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「お兄ちゃん、ウチの中にいぬが居るんだけどさ、どうして? 拾ってきたの?」
さて面妖な。わが感覚の教師、流菜は得もいわれないことを告げるのでした。
「ヘンなことしてると、また御父さんに怒られるよ。こんな穢いコを拾ってきたりして。まあ、そりゃあ確かにカワイイけど…」
みれば、制服姿をした流菜の足下、小ぶりな黒いぬがチンと座している。
…不可解です。ネコならばまだ有り得るでしょうが、虫か何かのように窓の隙から忍び込むとも思われない。玄関の戸締りは完全にしてあるハズ。おまけに此処は四階。ちょっとしたミステリーです。
「いや、流菜ちゃん、それは誤解だよ。僕だってココがペット飼育不可のURであること位、知っている。それに僕はいぬがキライなんだよ。子どものころにカジられたからね。御存知だろう?」
僕の右前腕部には、あたかも聖痕を思わせるクサビ状の瘢痕が点々と走っています。思い出したくもないのですが、名誉の戦傷のアトというわけでした。
ゆえに、いぬを目の当たりにすると持病とでも言うべきキズのうずきに見舞われるのですね。げんに今も、シクシク疼く。
こんなとき、無意識にキズを検めてしまうのが習い性。僕は古傷に視線を流したんですね。すると…、
…奇妙なのですよね。
とうに塞がっているはずの、何年もむかしの傷跡。そこから薄黄色な、滲出液めいたものがニジんでいるのでした。
すこしばかり唖然とします。
そんな僕の感情をよそに、いぬは、
「キュウゥ」
と憎らしいみたいに鼻を鳴らすのでした。
「カワイイね、お腹が減ってるのかな?」
妹が相好を崩しました。…が。
…僕にはそうは思えなかった。
くろぐろ濡れた眸に、なにやら暗黒のごときものが潜んでいるのを感じ…、
…単純至極な空腹感、愛すべき動物的希求、そんなものを超越した理の所在を感じ。
トイレの前にしばし立ち尽くしました。