90.共に
解体が無事に終わり、初めての魔操種ということで素材の価値がはっきりするまで少し時間が掛かるようで、リエティール達はそれらの鑑定作業が終わるまで自由な時間が与えられた。
ちなみに魔操種は通称であったヤーニッグがそのまま正式名称としてドライグに認められ、通常のルボッグより大きな力を持つことを踏まえ、今までの記録と照らし合わせた結果新種扱いとなった。ラレチルは他のドライグへの報告書を書くといって奥の執務室へと戻っていった。
リエティールはユーブロ達のことが心配になり、彼らが使っている仮眠室を訪れた。短い間とは言え共に行動した仲間である以上、彼らの抱えているであろう問題が気になっていた。
リエティールが扉をノックすると、エナが扉を開いて迎え入れた。部屋には二つの二段ベッドがあり、片方の下段にニールが寝かされており、そのすぐ側にユーブロが椅子に腰掛けて様子を見ていた。
エナとリエティールは向かい側のベッドに腰掛ける。まず口を開いたのはエナであった。
「今回は、大変なことに巻き込んでしまってごめんなさい……私が油断して怪我なんかしなければ……」
彼女は自分が怪我をしたせいでニールが混乱するきっかけが起こり、またユーブロがすぐに後を追えなかったのだと思い、深く反省をしている様子でそう言った。
「気にしないでください。 こうして無事に皆戻ってこられたんです」
リエティールが首を横に振り、エナを慰める。それでも彼女は暗い表情のままであった。
エナはユーブロ達がクシルブから出ていったことに気がつくと、居ても立ってもいられなくなり自分もついていくと詰め所のベッドから飛び起きたのだという。当然門番はそれを全力で引きとめた。しかし彼女はじっとしていられず、今回の話を詳しく知っているであろうとドライグ長に会うと言った。
町から出ないのであれば、と門番も根負けし、一人が付き添ってドライグまで送り、エナはそこでラレチルから今回の依頼についての話を聞いたのである。
大勢のエルトネが協力してくれていると知り、一先ず安心はしたものの、自分がそこにいられないことが酷くもどかしく、早く無事に戻ってきて欲しいと祈るような気持ちで待っていた。
「私、結局怪我をしてユーブロに手間をかけさせて、貴方とニールを置いてけぼりにした挙句、助けに行くこともできなくて……」
リエティールも、彼女の話を聞いてそのもどかしい気持ちは理解できた。ずっとニールを見ていたユーブロも、気がつけばエナへ視線を向けて複雑そうな顔を浮かべていた。彼としてはきっと気にしていないと言いたいところなのだろうが、言ったところでエナが納得してくれるとも思っていないため、かける言葉が見つからないのであろう。
そうしてどこか気まずい雰囲気に部屋が包まれ、沈黙の時間が進む中、不意に小さな呻き声がして全員がそちらに顔を向けた。
「ニール!」
ユーブロがそういってニールの顔を覗き込み、エナとリエティールも立ち上がって側へ寄った。ベッドの上では、ニールがゆっくりと目を開いていた。
「う……ユーブロ……? エナ……それに、リエティールさん、も……」
目の前の顔を見て彼は呟くようにそう言った。それに答えるようにユーブロは彼の手を力強く握った。その顔には歓喜が満ちており、エナも先程までの暗い表情とは打って変わって心から安堵したような顔をしている。
「ああ、よかった……本当に」
「ご、ごめん、僕……また気を失って……」
ニールは悲しげな顔で申し訳なさそうにそう言うが、ユーブロは大きく顔を横に振る。
「謝ることなんて無い! 寧ろ、俺は感謝しているんだ。 お前があの時魔法を使ってくれなかったら、俺はきっと無事では済まなかった」
もしもあの時土煙が動かず、ソレアの咄嗟の行動が無ければ、間違いなくユーブロは棍棒の一撃をまともに喰らっていただろう。あの時のヤーニッグは死に瀕していたため、それが振り下ろされていたとしたら想像を超える威力を持っていたかもしれない。そんなものを受ければどうなっていたか、ユーブロは想像するのも恐ろしかった。
つまりニールの全霊を掛けての行動がユーブロの命を救ったといっても過言ではない。
ニールも彼が心の底から感謝していることを感じ取り、それ以上は謝ることはなかった。
次にニールに声をかけたのはエナであった。彼女は再び表情を曇らせていた。それは落ち込んでいるのではなく、どこか不安げなものであった。
「ねえ、ニール。 ……怖かったでしょう? 気絶するほどだもの、よっぽどだわ。
元々貴方はエルトネにはなりたがっていなかったでしょ? それを無理矢理連れ出そうとして勝手に決めたのは私達だわ。
だから、もし……もう魔操種と戦いたくないのなら、エルトネをやめてもいいのよ? 私は止めないわ」
その言葉に、ニールははっとして彼女の顔を見た。そしてゆっくりとユーブロに顔を向けると、彼も神妙な面持ちで頷いた。
「ぼ、僕は……うん、確かに怖かった。 もう、あんな目には遭いたくないと思った」
ニールは顔を俯かせ、震える声でそう言った。その言葉に、エナとユーブロも顔を俯けつつ、何も言わなかった。
「でも」
とニールが続け、二人は俯けた顔をばっと上げてニールの顔を見た。彼は不安で一杯の表情をしつつも、二人の顔を見て笑う。
「僕、もう逃げたくないんだ。 二人に守られるだけじゃなくて、二人と並んで、一緒に戦えるくらい強くなりたい。
僕、怖かったけど、嬉しかったんだ。 二人が魔法薬を持ってきた時。 こんな僕でも一緒に居たいって、仲間はずれにしないで色々考えてくれる、大切な友達がいてくれるんだ、って」
ニールは自らの胸にそっと手をあて、それからもう一度二人の幼馴染の顔を見つめなおし、
「まだまだ臆病者の僕だけど、二人と一緒に戦いたい。 だから、これからもよろしくね」
と言う。ユーブロとエナは驚いた表情から、徐々に喜色満面へと変わってゆき、ユーブロは力強く頷き、エナは彼を抱きしめた。
リエティールはそんな三人のことを、嬉しさと羨ましさを感じながら、そっと見守っていた。




