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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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89.帰還

 その叫び声は若い男のもので、状況から考えればユーブロのものだと考えるのが自然である。しかしユーブロの声を知っているソレアを始めとしたエルトネ達はそれが彼のものではないと気がつき、ユーブロとリエティールはその声の主に覚えがあった。

 突然聞こえてきた叫び声にエルトネ達がキョロキョロと辺りを見回すと、不意に静かな風が吹き土煙が流れて僅かに薄くなる。

 すると、ほんの少しではあるが光に透けるようになり、煙の向こうに影が浮かぶようになる。一番近かったソレアが真っ先にヤーニッグの影を捉え、間髪いれずに全力で走り出す。土煙を抜けた先には、今にも棍棒を振り下ろさんとしているヤーニッグがいた。

 ソレアは勢いのままに両手剣を思いっきり振り上げ、ヤーニッグの胴体を背後から斬り上げた。


「ガアアァァァッッ!?」


 困惑にも似た悲鳴を上げ、ヤーニッグは血を撒きながら振り上げていた棍棒を取り落とし、そのまま地面に膝をついた。そして視線を動かして自らの背後に立っているソレアを視界に捉える。おそらく土煙での目晦ましには相当の自信があったのだろう。その目には信じられないといった感情が浮かんでいた。

 そしてばたりと音を立て、ヤーニッグは地に伏した。同時に辺りを舞っていた土が地面に落ち煙が晴れて視界が明らかになる。ヤーニッグの向かっていた先には呆然と立ち尽くすユーブロの姿があった。


「よかった……」


 ユーブロが無事であったことに思わずそう声を漏らして安堵の表情を浮かべるソレア。対するユーブロはその視線に気がつかないかのように、ある一点を見つめていた。

 その様子に気がついたソレアが疑問に思ってその視線を追いかけるのと同時に、ユーブロは


「ニールっ!」


と叫んで走り出した。彼が向かった先には、木々の間からまっすぐ手を伸ばしたまま立ちすくんでいるニールの姿があった。

 リエティールもイップの腕から降りるとすぐに追いかけ、ユーブロと共にニールの側へ駆け寄る。


 ニールの瞳と腕は細かく震えており、全身にはぐっしょりと汗をかいていた。そしてユーブロが近付くと同時に糸が切れたように倒れ込み、その体をユーブロが支えた。


「ニール、ニール!」


 ユーブロが焦ってそう呼びかけると、ニールは朦朧とする意識の中で彼の顔を見て、


「よか、った……」


と呟くと、そのまま気を失って目を閉じた。ユーブロはそれを見て相当焦っていたが、リエティールが宥めることで落ち着きを取り戻した。


 先程のヤーニッグの土煙を払った風は、他でもない彼のイクス魔法であった。その効果はほんの少し霧を流した程度ではあったが、それは彼にとって身に宿す魔力全てを使うほどの大技であった。

 ヤーニッグの放った土煙はその密度もそうではあるが、その範囲もかなり広かった。その土煙全てを動かしたのであるから、ニールにとってはそれは無理のある賭けであった。

 もしも土煙が影が見える程度まで薄くならなかったら、ヤーニッグが気がついて更に濃い土煙を再び巻き起こしていたら、ユーブロは助からなかったであろう。

 幸いにもヤーニッグは殆ど魔力を使い果たしていたことに加えて、その自信ゆえに土煙が払われるということも考えておらず、またソレアが近くにいてすぐに気がついたので、彼は賭けに勝ったと言えるだろう。


「先輩お疲れさまっす。 それにしても、まさか吹き飛ばしたルボッグの一部をこっそり生かしておいて、奇襲をさせるとは思わなかったっす」


「そうだな、さすが知能が成長した上位種と言ったところか。 興奮して思考力が落ちたと見せかけて、まさか奥の手の準備をしていたとはな」


 イップがリエティールと共にソレアの元へ行きそう話しかけ、ソレアも頷いて答えた。それから彼はイップに労いの言葉をかけ、リエティールの肩に手を置き無事を喜んだ。


 その後、ユーブロの周りに全員が集まり、今回の依頼は無事に達成したことを確認すると、クシルブへ帰還することになった。

 ユーブロは一番傷を負っていたため治療薬を服用し、イップがニールを背負い、ソレアと他のエルトネ数名でヤーニッグの死体を担いだ。散らばっていたルボッグ達から命玉も回収し、帰還の途に就いた。

 帰り道ではティバールが数体襲ってきたが問題なく撃退し、再びルボッグが現れるなどと言うことも無く、一行は無事クシルブへと辿り着いた。

 彼らの帰還は門番経由ですぐにドライグに伝えられ、ドライグ長のラレチルが出迎えた。


「皆、よくやってくれた」


「ユーブロ、ニール! それにリエティールも! よかった、本当に……!」


 ラレチルの他に、エナもユーブロ達の帰還を喜んで迎えた。彼女はユーブロ達がクシルブを出た後、どうしてもじっとしていられず、脚を心配する門番達を押し切ってドライグに移動して、ラレチルに詳しい話を聞いて共に帰りを待っていたのだ。

 ニールは仮眠室のベッドに寝かされることになり、ユーブロも同じ部屋に移動してエナが傷の手当をすることになった。


 リエティールとソレア、他のエルトネ達はラレチルと共に訓練場の一角へ移動し、そこにヤーニッグの死体を一度下ろして依頼の報告をした。

 救出の対象であった二名のエルトネ、ニールとリエティールは無事に戻ってきており、複数のルボッグの命玉に親玉であるヤーニッグの死体も確保され、依頼は完遂と認められ、参加した全員にラレチルから報酬が与えられることになった。

 ルボッグの命玉は一つずつ全員に配られ、数個余った物はドライグが買い取りその金額を分配することになった。

 ヤーニッグについては一先ず解体してから考えようということになり、ニールを運んで戻ってきた、解体が得意なイップが中心となり数人のエルトネで手分けをして解体作業が始まった。

 リエティールはイップのそばでその作業を見学することになった。ソレアも隣にいる。


「それにしても、まさか攫われたのがリーじゃなくてもう一人の男の方だとは思ってなかったっす」

「ああ、てっきりな……」

「む……確かに、私は駆け出しですけど……ニールさんもそれは同じなんですよ?」


 そんな会話をしながら、イップは他の誰よりも手際よく作業を進めてゆき、ヤーニッグの巨体は程なくして完全に部位ごとに解体された。一緒に作業をしていたエルトネ達はイップのその鮮やかな手捌きに、驚いたり感心したり、悔しそうにしたりと様々な反応を見せていた。

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