表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

5

 さておいて、父親の帰宅はおそい筈でした。


 くだんの黒いぬについては、それまで保留ということに決めました。


 なにより、深奥(しんおう)に萌芽しはじめた新感覚にたいして僕のこころは向いていましたから。


 …そう、血にまつわる覚醒感です。僕はまるで新しい種類の吸血鬼であり、その吸血鬼は経血の洗礼によりサナギから(かえ)るのです。

 勿論、まだ(おぼろ)げなモノではあれ、あたかも霧の中でサード・アイが開かれた気分でした。


 だから…、


 いぬのコトなどどうでも良いのでした。


 トイレを使ったあとでも、紺のブレザーを身にしている流菜(るな)に、


「なんだか分からないが、追い出したり、保健所に連れていくのも忍びない。可哀想にサツ処分になってしまうだろうからね。

 マズこの汚れっぷりじゃあ、飼い犬という感じもないし、いや、そりゃあ早計かな? (なが)の放浪の身の、迷いいぬかも知れんしね?

 まあオヤジが帰ったら相談することにしようね。

 それより流菜ちゃんも着替えてはどうだろう? まだ学校の制服のまんまじゃないか。

 このコは僕が見ておくよ。 どれどれ? ハラを空かしているようだね。まあ食パンやミルクでも与えておこうよ」


 やや饒舌に畳み掛けます。ひとりになり、官能の輪郭を確かめたかった。

 さっさとマスターベーションに耽りたいので、女親を追い払う童貞少年さながらといったところでしょうか。


「え? お兄ちゃん、いぬはニガテなんじゃないの? それにあんまし人間の食べ物をあげると具合が悪くなるのよ。ワンちゃん専用のフードでないと」


「大丈夫、大丈夫。うかつに流菜ちゃんが触ると、恐ろしいマダニをウツされるだろう。僕はこういうコトに詳しいんだから任せておきなさい」


「ヘンなお兄ちゃんねえ、今日は。じゃ、まあ任したわ。流菜、着替えてくるね。ゴハンは私が買ってくるからテキトーにあげちゃダメよ。いぬには毒なものもいっぱい有るんだから…」


「分かった分かった」



 ***



 僕は病気だろうか。精神の、ではなく、カラダの。妹を(なだ)めて()かし、自室のドアを開こうとしたら、違和の感覚。ドアノブがヌルリと空転したのである…、

 …前膊からタナゴコロまでを盛大に覆う漿液のせいでした。

 体液、と思った。拭き取らなくては、と思った。しかし目を移せば最早(もはや)さきほどと色調がかわり腕の先は血達磨ッ赤(チダルマッカ)なので、こりゃあ救急車だな、とそう思いました。


 ()つ。


 文字通り、血の気がひくという慣用句を体現している僕なのでしたが。

 シトドしたたる赤い雫を、()してきていたあの()()はスウと舐め。

 まるで淫婦さながら、目を細め。

 僕の耳へ…、まざまざリアルな幻聴を吹き込んだではありませんか。


「…ABRACA(アブラカ)DABRA(ダブラ)…、余の名はグラシア・ボラス。冥府の伯爵である。(なんじ)処女(をとめ)の紅き瑠璃の()を以て余を喚びよせたであろう。(よろし)い、宜い。希いをかなえて進ぜようか…」


 きゃっと(おら)び、…暗転。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ