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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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93.氷雪の煌き

 目が覚めたリエティールは朝食もそこそこに、すぐに宿を飛び出してリプセーヴ宝飾店へと向かっていった。一度行ったきりであったが、店からの帰り道に忘れないように大通りに入って何番目の角かなどを何度も確認しておいたため、道に迷うことはなかった。

 混みあう雑踏を抜けて、静かな脇道へと踏み入る。遠くの喧騒以外には、いつもより少し早い足音と、期待に高鳴る彼女自身の心音だけが聞こえていた。


 店につくと、ドアベルの音を響かせて早速店へ入る。カウンターで本を読んでいた店主であるエクナゲルはその音に顔を上げ、入ってきたのがリエティールであると気がつくと、その目をふっと柔らかく細め、


「ああ、来たかい。 待っていたよ」


と声をかけてきた。リエティールの待ちきれないといった様子を見て、


「逸る気持ちは分かるが、まあ落ち着きなさいな。 さ、こっちだよ」


と一層顔をほころばせると、リエティールに手招きして奥の部屋へ来るように誘う。リエティールはすぐにそれを追って扉の向こうへと入った。


 奥の部屋には、椅子に腰掛けてエフォックを飲んでいるユルックがいた。相変わらず髪はくるくるとしており服はよれている。かっちりと上品な服を着こなしているエクナゲルとはやはり真逆の印象を与える彼は、リエティールの姿を見るとぼんやりと笑う。


「やあ、早速来たね。 待ってましたよ」


 その様子は以前会ったときよりも更にふやけた印象を受ける。それを見たエクナゲルは一つため息をつくと、


「こいつはいつも起きるのが遅くてね。 今日はお嬢さんが早く来るだろうからと珍しく早起きして、まだ寝ぼけてるんだよ」


と説明した。エフォックは目覚ましにとエクナゲルが用意したもののようだ。リエティールからすればこの時間は寝坊した時間なのであるが、彼にとっては早起きな時間らしい。普段は夜型の生活をしているようだ。

 エクナゲルは彼のふにゃっとした態度が気に入らないのか、つかつかと歩み寄るとその背中を平手で叩く。スパンと小気味良い音が響き、ユルックは噎せ返った。彼は少し恨みがましいような目をエクナゲルに向けるが、彼女は寧ろそれをきつく睨み返す目をむけ、ユルックはすぐにさっと目を逸らした。


 漸く目が覚めた彼は席を立つと、リエティールを彼の工房に案内した。

 工房の中は以前来た時と変わらず、物が雑然と置かれているのは彼らしい様子であった。ユルックはリエティールが前回店を出る前に見せたものと同じ金庫を開き、中から一つの箱を取り出した。箱は紺色の短い毛足の布で覆われており、中央には銀色で木の葉の模様が描かれており、どこか高級感を漂わせている。


「これが注文の品です」


 彼はそう言って、リエティールの目の前でその箱をそっと開いて見せた。開かれた瞬間、リエティールの目もまた大きく見開かれ、思わず息を呑んだ。

 ペンダントはデザインされた時と全く同じように、それどころかそれ以上に素晴らしい出来となっていた。中央に大きくあしらわれた花結晶の模様は、デザインされた時より花弁の内側の模様が少しシンプルなものになっているが、外側の模様の精巧さと相まってより一層際立っている。中央の小さな透明の宝石もまた丁寧にカットが施されており、僅かな角度の変化で美しく煌く。シルバーの輝きはまるで本物の氷雪のようである。

 蓋の細かな模様に対して、下側の方は模様はほとんどなくシンプルである。しかしそれがまた上品さを与えている。もしもこちらまで細かな模様が刻まれていたとしたら、若干のくどさを与える結果となっていただろう。

 チェーンは細身のカーブチェーンで、その輪は大小のものが交互に繋げられており、細身ながらも存在感と華やかさを持っている。留具の部分には箱に描かれていたのと同じ木の葉を模した形の物が使われており、どうやら木の葉がこの店のトレードマークのようである。


 この時点で既にリエティールは感動していたが、本命はその中身である。

 リエティールはユルックに促され、それをそっと手に取る。緊張しつつも掌に乗せ、説明を受けながら丁寧にその蓋を開いた。


「あぁ……」


 リエティールはため息のように深い息に乗せて感嘆を漏らした。

 ペンダントの中にあった透き通った白の命玉サールを目にした瞬間、リエティールの胸の中に喜びが溢れてきた。ひんやりとしたシルバーに触れていたはずだが、そこにエフナラヴァの存在を確かめた途端、どこかほんのりと温かく感じたのである。

 そして、その命玉の周りには蓋に施されていたのと同じように、植物を模した模様が刻まれていた。それはまるでエフナラヴァが花に囲まれているようだとリエティールは感じていた。花を見るという夢を叶えることができないまま息絶えたエフナラヴァの夢を少し叶えてあげることができただろうかと、リエティールは問いかけるように命玉をじっとみつめた。

 それから暫くして、リエティールははっとして顔を上げる。彼女の側には、その様子をじっと見守るエクナゲルとユルックがいた。二人は温かい眼をしていた。


「その様子だと、どうやら無事に気に入ってもらえたみたいですね」


 ユルックが嬉しそうに笑いながらそう言い、エクナゲルは当然とでも言うような顔をして頷いていた。彼女はペンダントの出来に相当自信があったのだろう。


「はい、本当に素敵です……ありがとうございます!」


 リエティールがそう言って頭を下げると、二人は顔を見合わせて笑った。


「さあ、よければ早速つけて見せて欲しいのだが……」


 エクナゲルがそういうと、リエティールは頷いて早速ペンダントをつけようとする。しかし首の後ろで金具を留めるのが上手くいかずにもたついていると、エクナゲルが手を貸してくれた。

 そうしてリエティールの後ろに回った彼女だが、その時何かに気がついた様子で「おや」と呟いた。リエティールがそれを聞いて何事かと後ろに視線を向けると、彼女はふっと笑って、


「何、気にしなくて良いさ。 じきに分かるよ」


と理由は答えなかった。リエティールは気になりつつも、聞く前に「ほら、前を向いて」と言われてしまったので、大人しく前を向いてペンダントをつけてもらった。

 そうしてつけられたペンダントは、リエティールの胸元でキラキラと光り輝いた。これでずっと離れずに居られると、リエティールは安堵と喜びに破顔し、それを見たエクナゲルたちも満足げに頷いた。

 リエティールは再び二人に深く感謝を告げると、軽い足取りで店を後にした。

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