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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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87.加勢

 轟く悲鳴に、リエティールは瞑っていた目を思わず開き、そして目の前に広がる光景に一層目を見開いた。飛び散っている鮮血は紛れも無く魔操種の物で、信じられないと言った顔でそれに釘付けになっている間も、彼女の体は加速しながら落下を続ける。

 落下していることすら忘れてぼうっとしている彼女の体を、ふと誰かの腕が下から抱きかかえた。漸く現状を把握したリエティールがその人物の顔を見ると、彼はニッと笑って、


「おまたせっす!」


と言った。それは紛れも無くイップであった。驚いたリエティールが目を白黒させながら魔操種シガムの方を見ると、そちらから小走り気味でもう一人が駆け寄ってくる。そしてその人物は心から安堵したという表情で、


「リー! 無事だったか!」


と言った。どうやら先ほどの一撃を入れたのは彼、ソレアのようである。

 だが、安心する猶予は無いようで、彼のすぐ背後で魔操種の怒りの絶叫が響いた。最早先程までの様子とはまるで変わり、血を滴らせながらもその歯を剥き出しにして息を荒らげ、唸り声を上げている。速度を上げて棍棒を振り回す程度は、まだ本当の本気ではなかったようだ。最早その目に仲間であるはずのルボッグを気遣う意思はなく、人間に対する怒りのみがそこにはあった。


「ガアアアアッ!!!!」


 魔操種が雄叫びを上げると、それを中心にしてまるで地面が波打つように動いた。その攻撃によって辛うじて生き残っていたルボッグも皆吹き飛ばされて地に伏し、あるいは遠くへ姿を消してしまった。

 衝撃波ともいえるそれを、ソレアとイップは驚きつつも跳んで避ける。


「イップ、俺はあいつを相手するから、お前はリーをとりあえず守っててくれ」

「了解っす!」


 ソレアの言葉にイップは力強く頷くと、二人はすぐに動き始めた。ソレアは剣を構えて再び魔操種に飛び掛り、イップはリエティールを抱えながらも軽い身のこなしで距離をとる。

 すると後から別のエルトネ達が姿を現した。その顔には呆れの様なものが窺える。どうやらソレアとイップの二人は他のエルトネを置いて一目散に飛び込んできたのだろう。普通であればそれは咎められるべき行為なのだが、結果としてリエティールが危機一髪の状態から救われたので、文句を言うにも言えない様子であった。

 合流してまずリエティールに声をかけてきたのはユーブロであった。


「リエティール! ニール、ニールは!?」


 彼の顔は蒼褪めておりかなり焦燥しているのが分かった。どうやら目前にいる予想外に恐ろしい敵の存在と、リエティールの側にニールの姿が無いことに最悪の事態を思い浮かべているのだろう。


「大丈夫、とりあえずここから逃げるように言ったから、きっと茂みとかに隠れてると思います」


 今どうしているかは分からないが、とりあえずユーブロを落ち着かせるためにも逃げたということは伝えた。ニールがやられたわけではないということを理解し、ユーブロは大分落ち着いたようだ。

 それから彼らは巨大な魔操種を見て厳しい顔をした。ソレアとやりあっている魔操種は、ソレアよりも一回りほど体格が大きく、明らかに知能が高いだけではなさそうであった。


上位種ロイレプスがいるとは思っていたが、まさか知能が高いだけでは無くてここまで力も強いとは……」


 ユーブロがそう呟くと、同行してきた他のエルトネ達も予想外だというように頷いた。その能力の高さも体格の良さも、普通のルボッグのものとはかけ離れている。少なくとも新種に片足を突っ込んでいる状態まで継承が進んでいるのだろうという考えに落ち着き、便宜上この魔操種のことは「灰巨人ヤーニッグ」と呼ぶことになった。


「とにかくこうしてはいられない、俺たちも早く加勢しよう。 幸い今の衝撃で取り巻きはいなくなったようだ。

 それで、イップさん。 リエティールのことは任せてもいいですか?」


 ユーブロは剣と盾を構えながらイップに尋ねる。


「んー、本当はおいらもリーやソレアさんに良い所見せたいっすけど……まあおいらが一番適任っす。 まかせるっす!」


 彼は自身も戦いたいと思いながらも、リエティールを守るという役目を引き受けた。その返事を聞くと、ユーブロを始めとしたエルトネ達が一斉に戦闘態勢に入る。ユーブロや他の前衛職は一目散に駆け出し、弓を持った後衛職は散開して遠くから狙いを澄ませた。

 イップはと言うと、リエティールを横抱き──つまり、お姫様抱っこ──したまま、巨大魔操種改めヤーニッグの様子を冷静に窺っていた。

 もしもリエティールが年頃の乙女であったりしたならば、緊迫した状況で密着して守られるという状況に、少なからず高鳴りのようなものを感じていたかもしれないが、如何せんリエティールには異性に対してのどうこうといった知識が無いため、ただ単純に重くないかを心配していたり、自分も戦いに参加するべきなのではないか、などと言うことを考えていた。


「イップさん、私も戦えます」


 腕に抱きかかえられながら、リエティールはイップにそう伝える。事実彼女は打ち上げられた衝撃で意識が朦朧とはしたものの、落ち着いた今は体力も回復していて十分戦える状態であった。

 しかしイップは首を横に振る。


「駄目っすよ! あんな化け物とさっきまで一人で戦っていたんっすよね? 無理しちゃ駄目っす。 それに今リエティールは依頼で守られる対象になってるんっすよ」


 そうこうしている内に、ヤーニッグはエルトネ達の攻撃によって順調に体力を削られているが、それに伴って攻撃もより過激になっていた。衝撃波の頻度は増え、地面を不規則に隆起させ、土塊を周囲に撒き散らしたりなど、その規模も大きくなっている。

 ソレアを筆頭としたエルトネは、時折攻撃を受けながらも互いにカバーしあい持ちこたえていた。イップとリエティールのいる場所にもその攻撃の余波が及ぶが、イップはリエティールを抱えたまま軽々とそれらを躱している。


「重くないですか?」

「リーは軽いっすから全然問題ないっすよー!」


 そんな会話を交わしながらも、二人の目の前で激しい戦いが続いていった。

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