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04_元カノかっ!?


メリィ・ビーとエクス・ロードブリッジの関係は、さて何といったものだろうか。


長い付き合いなのは間違いないし、互いに憎からず思っていたのも間違いない──筈なのだ。

幼い時分、エクスは身寄りも何もなく、“図書館の女王”に何故か拾われるという数奇な立場であった。

拾われ、まだ何も知らない無垢な子供であった筈のエクスは、メリィと出会った。


“……わ、私”


その時のメリィは招かれざる客だった。

女王が誇る無限の図書館に迷い込んでしまった彼女は、論理圧縮された夥しい量の書物が形成する迷宮に一人取り残されていた。

メリィはエクスと同い年で、同じように何も知らない子供だった。

そんな中で、エクスは迷い込んで来たメリィと遭遇した。

その頃のエクスはひどく無口だったので、今にも泣きそうな顔をして座っていたメリィを何も言わず見ていたと思う。


そうすると──


“私が貴方を助けてあげる。だ、大丈夫だから、この私がいるから、あ、安心しなさい”


目を腫らして、それでも涙は我慢して、震える声を精一杯抑えて、メリィはそう言うのだ。

助けて欲しいのはそちらだろうに──何も言わないエクスを同じ迷子だと思ったのか、手を差し伸べて来たのだ。


その時、エクスは果たして彼女に何と言っただろか。

いや、何かを言えただろうか。

よく覚えていない。だが不意に、ぬっ、と影が出て来た。


“エクス坊やは将来多分イヤな奴に成長するから、仲良くするな今のうちにしなさい”


エクスとメリィの影が勝手に動き出して、トンガリ帽子の魔女の姿を形取ると、そんな失礼なことを宣った。

実際、この女王の預言通りエクスは偏屈な育ち方をするのだが──とにかくこれがエクスとメリィの馴れ初めである。

メリィはそれ以降足繁く図書館に通うことになり、そこでエクスと並んで女王に師事をして、共に学院に入る訳だ。



……そしてそれから十年ほどが経ち、



「む、迎えに来ましたんだから! ロードブリッジく──うんんん!!??」


やってきたメリィ・ビーは奇声を発していた。

緊張に頰を紅潮させていたところに、あまりにも衝撃的な場面を見たからか飛び上がるように肩を上げた。


「あやややややや、ええええううん、なんかドア開いたし、ってううんうん?」


手を震わせながら彼女は頭を振っている。

あまりにも強まった当惑と動揺によって頭が開いていないらしい。

ごめんよメリィ・ビー、とエクスは内心で謝る。今回の件はマジで君は悪くない。


じゃあ誰が悪いかというとちょっと困るが──本音を言えば、エクスは目の前の半裸にすべてを押し付けたい気分だった。


『うおっ……なんか新しい美少女がきた。胸のでっかい娘だなっ、でかいだけじゃなくくびれてるのも良い』


半裸はあっけからんとした口調で言った。

どうせ言葉が通じないからって初対面で何て物言いをしやがる。


『……どいてくれない? お客が来た』

『あ、ああ。うん、そうだな……とりあえず年齢問題よりも、ヤバイ事態なのはわかっているから安心してくれ』


半裸はそこで身を引いた。彼女も流石にこれが困った状況なのはわかっているようだった。


『可能ならエクス君、私はえっちなことをしていません、とこの世界の言葉でやんわりと伝えて欲しい。条例的にもセーフだと』

『今、何と言ったものか割と深刻に悩んでるんだから黙っていてくれ!』


エクスは頭をかきながら言った。メリィ・ビーは玄関口で立ち尽くしている。

オート機能がついている魔導扉は勝手に締まり、ガチャリという音が嫌に部屋に響いた。


「…………」

「…………」

『……まさか初夜でもう修羅場にしてしまうとは。エクス君、本当にすまないが君の通訳手腕に未来がかかっている』


そして、気まずい沈黙の中、エクスはメリィ・ビーの前に立った。後ろで半裸が何かを言ってるがもちろん通訳もしない。


「ええと、久しぶりだね」

「あ、うん……久しぶり、ロードブリッジ君」


ぎこちない微笑みでエクスは呼びかける。

するとメリィ・ビーも吊られたように反応を返した。


「ええと、半年振り?」

「直接会うのは194日振り、声だけ交わしたのを含めれば187日振り。学院最後の日の壁越し……」

「あ、ああ。そういえば、そんなんだったね……」

「手紙は43通送って、1通も返ってこなかった。10日前にも送ったけど」


顔をうつむかせ、震える声で言い放った。

衝撃が抜けきっていない様子だが、必死に自分を落ち着かせていることが伝わってきた。


「……変わっていないようで、何よりだ」


何と言ったが迷った末、出て着たのはその言葉だった。選択を間違えた気がした。だが何を言っても不正解だと思う気はした。

とはいえ実際、メリィの格好は記憶の中のものと変わっていなかった。

鮮やかな橙色の髪に、エメラルドを思わせる深い緑の瞳。エクスと同じメーカーの魔導メガネ。

そしてエクスがもう捨ててしまった紋章の刻まれた魔導学院の制服を、彼女は身に纏っていた。


「エク……いや、ロードブリッジ君は、その、変わったね」


呼びかけた名をわざわざ言い直して、どこか卑屈そうな響きで、メリィは言った。


「……変わったよ。変わったつもりだ。この街で一人で生きていくために──」


一人で、と言ったところメリィの視線が移る。背後に立つ髪の濡れた、ローブだけを雑に羽織った長身の少女に。

こほん、とエクスはわざとらしく息を吐いて、


「アレは観葉植物のようなものだ。気にしないでくれ。植物だから毎日水をやらないと死んでしまうんだ。だからああやってガバガバ水を浴びている。バカみたいだろう?」

『私のことは植物かなんかだと言え! 適当なことを言って誤魔化すんだ!』


発想のレベルが被ってしまいエクスは猛烈に死にたくなった。


「いいよ。別に……そんな誤魔化さなくても」

「ね、姉さんなんだよ。たまたま優雅都市に来てくれたから呼んで」

「ロードブリッジ君、いないじゃない、家族……」


か細い声でメリィは言った。

そう、エクスに家族はいない。だからこそ、幼い頃のエクスにとってメリィは唯一無二の存在だった。


「……何をしに来たんだい、メリィ・ビー」


エクスはそこで声のトーンを少し下げ、敢えてフルネームで彼女のことを呼んだ。


「連れ戻しに来たの。学院に、クラスの委員長として、ちゃんとみんなで卒業するために──」

「僕はもう学院を辞めたよ。もう貴方には関係ないだろう」


突き放すように言うと、彼女の頰がかっと赤くなった。


「そういう物言いしちゃダメだって、他の人から嫌われちゃうって言ったでしょ」

「無理に僕を好きでいなくちゃならない人がもうこの街にはいないよ」

「そういうのじゃない……ロードブリッジ君は、別に悪いことしてないのに、そういう口ぶりだから!」

「メリィ・ビー」

「ちゃんと成果は上げてたのに、でも、みんなそんなことを見ないから、そういうのって、よくないと思うから──」

「メリィ・ビー委員長」


エクスはメガネを上げた。委員長、と少し強調して彼は呼んだ。


「僕はもう生徒じゃない。野良魔導士……じゃないな、プロの【鑑定士】だ。

 正式な手続きを踏んで学院をやめた。

 誰に強制された訳でもない、己の意思だ。

 だから、僕はもうあそこには戻らないよ、どうせ嫌われものだったしね」

「──……でも! ロードブリッジ君は」

「あの学院に帰る場所はもうない。この話はそれで終わりだ」


淡々と、諭すような口調でエクスは言った。

そこに関しては一切の議論の余地はないと彼は考えていた。


「今の僕は大丈夫だ。助けてもらわなくてもいい。だから──」


その上で何かを言おうとした。したが──


「────!!」


──その前にメリィ・ビーは駆け出していた。

ばん、と扉が乱雑に開かれる音がする。どこかへ駆け抜ける足音が嫌に耳に響いた。


腫れた瞳に、何かが溢れそうになった時──彼女は耐えられずに去っていったのだ。

エクスは思う。メリィ・ビー。また貴方は泣かないんだ。涙を見せないように──


『事情はわかった。

 野暮は承知で、駆け抜けよう』


──その時、エクスの身体を追い越していく影があった。


ひらひらとしたローブが舞う。

そんな薄布とどこからか持って来た長刀と共に、彼女は駆け抜けていく。


『貴方、会話わかんなかっただろ!』

『わかるさ。言葉がなくても伝わる想いがある──君が彼女を大切を思っていることとかね』


ウインクを添えて、少女、刀花はエクスの前を行くのだった。




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