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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

失恋男子

作者: はなた


何もできなかった俺に、泣く資格なんて無い。

そんなことわかってる。



「ちょ、アキ!相田さんに、OKもらえたっ…」


その言葉に喉が縮み声が詰まった。


昼休みも終わる頃、教室のドアを勢いよく開き、息を切らしながらそう言い駆け寄ってきたアイツの顔が蘇る。眉を八の字にして「信じられない」と泣きそうになりながらも、頬を染め興奮気味に話す様子は、これまで見たことのない、アイツの初めて見せる表情だった。


当たり前だ。俺は友達なんだから。


ついにきてしまった。全身から嬉しさを滲ませるあいつを見て、俺の胸は何かに押しつぶされるように苦しさが増していく。


それでも、とにかく祝いの言葉を返さなければと、真っ白になった頭から絞り出した言葉は、ちゃんと言葉になっていただろうか。音が遠のき、自分の声さえもわからないままに、二、三言言葉を交わした俺は教室を抜け、逃げ出した。


眼の周りの血管が、ジワジワと痛み熱を持つ。鼻の奥がツンと痛み、視界が滲みぼやけてくる。まつ毛が重さにしなっていく。溢れさせまいと眉間に力を込めると、視界は一層揺れ動き、目の前の景色は波のように歪んでいった。


泣きたくない、泣く資格なんてない。そう思う頭の中とは反対に、耐えきれないほど大きくなったそれは、玉となり頰を滑るように伝っていった。熱いほどの水滴は、それを合図に堰を切ったように、ボタボタと溢れ出した。


その水滴を隠すように、瞼をこすらないようにして手の甲で目元を覆い、どこに行くでもなく、とにかく走り続けた。


何もできなかったくせに、一丁前に涙だけは溢れてくるんだ。あの子みたいに努力もしていないのに。


後悔、嫉妬、自己嫌悪。せめぎ合い溢れ出しそうな感情が、嗚咽とともに喉元に押し寄せる。決して溢れることがないように、飲み込むようにして蓋をした。


俺には後悔を口にする権利もないと思うから。


嫌という程自分の気持ちはわかっていた。あいつが笑いかけてくれる度に息が苦しくなり暴れ出す心臓、上がっていく体温、崩れる思考。あいつの一挙手一投足に俺の心は振り回された。恋は人をおかしくするとよく聞くが、まさしくそれだと思った。


痛いほど自覚はしていたが、結局行動を起こすことはできなかったのだ。だって男同士だ。気持ち悪がられるかもしれないし、今の心地良い関係が壊れるかもしれない。それなら友人として、今まで通りでいた方がいいんじゃないか。友人と恋人は何が違うというのだろうか。一緒にいれるのならどんな形でもいいんじゃないか。


行動しようとする度に色んな考えや不安が襲ってきては足が竦んだ。結局、俺は足元を踏みならすことしかできなかった。


俺には、一歩を踏み出す勇気がなかった。


先延ばしし続けた片想いは、届くこともなく終わりを告げた。





ーーーーー


自分の気持ちに気付いたのは、中学卒業間近のときだった。自覚したのはその時期だったが、いつ好きになったかと問われれば、それはもうわからないほどずっと前だったと思う。


そろそろ進学先の決定が急かされる学年となった中学三年生の春、自分とアイツの進路希望表の中身が異なっているのを見て、衝撃を受けたのを覚えている。今は一緒の教室にいても、これからの進路が分かれる可能性があることくらい、当たり前のこととして理解していた。しかし、いざその違いを目にすると、脳のブレーカーが落ちてしまったかのように頭が真っ白になった。それから数日、勉強も部活も何だか手につかず、頭が飽和したまま学校へ通っていた。

その時は、友達と離れることにこんなにショックを受けるとは…と自分でも驚いていた。顔に出やすい質なのか、周囲からどうしたのだと心配されることもあった。でもこんな情けない気持ちを話すことも出来ず、なあなあと受け流していた。そうしながら俺は何ヶ月も先の別れに向けて気持ちをつくる決意を固めた。

しかし、夏休みを目前とした頃、突然「個別面談で先生から勧められたから考え直してみた」という報告を受けた時は、拍子抜けしたとともにひどく安心感を覚えた。だから強めに頭を小突いておいた。


心の中の一騒動も解決し、楽しい夏休みが始まると思っていた。にもかかわらず、俺はそれから夏休みの間、アイツと顔を合わせる度に妙に緊張するようになってしまっていた。自分の中の想像以上の執着心に気づいてしまったからなのか、変にアイツを意識してしまうようになったのだ。

夏休みが明けてもなお続く自身の違和感に、何故なのだと自問自答を繰り返した。その中でじわじわと自分の気持ちが言葉として浮かび上がってはいたが、それでもそんな事は有り得ないと打ち消し続けた。


しかし、冬休みが終わり、受験を目前とした2月のバレンタインデー。クラスの女子からチョコを渡されているアイツを見かけた。その光景から生じた感情に、自分の気持ちを認めざるを得なかった。







ーーーーーーーー


(・・・どうしよう)


何も考えず駆け出した俺は、靴に履き替えるのも忘れ、上履きのまま校門をくぐり、学校から少し離れた草木が茂る公園の奥、隠れるように配置された休憩所のベンチに座っていた。


学校を抜け出してしまった。突然の出来事に衝動的であったにしても、逃げ出した自分がこれまた情けない。こすらないよう気を付けたが、結局腫れぼったい気がする瞼と、学生の本分さえも全うできていないという現状、土で汚れた上履きが視界に入ってくる光景に、惨めさが一層増した。


(・・・。)


もう何も考えたくない。



とりあえず、目元を冷やそうと顔を上げ、目を瞑り風に晒す。内側から灯った熱が、風によってどこかへ運ばれていく。ひんやりとして気持ちがいい。ぐるぐると暗い感情が混ざり合う内心とは裏腹に、木々の隙間から降り注ぐ陽射しは穏やかで暖かかった。普段から人は少なかったが、平日の昼間という時間帯もあってか、周りには一切人の気配がしなかった。涼やかな風に木々が揺れ、葉が音を奏でている。ざわざわと近づく音の動きでも風を感じ、それが頰を撫でる冷たさが心地よかった。普段なら同級生達の楽しそうな声や慌ただしい音に溢れた場所にいる時間だ。それなのに、外にはこんなに静かで穏やかな時間があったのか。今までは学校に通うことに対して、何も疑問を持つことはなかったが、この空間を知ると、なんだかあの世界だけに閉じ込められているのは勿体ないような気さえしてきた。



しばらく目元を風に当て、冷やしていると、


「あれ、人いる?」


後ろから誰かの声が聞こえた。急に現れたヒトの気配に驚きつつも、反射的によく耳を澄ますと葉が擦れ合う音の中に、コツコツと石畳を歩く音が近づいてくるのがわかった。慌てて足音のする方を振り返ると、ちょうど手入れされた植物が被っており、入り組んだ小枝の隙間から黒い人影が近づいてくるのが見えた。


初めて学校を抜け出している俺は、全身からドッと冷や汗が流れ、肝が冷えていくのを感じた。どうしよう、学校関係者かもしれない。どうしよう。どうしよう。


頭の中がパニックを起こし身体も動かず、足音が近づいてくることだけがわかる。心臓が喉から飛び出そうなほど激しく動いていた。




すぐそこで足音が鳴った。





「す、すみませんでした!!!」

「おわっ!何!?」


普段、学校では比較的真面目に過ごしているため、こんな状況に慣れていない俺は、先手を打とうと脳がパニックを起こしているままに声を張り上げて謝った。しかし、返ってきた声は予想していた大人の声にしては少し幼く、慌てて目の前の人物に焦点を絞ると、そこには近くにある他校の制服を着た男の子が立っていた。手には学生鞄と白いレジ袋を提げている。学校の近くにあるスーパーの袋だ。彼はこちらも驚いたとばかりに両目を大きく見開いて、後退りするような体勢でこちらを見ていた。


緊張で上がっていた肩が落ち、浅くなっていた呼吸が落ち着いていく。とりあえず学校関係者ではなかったのだ。よかった、本当に良かった。

落ち着きを取り戻すまで若干数秒、ようやく目の前で未だこちらの出方を待っている男の子へと意識を向けた。


「あ、ごめん。その、知り合いかと思って…」

「そ、そう、ですか…」

「その、驚かせてしまってすみません」

「あぁ、イエ…」


制服を着ていることから、高校生であり恐らく歳も近いだろう彼と微妙に堅苦しい言葉を交わす。

友達の友達というわけでもなければ、学校の交流行事のように何か意図を持って話をするわけでもない。更に先ほどの突拍子もない出会い、悲壮感を漂わせている自分、という様々な要因が合わさってか、よそよそしく妙に緊張感を持った空気が出来上がっていた。



まぁそれももう、今はなんだかどうでもいいことのようにも思えた。


とりあえず学校と関係のある人ではなかったのだ。

鞄や靴などは置いてきてしまっているし、当たり前だが明日からも普通に学校はあるわけで、結局は必ず顔を合わせ、叱られる運命が待っているわけではあるが、それはもう後から考えよう。

具合が悪かったとかでいいだろう、もういいだろうそれで、よし、大丈夫。普段真面目にやってたんだから、それぐらい許してくれ。いや許してください先生様…。


投げやりな気持ちになってきた。


そもそも、なんでこいつはここにいるんだ?人のことを言える立場ではないが、学校だと授業があってる時間だ。

この場所は公園の奥まった場所にあり、よく帰り道に立ち寄ったりしていたが自分以外の人とここで会うのは初めてだった。勝手な話だが、なんだか自分だけの秘密基地のように思っていただけに、少し残念な気持ちになってしまう。



「その、知り合いと喧嘩とか…したんデスか?」


この気まずい状況にすぐに立ち去るかと思いきや、意外にも会話は続行されるようだった。制服の学ランを若干着崩し、染めているのか染めていないのかわからない茶髪をセットした学則のギリギリを攻めているだろう姿から、一見、素行不良な生徒のようにも見える彼は、外見の奔放さに反して、敬語で話しかけてきた。彼自身も敬語を使うことに若干の迷いがあるのか辿々しくカタコトめいた発音になっている。いや、外見で人を判断してはいけないか。すみません、と心の中で謝っておいた。


つまりは、微妙な空気感を察知しながらも彼は俺に話しかけてきているということだ。


まぁ、そりゃあんなに切羽詰まって出会い頭に謝罪をしなければいけない知り合いとは、どんな関係なのか。自分も彼の立場だったら気になってしまうだろうなとも思う。なので俺は慌てて訂正しておいた。


「いや全然そういうのではっ」

「あぁ、ならよかった、でも…」


目線を俺の顔からチラチラと外しながら気まずそうに、何か言いたげにしている彼の態度に、そんなに深刻な顔をしていただろうか、と自分の小心者丸出しな行動を思い出して恥ずかしくなった。しかし、ふとそういえば、今は泣いて目が腫れていたのだということを思い出した。咄嗟に顔を下げ、前髪で目元を隠そうとはしてみたが、当然、手遅れである。



「ちが、ごめん!根掘り葉掘り聞こうとかじゃなくてっ、ただ君すごい真っ青で鬼気迫るみたいな顔してたし、その、大丈夫なのかなって…。ごめんな、全然知らない奴なのに」


顔を下げてしまったため彼の表情は見えなかったが、前髪の向こうに、俺の視界に入るようにして両手を慌てて振っている彼の手元が見えた。


その態度と、こちらを気遣う優しい声色に、ふいに胸に何かが込み上げた。そして、糸が切れてしまったように大粒の涙がまたボタボタとこぼれ出した。自分でも意味がわからない。もしかしたら久しぶりに泣いてしまったせいか、涙腺がバカになったのかもしれない。失恋と自己嫌悪でボロボロになっている心に、その優しさがぬるま湯のように染み渡った。


「ごめ、」

咄嗟にごめんと言いたくとも裏返ってしまう声に言葉を続けることは出来なかった。こんな醜態を人前でも晒してしまうとは。本当に今日は散々で情けない一日だ。


目の前で泣かれては迷惑だろうと思いつつも、止まらない涙に顔を上げることも出来ず、彼が自分から立ち去ってくれることを願った。






しかし、その願いに反して、彼は立ち去りはしなかった。


最初戸惑った様子を見せながらも、手に提げていたレジ袋に手を入れガシャガシャと漁ったかと思うと、突然、下を向き垂らしていた前髪をくぐるようにして、袋から取り出したソレを俺の顔の真下に突き出してきた。


視界いっぱいに見えたのは、大きく膨らんだ茶色い紙袋だった。中央にはかわいい魚のキャラクターが描かれている。


目元から滴り落ちた涙で紙袋に濃い斑点が出来ていく。濡らしてはいけない、と思わず顔を上げると彼と視線がぶつかった。ボロボロと男が号泣しているのを直視したからか、一瞬驚いた様子を見せ、間を空けてから彼は話しだした。


「えっと、とりあえずよかったらコレ食べねぇ?たい焼きなんだけど、さっき買ったばっかで出来立て。いっぱい買ってあるから、って熱っ!!!」

「!」


突如そう叫んだ彼が後ろに跳びのき紙袋から手を離した為、顔の下で握られていたものが膝の上に落ちてきた。確かにじんわりと制服越しにも熱が伝わってくる。


彼は、ばさばさと団扇のように右手を扇がせ「あっつ!」「ホントに出来立てっ…!」「あっつ…!」と涙を滲ませながら繰り返しこぼしていた。





なんだかコントみたいだと思った。


「ははっ」


一人悶絶する彼を見ているとなんたが笑いがこみ上げてきた。笑っては駄目だと思いつつも、こみ上げるものに逆らうことができずに笑っていると、彼と目が合った。


彼は痛みで眉をしかめながらも、安心したようにニッと笑って笑顔を返してくれた。



なんとなく、その顔がアイツの笑顔と重なった。




恋に発展するかは置いといて仲良くなってほしいなと思いました←

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