに取られていたが提示された条件を聴くと──みな思わずビラを拾おうとしていた。


「私はアルメリア・サン・チャルトリスキ。

 肉が欲しい!金をくれ!女をよこせ!それさえあれば何も要らねえ! といった方の参加をお待ちしております」


というか、拾わされていた。

どうにもこの唐突に現れた少女は、人々に有無を言わさず引き付けるような、強烈なオーラのようなものを持っているようだった。

皆がアルメリアと名乗った少女に向かって何やら声を上げている。店内はちょっとした祭りのような様相を呈していた。


『うぅ……この肉がおいしい。鶏肉らしいさっぱりした食感に、霜降り肉のようなジューシーな脂身が乗っかり、舌に乗せた途端じわっと、じわっとな……うぅ、おいしい……』


が、言葉のわからない刀花はそんな騒ぎなど梅雨知らず、泣きそうになりながら肉を頬張っていた。

そんな彼女に構うのも面倒になったエクスはビラを拾い、そこに書かれた条件をふむふむと読み込んで、


『いや刀花。その肉、これから毎日食べれるかもよ。なんかよくわかんないけど、貴方なら多分大丈夫でしょ』


そう言って口の中にパンを放り込んだ。



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