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01_ニホン語だ!



つややかな黒い髪が舞ったかと思うと、竜の首がね飛んでいた。


そして降り注ぐ真っ赤な鮮血の雨。

竜を──正確には竜でなく“ドラゴンもどき”のはずだが──殺した少女の吐息が白く染まった。

薄い生地の衣装が血に染まる中、彼女は反り返った長刀をゆっくりと鞘に収めている。


「おーよくやってるね」


と、まさに討伐完了の、その瞬間に立ち会ったエクスはそうぼやいた。

一応噂には聞いていたが、“ドラゴンもどき”を一閃、それも単独で。

エクスは副業で迷宮ダンジョンに立ち入ることが多いが、これほどの手腕は早々見ない。

というか端的に言っておかしいぐらい強い。


女で、それでしかもやたらと若い。背丈はそれなりにあるが、まだまだ子供といってもいい年齢だろう。少女である。

と言っても15のエクスより年上かもしれないし、身長だけなら小柄なエクスより間違いなく上なのだが。


「ちょうどいいところですね、エクス殿。終わったみたいです」


エクスに呼びかけたのは、ひょろりとした体型の中年だ。

彼は冒険者に迷宮を斡旋するという、いわば仲介業者であった。

この業種についている人間はまんまると太っていることが多いのだが、その中にあって針金のようなその体躯は珍しい。


名前は確か──なんだっただろうか、エクスは首をひねった。

エクスは副業である【鑑定士】としてこの場に同行しているのだが、なにぶん早口で即席の契約を結んだ程度の間なので、名前を忘れてしまった。

まぁそれとなく名前を出さずに会話してもなんとかなるだろう。どうせこの場限りの仲だ。


「いやいやお疲れ様です! 剣士どの!」


仲介業者たる男は少女剣士に労いの声をかけた。

それに対し少女剣士も微笑みを持って返した。

血まみれの微笑みだったが、彼女自身には傷一つなく、緊張を解いていることが見て取れた。

それなりに長い付き合いだとは聞いていたし、直接のパーティメンバーでなくとも仲間・友人の間柄なのだろう。エクスはそう類推した。


「お疲れさん、じゃあ僕は報酬額面計算するから、ちょっと待っててね」


エクスはそんな二人に声をかけながら、妖精加工の施された手袋をきゅっとはめた。

少女剣士がばっさりとやった“ドラゴンもどき”の死体を【鑑定】するのである。

仲介業者は冒険者のレベルにあった迷宮を伝え、報酬を支払うための鑑定士にも繋ぐ。

この優雅都市アルミテにおいて、冒険者稼業はそのように成り立っている。


──ううん、しっかし綺麗な斬り口だなぁ。これぐらい強いとパーティなしでもやっているのかな。


エクスは“ドラゴンもどき”の死体の中から使えそうなもの、持って帰れそうなものを確認していく。

今回は少女剣士単独、なので、分け前の計算も要らないので非常に楽だ。

通常、この手の大型の魔物はパーティを組んで討伐するので、一つしかないアイテムが出て来た日には誰が持って帰ることで揉めることは非常に多い。

しかし単独で大型の魔物を討伐できるだけの強さがあるのならば、そんな心配も無用である。


──まぁ僕には無理か。冒険者バスターなんてやらず、こっちのスキルを取っておいて正解だった。


【鑑定士】のスキルは学院を辞める直前に取得したものだ。

とりあえず一人で生きていくにあたって、食いっぱぐれない副業を、と思って選んだのだがこれが正解だった。

大きな報酬こそないが、無秩序迷宮ランダムダンジョンが多いこの都市で、【鑑定士】は安定して仕事がある。

正直、魔導士としてはまったく興味のない分野であったが、手につけておいて間違いないスキルではあった。

エクスの“本業”たる別の研究に集中するためにも、食べていけるスキルは大事だ。


そんなことを考えながらエクスは眼鏡を上げ、魔導本をぱたりと閉じる。


「鑑定。終わったよ」

「おおー! ありがとうございます」

「このあたりの竜結晶なんかはかなり良い値がつくと思う。なにせ状態が良い。

 あと牙やら爪やらも一個3万クラウンにはなる。持って帰れる範囲で持っていくといいだろう。

 本当は竜骨とかが高い値段つきそうなんだけど、物理的にも時間的にも持って帰るのは現実的じゃない。もうすぐこの迷宮、論理分解されると思うし」


エクスは淡々と報告をしていく。

総額で30万クラウン程度にはなりそうだった。

6万クラウンで一月の宿代程度にはなるので、一回の討伐としては相当な額面だった。


本来はこれを四人パーティなどで分割するので額面的にはだいぶ目減りするのだが、なんといっても彼女は一人である。


「ふむふむ、ありがとうございます。エクス殿。そちらの内容で問題なさそうですね」

「ああ、あとの配分はそっちで決めてくれ。僕は定額をあとから払ってもらえれば大丈夫だ」

「それと私の仲介手数料ですが……」


実際に渡す額面をメモ書きしている間、当の少女剣士は何も言わなかった。


「…………」


血に濡れた額を拭いながら、所在なさげに彼女は立っている。無口な人だ。

普通はこうした報酬の計算の際は、仲介業者が小狡いことをしないか目を光らせるものだが、よほど気心が知れた仲なのだろうか。


だが──


「ええと、仲介業者の取り分は実際の報酬の九割──って九割?」


計算の最中、エクスは契約書面を思わず見返してしまった。

この少女剣士の討伐したもののうち、八割がこのひょろっちい男の懐に入る契約になっていた。

仲介料が取れ高に応じて変動する契約というのはありふれているが、こんな異様な割合はみたことがない。

せいぜい一割か二割で、三割を超える場合は、非常に特例的なケースだ。


ピンハネなんてもんじゃない。これでは少女剣士の報酬を丸々奪っているに等しい。


「何か問題でも?」


ニッコリと笑って男は言った。

なるほど、とエクスは思う。この男はどうにも好きになれないと思っていたが、その直感は正しかったようだ。


「おい、そこの貴方。こっちで一応契約を見た方がいいじゃないの?」


エクスは少女剣士に対して声をかけた。

擦れた子供であることを自覚しているエクスは、多少のピンハネはそういうもんんだと割り切るが、しかしこれほどの額面になってくると話は別だ。

悪事の片棒をかつぐのは気が進まない。

そう思って声をかけたのだが、


「…………」


少女剣士はまだ黙っていた。

声をかけられたことはわかったのか、その黒い瞳をエクスに向けた。


「…………」


そして笑った。誤魔化すように、あはは、などと声を漏らして。

聞いていなかったのだろうか、とエクスは再度声をかける。


「おい、貴方。この業者が取り分の九割を取っていこうとしてるんだけど、なんとも思わないの?」


常日頃生意気なガキだとか言われ、学校でも鼻持ちならない態度と嫌われていたエクスだが、今回は珍しくまっすぐな善意のつもりだった。


「いいのー? 僕、一応プロだから、貴方が同意してるなら書面通り処理するしかないんだけど」

「…………」


指で九を作ってやり、こんだけ取られちゃうんだよー、と少女剣士に伝えてやろうとする。


「────はっ!」


少女剣士はそこで何かに気づいたようだった。

そこで意を決したように頷き、そして、


「──ふっ……」


二本の指を立て──エクスはあとで知ったがVサインと呼ばれるものらしい──ドヤ、とした誇らしげな態度でエクスに突きつけた。

そのやってやったぜ、と言わんばかりの満足げな表情にエクスは困惑を覚えてるが、


「ふふふ……無駄ですよ。その女、言葉がわからないんです」


笑いを噛み殺しながら仲介業者の男が言って来た。


「言葉が? だが僕たちが話しているのは共通語だぞ」

「ええ、最初は“夏”の方の人間かな? とか思ったんですが、どうにもそういう訳でもない。クシェ教徒ですらない。

 だからどのコミュニティにも属せない。よくわからん女剣士です」


でも、と男は繋いで、


「べらぼうに腕は立つ。ねえ? 良い物件でしょう。

 私は彼女を食わせてやってるんですよ。良い子ですよ、私に恩を感じてこうしてお金を稼いできてくれるんですから」

「それは頭のいいことだね」


エクスは息を吐いた。

なるほど男と少女剣士の関係は、どうにもロクなものでもないらしい。


「さて、彼女の納得していることですし、さぁ仕事を終えましょう」


男が余裕をもった口調で迫ってくる。

まぁ──確かにそうなのだ。

どう考えてもおかしい契約だが、ちゃんと書面もあるし、エクスに対しての報酬は常識的な額だ。

何より少女剣士本人が声を上げない以上、根本的な状況は解決できない。


──まぁ、いいか。これ以上関わる義理は僕にもない。


エクスはそう割り切った。というか割り切るしかない。


『しかし知らなかった、この世界の人間はVサインを九つの指でやるのか……私の冴えがなければ気づけないところだった』


──と、そこでエクスは指を止めた。


『両手を使うし、どう考えても非効率だろう。面倒臭くないのかな、異世界人。

 いやいや、そういう驕りはよくないぞ、如月刀花。

 きっと何か宗教的な、あるいは歴史的な、ふかーい意味があるに近いない。

 郷に入っては郷に従え、だ。今後Qサイン(仮)で挨拶をしてみよう』


少女剣士が何やら声を漏らしていた。

口調からして独り言であり、内容はひどくどうでもいいものであった。


「おい」


エクスはそこで顔を上げ、再度彼女に呼びかけた。


『しかしおじさんが連れてきたちびっこ。生意気そうな顔だったが、ドラゴンに興味しんしんだったな。

 生意気そうな面構えだったが、やっぱり子供なのだな。倒れたドラゴンをいじくり回すなど。

 魔法使いみたいなローブも妙に似合っていたし、生意気そうだが良い子なのかもしれない。生意気そうだが──』

『誰が生意気だ、この間抜け剣士! この僕が珍しく人を心配してたんだぞ』


エクスは、先ほどと少し違った言葉で彼女に語りかけていた。


『──へ?』


すると、少女剣士は──さっき自分で漏らしていたが──刀花は、間の抜けた声を上げた。


『なんでそんなマイナー言語で話すんだよ。それ四世紀あたりの古代魔術言語だろ』


そう、今彼と彼女が話している言葉は、共通語ではない。現代の言葉ですらない。

少なくともこの“秋”の国ではまず耳にすることのない言葉で、その証拠に仲介業者の男はわかっていないようだった。


『僕も口にするの初めてだぞ。ええと名前は確か──』


エクスは記憶を振り返る。“図書館の女王”に育てられた時代、叩き込まれたことがある言葉だ。


『ニ……』


だがエクスの言葉を遮り、刀花はそこで声を震えわせていた。


『ニ、ニホン語だあああああああああああああああああ!!』


感極まったように彼女は言い放った。

そして猛然と、エクスではまったく反応できない速度でこちらに突っ込んできた。


『え? それとも! ついに私も話せるようになったのか異世界語!

 神様がようやくリージョンコードを破ってくれた? 日本語版実装!? うおおおおおおお、ちびっこ!私は感動してる!』

『やめろアホ!触るんじゃない! だ、き、つ、く、な!』

『おおお! わかるわかかる! 抱きつくな!だな、おおおおおおおわかるううううう』


奇声を発する刀花に対して、エクスは必死に身をよじる。

なんだこのテンションは。

さっきの無口な姿はどこにいった。正直少し可憐だと思っていたのに──と乱れる意識のなか、一つ気になることがあった。


──ニホン語、そうニホン語だ。


この女が今話している言葉を、エクスは知っていた。

だが、このこんな言葉は、まず現代人は知らないだろう。

魔導士だって知るはずがない。

エクスが知っていたのも──ひとえに彼の専門によるものである。


エクス。エクス・ロードブリッジ。

【鑑定士】はあくまで副業的なジョブである。

本来、彼が志しているのは、【言語魔導士】である。

この世に走り続ける言葉、あらゆる呪文を統べる──はずの少年が、彼なのだった。


「ええと、あのぅ……エクス殿?」


刀花に抱きつかれているエクスに対して、仲介業者の男が困惑の声をあげる。

当然、彼には刀花の言葉はわからない。わかるのはエクスだけだ。

エクスは胸に様々な感情が渦巻く中、とりあえず、という想いでニホン語を口にする。


『貴方! とりあえず僕の言葉を聞け!』

『うむ、なんだ。ちみっこ。私は今の君の言うことならなんでも聞くぞ。

 というか君以外の言うことがどうやらまだわからん。君以外聞けない!』


ちみっこじゃない、と吐き捨てながら、エクスは契約書を刀花に突きつけて、


『このおっさんが、貴方の報酬を九割持ってこうとしている。

 そして僕はその契約履行の確認をする立場にある。

 聞くぞ! 貴方──この男、ぶん殴りたくないか!?』


ニホン語でそう言い放ってやると、「ふむ」と刀花はそこで動きを止めた。

ちなみにその間もエクスを抱きしめている。


『なるほど、了解した』


そう短く言った刀花は笑みを消し、エクスに耳打ちをした。


『──ありがとう』


暖かな吐息と共に──そんな言葉が、投げかけられた。


そして次の瞬間には彼女の身体がふっと消え、隣で仲介業者の男が蹴り飛ばされていた。

彼は、弧を描き宙を舞い“ドラゴンもどき”の死体に突っ込んでいく。


──なるほど。


刀花は男を殴るより蹴りたかったらしい、

悲鳴をあげる男を見ながら、今日は少し良いことをしたな、とエクスは頷くのだった。












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