86.本気の一撃
轟音と土埃を巻き起こしながら、リエティールは必死の思いで縦横無尽に走り回っていた。周辺の木やルボッグ達の住居を盾にしながらなんとか凌いではいるものの、魔操種の攻撃が止む気配は一向になかった。
巨大な魔操種の振るう棍棒は、自分達の棲み処だろうと、何本もの木であろうと、構わず消し飛ばす勢いでリエティールを追いかけた。ぶつかった住居は瞬時に土塊と化し飛び散り、木々はまとめてメキメキと音を立てて薙ぎ倒された。
あっという間に広場は更地となり、木々が倒されたことで広がっていった。即ちリエティールが壁として利用できるものがどんどん少なくなっていっているのである。
無論森である以上そう簡単に木がなくなることは無いが、あまり動き回れば気がつかぬうちに深層やより表層に近付いてしまうだろう。深層に行けばこの魔物と同等かそれ以上に恐ろしい魔操種が姿を現して襲ってくるかもしれず、逆に表層へと近付けば被害が森の外まで広がり、暫くは初心者の為の狩場としての役割が果たせなくなってしまうだろう。
そして救援を待つリエティールとしては、早く発見して欲しいという思いからなるべくこの広場から動きたくは無かった。
しかしそうも言ってはいられない。ニールが遠くから様子を窺っているかもしれない上に、戦闘開始からそれなりの時間が経ち、ユーブロがいつ来るかも分からないこの状況では、やはり魔法を使うことは憚られる。盾が作れない以上、自然の物を利用するしかないのである。リエティールが身を隠すたびに、また多くの木々が無残に折れる。
そして木が倒れればそれは障害物となりリエティールの動きを阻害する。状況は徐々にリエティール不利の方向へと傾きつつあった。
ルボッグに追い立てられ、襲い来る巨大な棍棒を躱し続け、リエティールは激しく体力を消耗していた。疲れれば動きだけではなく判断力も鈍ってくる。その結果、彼女はルボッグ達にまんまと誘導され、巨大な魔操種の前に向かう形となってしまった。
にやりと不気味な笑みを浮かべ棍棒を振り上げるその様子に、リエティールは一瞬怯みそうになったが、すぐに自分を奮い立て、そのまま突っ込むように走り込んだ。
前後を挟まれ動きを止めるだろうと考えていた魔操種は、その思わぬ行動に目を見開いた。だが重い棍棒を振り下ろした腕を止めて回避行動を取ることはできず、リエティールの突撃を無防備に受けることしかできなかった。
リエティールは振り下ろされる棍棒の横擦れ擦れを駆け抜け、力強く握り締めた槍を思いっきり魔操種の腹に突き刺した。皮膚が硬く抵抗が強かったものの、走った勢いのまままっすぐに突き出された槍は、その穂先の根元まで深く刺さり、リエティールがすぐさま引き抜くと勢いよく血が噴出した。
リエティールは攻撃を避けながらもその棍棒の動きを観察していた。棲み処など低めの障害物の裏に回った時は縦に潰すように振り下ろし、背の高い木の後ろに回った時は払うように横薙ぎに振るってきたことから、リエティールは目の前に立った時棍棒が縦に振り下ろされると考え、その軌道を読んで見事に回避したのである。
「グガアアアッ!!」
魔操種は棍棒を持っている手とは逆の手で傷口を押さえ、その痛みに大声で叫んだ。頑丈ではあるが、流石に今回の傷は応えたようであった。しかしすぐに顔を上げると、更に怒りの増した目でリエティールを睨みつけ、血が流れるのも構わずに棍棒を振り回し始めた。
「っ!?」
リエティールはその振り回す速さが、先ほどとは比べ物にならない程上がっていることに驚愕して、すぐさまその場から飛び退いた。だが魔操種は速度を上げてリエティールを追いかけ始めた。指示がなくなったのかルボッグ達はただおろおろとその周りを追いかけていたが、何体かは形振り構わず振り回される棍棒に巻き込まれ、哀れな断末魔を上げて吹き飛ばされていた。
傷をつけられたことで本気になった魔操種は、怒涛の勢いでリエティールを追い回す。その豹変振りはリエティールに障害物に隠れるなどの余裕を与えなかった。ただ追いつかれないように走るので彼女は精一杯であった。
全力で走り回り、疲労で体力の限界が見え始めた頃、不意に棍棒の攻撃がピタリと止んだ。一体何事かとふしぎに思ったリエティールは疲れきった体を止めて後ろを振り向き、巨大な魔操種の顔を見上げた。だが、それが間違いであった。
顔を見た瞬間、リエティールの全身を冷たい悪寒が走った。
魔操種の顔には恐ろしいほどの笑みが浮かんでいたのである。
そして次の瞬間、
「ぐあっ!」
突如物凄い衝撃が彼女の全身を襲い、その体を宙へと打ち上げた。突き飛ばされた勢いで霞む視界を動かし、自らの下を見たリエティールの目に映ったのは、細く尖った土の山であった。
魔操種は初めに登場した時、雪に埋まったルボッグ達を吹き飛ばしたのと同じ攻撃をリエティールに放ったのである。突然攻撃をやめることでリエティールを油断させてその動きを止めさせ、足元の土を一瞬にして高く盛り上げたのである。
無防備な体勢で空中に投げ出され、リエティールには最早成す術は無かった。体勢を整える間もなく体は落下を始め、勝ち誇った顔で棍棒を構え、今か今かとそのタイミングを見計らっている魔操種を目に映しながら、リエティールは恐怖に硬く目を瞑った。
魔操種がその攻撃範囲にリエティールを捉え、今まさに振り翳した棍棒を動かそうとしたその瞬間、
「おらああああぁぁっ!!!」
突如、渾身の叫びと共に魔操種の体に鋭い一閃が走り、血飛沫が舞った。




