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02_おしかけだっ!



ひと仕事を終えたエクスは、自室に帰ってきていた。

優雅都市アルミテ郊外、路面電車を乗り継いだ先にある試作マンション、78F。

この優雅都市において、富裕層は大抵豪勢な屋敷を構えている訳で、ごみごみとした集合住宅に通うのはエクスのような出稼ぎの魔導士や冒険者だ。

貴族の護衛や無秩序迷宮ランダムダンジョン目当ての冒険者は、吹けば飛ぶような安宿で過ごしている。


まだ15という年齢でロクな蓄えもないエクスとて、住まいを選べるほどの資産はない。

ただ、この超高層住宅は、技術試作として作られたこと、そしてとある事情から住む人間を選ぶことから、家賃から考えると破格の条件で借りることができたのだった。


いろいろあったが【鑑定士】としての手数料はきっちりといただくことができた。

もうあの男と仕事することはないだろうが、まぁ、もともとそんな金払いの良い人間でもなかったし特に懐は痛むまい。


『──それで、僕は貴方をどこに突き出せば良いんだい?』


だが、帰ってきたエクスは、扉を開けた瞬間遭遇した顔に頭を抱えていた。


『私を恐喝している……! 怒っている……! わかる、わかるぞ! なんて言っているのかわかる!』


エクスが苛立った口調で呼びかけると、彼女は感動に震えるように目を瞑った。

ぶん殴ってやろうかと思うが、それでも何だか喜ばれそうだった。


「ここ78階だよ、意味がわからない」

『おいやめてくれ! また異世界の言葉で話さないでくれ! 頼む! 不安になるんだ……!』


どうやらニホン語を話さないのが一番効くらしい。

覚えておこうとエクスは思う。


目の前に立っているのは言うまでもなく、あの少女剣士である。

悪徳業者に搾取をされていた彼女は、それを伝えると人類史に刻まれた原始的な解決法たる暴力で契約内容を“相談”し、結果として丸く収めた。

収めたあとのことはエクスとしてはどうでもよかったので、そのまま別れて、そして帰ってきたら──何故か彼女が部屋にいたのである。

当然部屋には鍵がかかっていたし、外から入ることも無理なはずなのだが。


『ふっ……私がどうやってここに来たのかが気になるようだな。私をなめるなよ。

 先回りして影に隠れ、君が扉を開けた瞬間に速度を上げ一気に中に入り込む。

 仕事で疲れていた君は、元々もやしっ子なのもあって私に反応することができなかったのだ』


聞いてもいないのに侵入法を答えてくれた。

魔術的なセキュリティを嘲笑うかのような物理的な侵入方法だった。頭が痛くなる心地だった。


『むかし二時間サスペンスで見た密室トリックを参考にしてみた。

 人生何が役に立つかわからないな。

 扉をぶった斬って入ることも考えたが、さすがにそれは常識的にも倫理的にもどうかと、思いとどまることができた』


二時間サスペンスとやらが何なのかはエクスには皆目見当もつかなかったが、どうやらそれのお陰で自室の扉は守られたらしい。

あの扉も一応魔術的な論理回路が仕込まれているので早々突破されることはないはずだが、この女ならすべてを無視して一閃されかねない。


『僕は疲れてるんだ。今日はもう閉店、休業、店終いだよ。 憲兵には突き出さないでおいてあげるから帰ってよ、剣士さん』

『そういえば、ちゃんと名乗っていなかったな。

 私は刀花。如月刀花だ』


彼女はどやりと何故か誇らしげに胸を張って名乗りを上げた。

会話になっていない。ニホン語なら通じると思っていたのは間違いだったか。


『刀花・ザ・ブレードマスターとか、刀花・オブ・サムライソードという異名も轟いていたので、そっちで呼んでくれてもいい』

『どうして現代人がニホン語の異名とか言うんだよ。呼ばないから出ていってくれ。僕はこれから忙しいんだ』

『これはカタカナ語だし、厳密にはニホン語ではないんじゃないか? いや英語かというと違う気もするんだが』

『ややこしい割にどうでもいいことを気にするんじゃない。

 僕は、貴方に、帰ってほしい、と再三伝えているんだ』


エクスがわかりやすく言葉を区切って言い放つと、「むむ」と刀花は声を上げた。

そして数秒の沈黙ののち、


『確かにそうだな。君の言うことはわかった。ならそうだな、私は今日からここに住ませてくれないか?』


エクスは本当にこの女の言葉が理解できているか不安になった。

前後の文章がまるで繋がっていない。気が狂いそうだ。


『なにせ私は家がない。宿もない。そして一番受け入れてくれそうなのは君だ。だからここに帰らせてくれ』

『金ならあるだろう? 結局あの魔物の討伐報酬は君ががっぽり持っていたんだし』


契約の再締結によって、刀花は相応の額面を得ているはずだった。

換金されたロンド札をしっかりと手渡しされる場面まではエクスも居合わせていた。

あれがある限りはしばらく生きていくことは問題ないはずだが。


『いや、わからん。おそらく金らしいものは一応持っているのだが、どこの宿からも断られる』

『何やらかしたんだ。言葉が通じなくともそれぐらい……』

『いや、私にもわからん。だが、どうにもお達しが来ているようでな、私のような者を泊めるな、と。

 金を払うと言っても首を振られたので、おそらくは……』


エクスも思い立つところがあった。

あの男だ。仲介業者のあの男。

刀花を騙していたあの男は、最終的に彼女と縁を切ることになった訳だが、その怨恨として安宿に手を回していたのかもしれない。

人脈的に、冒険者の仲介業と安宿なんかは繋がりが深いはずだし。


『……おそらくは軽い嫌がらせだよ。出禁にされるいわれはないし、ちゃんと交渉すれば多分入れてもらえて──』


言いながら、エクスは気がついた。

ろくに言葉を喋れない彼女は交渉だとか、そういうことが一切できない。

となると、もう自力でどうこうするには、強盗や恐喝まがいのことをするかないだろう。


『他にどうしようもないだろう? だからその──君を頼りに来たんだ』


だが、彼女にはそうした犯罪まがいの発想はないらしく──こちらを頼りに来たらしい。

確かに、この街で彼女と言葉を交わすことができるのは、間違いなくエクスだけだろう。

『無理を承知で頼む』と彼女は頭を下げた。一つに結われた黒髪が揺れた。


『……どうやって僕の居場所を探り当てたんだよ』

『ふふっ、聞くか? 異世界生活で役に立った私のイラスト力を』


そういって彼女は、ぺら、と何かを突き出して来た。

紙に書かれているのは、短髪でフロックコートを身にまとったメガネの少年で、それがなんというか上手くデフォルメされているのか、単にヘタなのか判別のつかない絶妙なタッチで描かれていた。


『……どう?』


少し照れるように刀花は言った。彼女の照れる基準がわからないとエクスは思った。


「クッソ、こんなヘタウマな絵で特定されるのか、僕は。

 部屋の魔術防護とかじゃなく、もっと別の観点のセキュリティを強めた方がいいな……」


と共通語でぼやく。


『な、何て言っているか気になるから、せめてニホン語で評価してくれないか……?

 ニホン語なら、ば、罵倒でもいいから。見せたイラストの評価がわからないと不安になる!』

『素晴らしい絵だと、感動のあまり共通語で褒め倒したんだ』

『……ありがとう。たとえ皮肉だとしても、うれしいよ』


そう言って彼女は頬を紅潮させたまま、描いた絵をその薄い衣装の中に仕舞った。

恥ずかしがるぐらいなら見せなければいいのに、と思いつつ、


『まぁ、大体貴方の事情をわかったよ、刀花』

『わかったのか!? すごい! 言葉が通じるってこんなに凄いことだったんだ! ありがとう! ちみっこメガネ魔導士!』

『ちみっこでも、ちびっこでもない。メガネではあるけど、それよりもまず僕はエクス、エクス・ロードブリッジだ』


エクスは名乗ったのち、メガネを上げ、


『……一応、貴方の事情に僕も少しだけ噛んでしまったからね。

 一晩だけなら入れてあげるよ。ただし僕を襲おうと思ってるのなら無駄だから』


小柄であり、体型も恵まれている訳ではないが、エクスは魔導士である。

生まれてこの方“図書館の女王”に師事してきた、というか一方的に知識を叩き込まれたことで得たスキルは数えきれない。

ましてやここは工房も兼ねた自室、自分の頭の中に等しい場所だ。

もし仮に刀花が強盗まがいのようなことすれば、その時は死よりも恐ろしい無限の恐怖を与えることだって可能だ。


そんな威嚇をにじませた言葉のつもりだったが、


『うむ、わかっている。えっちなのは駄目だな。君と私の約束だな』


そんなことを言って、刀花は何かに納得するように頷いたのだった。

言葉が通じていないのかもしれない。


『──でも、本当にありがとう、エクス。この恩は、君の善意は絶対に忘れない』


とはいえ、そうして微笑む彼女の言葉は、まっすぐで、すっと耳には入ってきた。





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