95.意外な関係
リエティールは早速代金を支払って槍を購入する。ニリッツは彼女に専用の鞘を手渡した。鞘の外側は白く染色された厚手の皮製で、黒く縁取りされたシンプルな見た目である。内側は鉄でガードがされていて強度が高められている。背負った時に上側になる方にはスリットが入っており、背負ったままでもすぐに引き抜きやすくなっているようだ。
リエティールの希望により、当初の予定よりも長くなったため、背負った時の角度はやや普通よりも大きいが、動きをできる限り阻害しないように、しっかりとしたホールド感がある。ニリッツ曰くそこにはかなり拘ったのだとか。
リエティールは感謝を述べつつ、今まで使っていた槍を売却する。その時、ニリッツの目に彼女の胸元で光るペンダントが映った。
「ん? お前さん、それをちょっとよく見せてくれないか?」
リエティールは彼の目線がペンダントに向かっていることに気がつく。彼の顔を見て、単純に気になっているだけだろうと考え、リエティールは一つ頷くと掌に乗せて彼のほうへと持ち上げてみせる。ニリッツはグイと顔を寄せ、目を細めつつそれをじっと見つめた。
何か思うところがあるのか、彼はチェーンの後ろ側も見せて欲しいと言ってきた。断る理由もないので見せると、彼は確信を得たのか「おお、そうか!」と言うと、パッと明るい顔になった。
一体何事かと、リエティールが不思議そうに彼の顔を見つめていると、少ししてそれに気がついた彼は頭を掻きつつこう説明した。
「いや、いきなり済まないな。 そのペンダント、エクナゲルのやつが作った物で間違いないな?」
「え? どうして……」
そう言われ、リエティールは驚いた。疑問の言葉を呟きつつ、彼がエクナゲルに作ってもらった何かを持っているのかもしれないと考えたのだが、次の彼の言葉でリエティールはより一層驚くことになった。
「はは、あいつは俺の女房だからな!」
それを聞いたリエティールは驚きのあまり絶句してしまった。まさか自分が偶然立ち寄った店の二人にそんな関係があったとは思いも寄らなかった。
「ユルックにも出会ったよね? 彼は僕の兄さんなんだ」
エレクニスもそう言ってリエティールに小さく笑う。彼女はただ目をぱちくりさせることしかできなかった。
しかしよく考えてみれば確かに、エレクニスの気品のある雰囲気は、エクナゲルの上品な立ち居振る舞いから受けるものとよく似ている。そしてユルックの大雑把な印象と、興味がある事に熱中してしまう所は、ガサツそうな雰囲気をしつつ、集中して周りが見えなくなるニリッツと似ているかもしれない。
考えてみれば確かに共通点はあるが、それにしてもニリッツとエクナゲルが夫婦だったとは意外で、未だにリエティールがポカンとしたままであるのを、ニリッツはおかしそうに笑った。
「あいつは元々少し良いとこの出だったんだが、俺とは町中で偶然出会ったんだ。 その時あいつがつけていたネックレスの金属加工技術の高さに目を引かれて、尋ねたら自分で作ったと言われてな、かなり驚いたんだ。
あいつは親からそんな金属いじりの趣味はやめろと言われることに嫌気が差して、勢いで家を出てきたらしくてな。 俺としては彼女の技術を是非自分の武器作りに取り入れたいと思ったんだ。 だから俺は彼女が隠れるための家を買って匿い、技術を買った。
最初はそれだけの関係だったんだが、次第に気になり始めてな。 まあ、結婚したわけだ」
ニリッツはエクナゲルとの出会いの経緯を、少し恥ずかしそうにしながらそう語った。より詳しく聞くと、リエティールの槍に使われている装飾品はエクナゲルの店から提供されたものを使っているらしく、精巧さの理由に納得した。その代わりに、ニリッツからは材料となる金属の代金を負担して提供しているらしい。
しかしそこでリエティールはふと疑問に思った。
「今はどうして一緒に暮らしていないんですか?」
するとニリッツは照れた顔から苦笑いになり、訳を話した。
「ああ、いや……あいつにうるさいって言われてな……。 どうもあいつは静かなところじゃないと集中しづらいみたいで、俺の鍛錬の音が駄目だったらしい。
それでまあ、こうして離れたところに其々の店を構えてるって訳だ。 本当はもうちょい近くに住みたかったんだがなあ……丁度良い所に空き店舗がなかったんだ」
確かに、これほど人が集まるところでは中々都合の良い場所に店を構えることはできないだろう。近すぎると音が気になり、丁度良い距離には空き店舗がなければ、どうしても遠く離れるしかない。
「でもまあ、俺の気持ちもそうだが、子ども達だってずっと両親と会えないのは良くないだろう。 だから今は月に何度か会う日を作ってるんだ」
そう言いつつ彼は工房の壁に立てかけられたカレンダーを見て、「明日じゃねえか!」と焦った様子で言った。エレクニスは分かっていたようで、呆れたような困ったような顔で苦笑を浮かべ、リエティールと顔を見合わせた。
恐らく宝飾店でエクナゲルが後ろに回った時、何かに気がついたように声を出したのは、きっと背負っていた槍がニリッツが作ったものだと気が付いたからだろう、とリエティールは思った。だからあの時「じきに分かる」と言ったのだろう。
リエティールは改めて彼らにお礼をして店を出た。
ニリッツの武器作りを見ていたせいか、時刻は昼を少し過ぎたくらいであった。
昼食ついでに午後は新しい槍で魔操種と戦おう、と彼女は考えて、ウキウキとした様子でドライグへと向かっていった。




