91.報酬
三人水入らずの空間であるべきだろうと直感的に感じ、リエティールはそっとその部屋から出た。
ドライグのロビーまで戻ると、参加したエルトネ達が適当な椅子に腰掛けて暇を潰していた。リエティールはその中にソレアとイップを見つけて近付く。
「あ、リー! お疲れっす!」
真っ先に気がついたイップがそう声を掛け、続いて気がついたソレアも手を挙げて挨拶すると、隣の席に座るように促した。リエティールは言われるまま席につく。
「それにしても、改めて考えたらリーはとんでもないことしたっすよね」
「え?」
とんでもないこと、と言われてリエティールは首を傾げる。分かっていないリエティールを見てイップはほら、と話を続ける。
「だってルボッグの群れだったんすよ? しかもヤーニッグが率いてた群れっす。 でもおいら達がついた時にはもう殆ど居なかったじゃないっすか。 大体が気絶してるか絶命してるかだったっす。 それを一人で対処したって、相当なことっすよ?」
確かに結果として、リエティールが一人で群れをほぼ壊滅させたような状況になってはいた。命玉を回収していたエルトネ達もその数の多さに驚いた顔をしていたのを覚えている。
このまま何も言わずにいれば、リエティールはルボッグの群れを一人で相手取る実力があると思われてしまう。一部をしとめたのは事実であるが、魔法を使えることを隠さなければならない以上、魔法を使わなければ倒せなかったというのにそういった噂が広まってしまえば、動きづらくなってしまうだろう。
「違います。 確かに何体かは倒しましたけど、大体は暴れたヤーニッグが巻き込んでああなったんです」
リエティールは咄嗟に誤魔化す。ヤーニッグの攻撃に巻き込まれて大半が壊滅したのは事実であるので、リエティールの言い分は間違いではない。
「でも、ということはあのヤーニッグを怒らせるくらいの一撃は入れられたってことっすよね? それでも十分凄いっす! 普通あんなのに出会ったら、戦いなれてるエルトネじゃ無かったら足が竦んだりするもんっすよ」
それでもなおイップの中での評価は高く、ソレアも頷いて、
「そうだな、失礼ではあるが正直、リエティールがあの巨大な魔操種に立ち向かえるほど勇敢だとは思っていなかった。 しかも無謀ではなくしっかりと攻撃を当てたというんだからな」
とリエティールを高く評価する。そう手放しに褒められると、リエティールは言い返すこともできずに恥ずかしそうに顔を背けた。
「でも、イップさんは私を抱えて攻撃を軽々と躱して、ソレアさんは素早く判断していち早く行動して、お二人とも私よりずっと凄かったです」
一方的に賞賛されているのも気恥ずかしく、リエティールも言い返すように二人を褒めた。しかし二人は恥ずかしがるどころか嬉しそうに笑顔を浮かべ、
「おいらはリエティールの先輩っすからね!」
「伊達に長い間エルトネはやってないからな。 状況判断は得意なほうだ」
とイップは胸に拳をあて、ソレアは誇らしげに頷く。
どうやら反撃にはなっていないと分かると、リエティールはますますくすぐったそうに目を泳がすことしかできなかった。
「だが、一人でルボッグの群れに突っ込んでいったのはよくないな。 前に相手取る敵には気をつけるように言っただろう?
今回は何とか無事に済んだが、よく知らない敵へ無闇に攻撃するのは控えるようにするんだ」
「あ……ご、ごめんなさい」
ソレアは顔を厳しいものに変えてそう言った。リエティールも、自分が無茶をしたことと、ソレアが心から心配して言ってくれていることを分かっているので、少し悲しげな顔をしつつも素直に頷いて謝罪した。
そんな風に話をしていると、ドライグ長であるラレチルが執務室から戻ってきてエルトネ達に声をかける。どうやら報告書が仕上がったようで、素材の鑑定にも目処がついたようであった。
本来であれば救出対象であったリエティールは依頼へ参加した扱いではないのだが、ルボッグの討伐に大きく貢献したとして報酬が分けられることになった。
一人のエルトネがユーブロを呼び戻し、全員が揃ったところでラレチルが話を始める。
「今回の緊急依頼への協力ならびに完遂について、改めて感謝する。 ありがとう。
そして、依頼の報酬について、基本の報酬に素材の価格を加えて、大体これくらいになる。 素材の値段の詳しい内訳についてはこちらの資料を見て欲しい」
と、彼はそういって報酬が書かれた紙と、それらの詳しい内訳が書かれた紙の二枚を提示した。
リエティールはその報酬金額を見て、採集依頼とは桁違いの値段に思わず口をポカンと開けた。他のエルトネ達は納得した様子で其々頷いたりといった態度をとっているため、これが妥当なものだと分かると尚更驚いた。緊急の特別依頼と言うことで普通の討伐依頼よりも更に金額は上がっているのだが、それを加味しても、初心者向けの採集依頼とは格が違うということが分かった。
リエティールは驚いたまま、素材の価格の詳細についての方へと目を移した。
まず、一番最初に書かれている命玉の価格だが、やはりこれが他のものとは桁違いの値段がつけられていた。その価格は3000ウォド、金貨3枚である。これ一つで宿に一月泊まる事ができる。
魔操種の位が高いほど命玉に宿る魔力の量と質も高くなる為、バリッスやティバールなどとはやはり何倍もの差がある。比較的弱い魔操種であるルボッグの分岐種でこの価格なのだから、強いといわれる魔操種の命玉などは幾らになるのだろうか、リエティールには想像もできなかった。
その次に爪や牙が武器等の素材になるとして書かれており、それなりに丈夫な皮も価値がついた。また、力のある魔操種は右の目玉や心臓等にも多少の魔力が宿るとして今は研究対象となっているらしく、そこにも価格がついていた。
残念ながら、一番量の多い肉は雑食であるため食用には向かないらしく、値段がつかなかったようである。
今回は大勢での受注であったため、結果として一人当たりの報酬は──リエティールにとっては驚くほどであるが──普通の討伐よりやや多いくらいに落ち着いていたが、世の中にはこれを余裕で一人占めできるような実力者も居るのだとソレアに聞かされ、リエティールは世界の広さにただただぼうっとしていた。
そして、今回の依頼の結果、リエティールのカードに一つ目の穴が開けられた。




