88.足掻き
ヤーニッグとソレアを筆頭としたエルトネ達の戦いは、圧倒的にエルトネ有利の状態で進んでいた。幾ら体が大きく頑強で、魔法を使い知能が高くとも、ソレアのような実力のあるエルトネからしてみれば所詮はルボッグより強めの魔操種くらいのものでしかない。しかも一番の懸念点であった、知能を持って群れを率いるということも、ルボッグが全て死亡あるいは瀕死状態の現状では、それも全く活かせなかった。
命の危機に瀕して凶暴さは増したものの、落ち着いて対処すれば余裕のようであった。唯一まだ半人前程度のユーブロは、ヤーニッグの猛攻を上手く避けられず苦戦している様子であるが、彼なりに努力はしており、同じ前線にいるソレアの邪魔にならないように位置取りには気をつけているのが見て取れた。
「取り巻きのルボッグもいないし流石にあの人数なら、いくら上位種でも一たまりもなさそうっすね」
離れた場所でリエティールを抱えながら、流れ弾を軽々と交わすイップはそうのんきな調子で言った。リエティールも、先程まで一人で苦戦していた相手がものの見事に追い詰められていく様を見て、呆気無さのようなものを感じていた。
ヤーニッグに体の傷はどんどん増えていき、その動きも鈍くなっていった。決着はもう間もなくでつきそうな雰囲気が漂っていた。
「グガァ……」
ヤーニッグは自分が追い詰められている状態に悔しそうに声を上げた。疲れてきたことで先程の激昂状態から落ち着きを取り戻したようで、攻撃の手は休めずにいながら、取り囲んでいるエルトネ達をぐるりと見回した。
そんな目に留まったのは、一番苦戦しているユーブロであった。他に比べて明らかに動きの鈍い人間を見つけたヤーニッグは、それに狙いを定めた。ヤーニッグはせめて一矢報いようと、先程の全てを巻き込もうとする動きから、一人でも仕留めるための動きに変えたのだ。
その変化にいち早く気がついたのは、一番近くで戦っていたソレアであった。彼はヤーニッグの目つきが変わったことに気がついて、その視線の先にユーブロがいると分かると、すぐに危険を察知して走り出した。
「危ねえ、避けろっ!」
「えっ……」
その叫び声と同時に、ユーブロの目の前に飛び込んだソレアは、振り下ろされた巨大な棍棒の一撃を間一髪で防いでいた。ソレアの両手剣の刃に重い棍棒が激突し、鈍い音を立てて食い込んだ。
「早く離れろ!」
力は互角に見えるが、ソレアの方が若干後退している。少しでも気を抜けばすぐに吹き飛ばされると判断したソレアは、まだ後ろで呆然としていたユーブロに逃げるように促す。その声にはっとしたユーブロは返事もせず、ただ悔しそうな顔をして後ろへと走って離れていった。
ユーブロが離れたことを確認してから、ソレアは後ろに飛び退いて棍棒を受け流して躱した。ぶつかる対象を失った棍棒はそのまま地面へと向かい、半ばめり込む形となる。そしてヤーニッグは自分の一撃を邪魔したソレアを恨みの篭った目できつく睨みつける。
しかし、ヤーニッグの追撃を受ける気でいたソレアの考えを裏切って、ヤーニッグはソレアに攻撃せずに歩きだした。
その行動に一瞬呆気にとられたソレアであったが、すぐに狙いが逃げたユーブロであることに気がついて、その後を追って攻撃を仕掛けようとする。だが、それを見越したかのように、ヤーニッグはソレアを振り返らずに地面を隆起させ、障害物を作り出して接近を阻んだ。
「攻撃を止めるな! 奴の狙いはユーブロだ!」
ソレアは周囲にそう叫んだ。他のエルトネ達もヤーニッグの動きが変わったことを警戒して動きを止めていたのだが、その声で我に返って攻撃を再開する。
しかし近接しなければならない剣などの使い手は、ソレアと同様に土の障害物に行く手を阻まれ中々近づけない。
ならばと弓使いが一斉に矢を番える。一撃の威力は剣に比べれば低いが、手負いのヤーニッグであれば少しのダメージでも動きを鈍らせる効果は見込めた。
「……グガアァッ!」
「くっなんだ!?」
今まさに矢を放とうとしたタイミングで、ヤーニッグは大気を震わすような大声を上げた。そしてその直後、
「きゃあっ……!?」
背後から上がった悲鳴で、エルトネ達は思わず後ろを向いてしまった。そこには、二体のルボッグに飛び掛られているイップとリエティールがいた。
「リーは後ろにいるっす!」
イップが背後からの奇襲を間一髪避けた後、下ろしたリエティールを背に庇いながらそう言うと、リエティールは頷いてその背に隠れる。そして彼はすぐに剣と盾を構えて二体のルボッグと対峙する。
まず飛び掛ってきた一体目に、イップはまっすぐ剣を突き出して鋭い一撃を喰らわせる。その間に遅れて襲い掛かってきた二体目は盾で弾くように防いで、怯んだところをすぐさま切り捨てた。
「だ、大丈夫ですか?」
危なげなくやり過ごしたイップは、リエティールに振り返ると余裕の笑みを浮かべて、「問題ないっす!」と答えるが、彼女の背後に目を向けるとその顔を険しくさせる。その様子にリエティールも背後を振り向くと、そこに広がっていた光景に驚愕で目を見開いた。
「……どうやら、ソレアさん達の視線を逸らせることが目的だったみたいっす」
皆が視線を逸らした直後一瞬にして周囲の土が舞い上がり、濃い土煙が周囲を覆う。光を通さない煙はあっという間にエルトネ全員を包み込み、その視界からヤーニッグの姿を隠してしまった。これでは矢で狙いをつけることはできない。
その土煙は一番離れているイップとリエティールの場所にも届き、その範囲の広さを物語っていた。
「ゲホゲホ……これ、やばいっすよ」
煙にむせながらもイップは状況の不味さに気がついてそう言葉を漏らす。リエティールがどういう意味かと顔を見ると、イップは続ける。
「この濃さ、光も遮って影すら見えないっすから、これじゃこっちから遠距離攻撃はできないっす。
でもきっとあのヤーニッグはここにいる誰よりも背が高いし、地の魔法で自由に操作できるはずっすから、きっと見下ろす形で上から場所を把握できると思うっす。 つまり向こうからは狙える訳っす」
「それじゃ、ユーブロさんが……!」
その説明でリエティールもユーブロが孤立した危険な状態であることを理解するが、見えない以上どうすることもできない。イップも苦々しい顔をしながら、何もできずにいた。
先程の攻撃的な魔法と打って変わって、自分に有利な補助的な使い方をするというのは、こちらの方がヤーニッグの真の実力であった。
そして、先程まで攻撃魔法を連発していたヤーニッグには、もうほとんど魔力は残されていなかった。その状況で、これほどまでの密度と面積の土を同時に操っている。即ちこれがヤーニッグの最後の一手であった。
誰もが動けずにいて、打つ手が無く悔しげにただ土煙の向こうを探っていると、突然、
「うわああああぁぁぁぁ!!!」
と、悲鳴にも似た叫び声がどこからとも無く響き渡った。




