84.土煙の向こうの影
リエティールは襲い掛かる棍棒の攻撃を、咄嗟に氷の壁を作ることで防ぎその場から走って逃げた。即席のもののためそこまで強度は無いが、ルボッグの攻撃程度であれば数発は余裕を持って防ぐことができた。
走りながら、次に彼女は雪を作り出して当たりにばら撒いた。同じ面積でも氷よりずっと軽いため扱いやすく、量を出してコントロールが乱れたとしても、周囲に積もらせることが目的のため問題はなかった。
「グギャ……」
突如積もった雪に足をとられ、ルボッグ達は動きづらそうにしている。対してリエティールは脚に意識を向けて雪を避けて動き回れるように魔法を操る。こちらに意識を向ける分、一度にコントロールできる魔力の量は減ってしまうが、地の利で得るメリットの方が大きいと判断したのである。
リエティールはとにかく雪を積もらせ相手の動きを制限しようと、距離をとるように動きながら次々に雪を降らせた。
なるべくルボッグの集団に集中するように軽く意識を向けながら、ものの数分で彼らの腰ほどまで雪を積もらせた。最初の攻撃を受けて蹲っていた者は胸辺りまで埋まってしまっている。
「ガギャ! ガギャッ!」
戸惑いつつも、自分達がたった一人の人間に後れを取っているという現状に苛立ちを露にしたルボッグ達は、雪を退けて必死にリエティールへと近付こうとしている。積もったばかりの雪はまだ軽く、腰まで覆われていたとしても目一杯脚を動かせば抜け出すことはできるだろう。
動けたとしてもリエティールの優位は変わらないが、折角のまとめて攻撃できるチャンスをみすみす逃すわけには行かないと、リエティールは休まず次の手を打つ。
「このまま、固める……!」
ルボッグ達の周りに積もった雪に強く意識を集中させ、力をこめるように魔力を放つ。中心に向かって指向性を与えられた雪は、圧縮されて固くなる。まとめて全ての雪を操ることはできないため、表面に近い部分のみを操っているが、そうすることで結果的に全体が押し潰されていく。
押し潰された雪は氷のようにとまではいかないががっしりと固くなり、ルボッグ達をしっかりと捕らえた。先ほどまで抜け出そうともがいていたルボッグ達も、流石に困惑し焦りを見せている。
数が多くとも固まってしまえば後はリエティール一人でもどうにでもなる。リエティールは戦闘態勢を槍のモードへ切り替えると、棍棒の届かない距離から一体一体を全力で貫いていった。
バリッスやティバールといった魔操種に攻撃することに対しては慣れつつあったため、彼女自身大丈夫だと思っていたのだが、やはり人型であるというのはより強い抵抗感を持たせるようで、槍でその身を貫く感触にリエティールは嫌悪感を覚えていた。
しかし早く倒さねばならない。もしも倒すのが間に合って雪や氷の隠蔽ができたとしても、大量のルボッグの死体が残ってしまっていれば、やってきた人々への説明をどうすればいいのか、彼女には案が無い。だが、早く片付けてしまえば、時空魔法の空間の中へ一時的に隠して、実はこの住処には数が少なくてギリギリ何とかなった、という風に誤魔化せるかもしれない、という考えはあった。
「っ!?」
色々と考えながらも手を動かしていると、突然リエティールの元へ何か固いものが飛んできた。何かと視線を向けると、一体のルボッグが周辺の雪を手にとって投げつけてきていた。それを見た周囲のルボッグ達も一斉に雪玉をリエティール目掛けて投擲し始める。幾ら知能が低いと言われていても、木を武器にする知恵があるのだから、物を投げて攻撃するという考えがあってもおかしくはなかった。
固まった雪は、コートに阻まれダメージこそ与えることは無いが、リエティールの動きを妨害するのには効果があった。
リエティールの攻撃の手が鈍ると、それをみたルボッグ達は効果があることが分かったのか、大声で喚くように騒ぎ立てながら、投げる手をどんどんと早めていった。
ルボッグ達の思わぬ反撃に、リエティールは自分が敵を舐めていたことを思い知り、苦い顔をした。このままではユーブロが戻ってくるまでに全ての片がつかないかもしれないと考えたリエティールは、一先ず彼らが動けないうちにニールをどこか遠くの目立たない場所へ避難させたほうが良いと判断し、槍を下ろしてその場から離れ、ニールの元へと急いだ。
そして、ニールを覆う氷の壁を消そうとしたその瞬間。
ドゴオオオォォーーーーン!!!
背後からまるで何かが爆発でもしたような重低音が響き、土と雪が舞った。
何事かとリエティールが振り返ると、そこには突き上げるかのように高く盛り上がった地面と、雪と共に上空へ吹き飛ばされた無数のルボッグ達があった。
「な、何、これ……」
唖然とそう呟くリエティールの前に、土煙の向こう側から巨大な影が姿を現した。
それはルボッグと同じ人型で、灰色の肌に大きな耳と鼻を持ち、しかし体格は何倍も大きくがっしりとした体つきの魔操種が立っていた。
「ゴガアアアァァッ!!!」
怒りの混ざった雄叫びを上げたそれは、目の前の小さな人間を憎悪の込められた目で鋭く睨みつけた。




