80.森の罠
その後も四人は森の中を進んでいった。魔操種に遭遇した時はニールをリエティールが引き受けて離れたところに待機し、アビシュマの木を見つけたらリエティールとニールが採集をし、他の二人が周辺の警戒をする、という体制を取る事で、スムーズに事が進んでいった。
「大分進んできたな。 このまま奥に進むのは危険だからそろそろ引き返す頃合だな」
ユーブロはそう後ろにいる三人に声をかける。彼の背には多くのティバールが縛り上げた状態で背負われており、リエティールも十分な量の蕾を集められていた。引き返すのには丁度良い成果が上がったといってもいいだろう。
三人はユーブロの言葉に頷き、進行方向を変えて森の外へ向けて歩き始めた。
それから程なく、草の茂みの向こうからティバールの呻き声のようなものが聞こえてきて、一行は警戒して足を止め辺りを見回した。戦闘になることを危惧し、ユーブロとエナが前に出、ニールはリエティールと共にその背後で様子を窺っていた。
「ここか?」
ユーブロが声のする方の茂みを掻き分けて進み、呻き声の原因を探る。そして、その先の光景を見て先頭の二人は驚きに目を見開いた。
「何これ……罠?」
思わずエナはそう呟き、目の前でもがいているティバールを凝視する。そこには木の枝と蔓を組み合わせて作られたような罠に足をとられて暴れているティバールがいた。
「でも、わざわざこんな内部に罠を仕掛けるか? 安全に気を使うなら、それこそもっと浅い場所でも良いはずだし、そもそもこんなところに罠を仕掛けておいてもすぐここに来られないだろうし、ほかのエルトネに取られるぞ?」
ユーブロも罠があることに疑問を覚え、その様子を不思議そうに観察する。
人間に見られていることに気がついたティバールは、動けないながらも二人を睨みつけて「グゥ、グゥウ」と低い声を出して威嚇をしている。
その時であった。
「グウウウウッ!」
そのティバールにすっかり気を取られていた二人は、すぐ横の茂みから別のティバールが飛び掛ってくることに対して反応が遅れた。
「きゃああっ!」
ティバールの狙いはエナであり、突進してその体勢を崩させた後、脚に長く鋭い前歯を立てて噛み付いた。
ユーブロは咄嗟にティバールの首に掴みかかり、全力で締め付ける。苦しさに鳴き声を上げて口を開いた隙に、すぐさまエナの脚から引き剥がすと、ティバールは激しく身を捩じらせて手から逃れる。
すぐに剣を引き抜いて追撃をしようとしたが、油断して剣を完全に収めていた状態であったため対応が遅れる。ティバールはすぐに姿勢を直して後ろへ飛ぶと、そこから風の魔法を放ち襲い掛かった。
激しい風に巻き上げられた砂がユーブロの視界を塞ぎ、同時に飛ばされた木の葉が刃となって二人を襲う。目と口に砂が入り、ユーブロは動きを止めてしまう。
二人の動きが止まったところで、騒ぎに気がついてリエティールがニールを背に庇いながら前に出る。
「ユー! エナ!」
ユーブロが立ち尽くしエナが座り込んでいるのを見たニールが、そう悲痛な声を上げる。しっかりと装備をしているユーブロは木の葉による傷は少ないが、軽装のエナは細かい切り傷が無数についており、最初の噛み傷も大分深いようで多くの血が流れている。それに転んだ時に足首を捻挫していたため、二つの痛みがあいまって立ち上がることができずにいた。
思わず飛び出しそうになったニールを、リエティールは慌てて制止する。
「駄目、危険!」
「でも、二人が……!」
リエティールに睨まれ、怯んだニールは辛そうにしながらも足を止める。
そんな二人に目を付けたのか、ティバールは動けずにいる二人からそちらへターゲットを変え襲い掛かる。
既に槍を構えていたリエティールは迎撃の姿勢をとる。自分の間合いに入ったところで槍を突き出すが、ティバールは身を捻る。体の横にまっすぐに傷は入ったが、ティバールは怯まずに突き進む。
近付かれると槍では戦いにくいため後ろに下がりたいが、背にはニールがいるため動くことはできない。咄嗟に槍を持っている手とは逆の空いている手をコートに差し入れて短剣を握る。飛び掛ってきたティバールに短剣を突き出し、その頭部に刃が刺さりなんとか迎撃に成功する。
「グウウゥゥゥッ!」
しかしそれでは終わらず、血を流しながら地面に落ちたティバールは、激しく鳴きながら最後の抵抗とばかりに飛び掛ってきた。
「うわああっ!」
その思わぬ行動に、ニールは一瞬でパニックになり、リエティールから離れてその場を飛び退く。リエティールはすぐに振り向いて、短剣を手放してその手を掴もうとするが、その手は宙を切り、ニールは深い草の茂みの中へ飛び込むように倒れ込んだ。
ティバールはこれが最後の力だったようで、飛び込んだまま地面に斃れ臥して動かなくなった。
リエティールはすぐに後を追って茂みへ飛び込む。そこにはニールがいたが、その脚には輪っか状になった木の蔓が締め付けるように食い込んでいた。ここにもまた何者かの罠が仕掛けられていたのだ。
「あ、うああ……」
ニールは完全にパニック状態になっており、顔面は蒼白になって口をパクパクとさせている。
リエティールはすぐにその蔓を短剣で切ろうとしたが、先ほど手放していたことに気がつき、後ろを振り向いて拾い上げようとする。
だが、その時、奥のほうから奇妙な声が聞こえてきた。リエティールが思わずそちらに顔を向けると、そこには人のような形の魔操種がいた。
「ガ、グギャ、ギャ」
奇妙な声を出すその魔操種の大きさはリエティールと同じくらいで、肌は人間とは違い灰色をしている。その体はやせこけた様に細いが決して筋肉がないわけではない。大きな鼻と耳をし、鋭い目をしたそれは「ルボッグ」という魔操種であった。
それが一体ではなく、見えるだけでも五体はこちらへ向かってきている。
「な、まさか……なんでこいつらがここに!」
ティバールの攻撃から復帰したユーブロの驚く声が聞こえてくる。
驚いて固まるリエティールの目前に迫ったルボッグは、パニック状態のニールに手を伸ばす。
「や、やめて!」
咄嗟にそれを止めようと槍を突き出したリエティールだったが、ニールに手を伸ばしていたのとは別のルボッグが棍棒のようなものを振り回してそれを弾く。しっかりとした構えを取れていなかったリエティールの一撃は簡単に弾かれ、彼女は体勢を崩す。その間にルボッグたちはニールを蔓で縛り上げて体の動きを完全に封じ、連れ去ろうとし始めた。
「ニールを離せ!」
それを見ていたユーブロが咄嗟に駆け寄ろうとしたが、すぐに聞こえてきたエナの叫びで足を止めた。そちらに目をやれば、いつの間にか現れた別のルボッグたちがニールにしたように、蔓でエナを縛ろうとしていた。ユーブロの注意が逸れる隙を狙っていたのだろう。
「ちっ! この野郎!」
ユーブロはそのルボッグたちに迷わず剣を振り翳し、斬りつけていく。ルボッグはリエティールの時と同じように武器を振るってそれを防ごうとするが、ユーブロの一撃はそう簡単には弾かれない。ルボッグたちの妨害を退けつつ、ユーブロはエナを奪うように抱きかかえすぐにその場から離れる。
そしてはっとしてニールの方へと振り返る。そこでは立て直したリエティールが、連れ去られていくニールを追って必死に攻撃を掻い潜り、森の奥へと走っていく姿があった。
ユーブロは追いかけようとしたが、傷を負ったエナを背負い、まだ周辺にはルボッグたちが潜んでいる状態で、更に奥へ進むのは危険すぎると判断し、まずはクシルブへ引き返し、エナを休ませ他のエルトネに知らせるという決断をした。
「くそ、待ってろよ、すぐに戻る……!」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてニールとリエティールが消えていった方向を睨みながら、ユーブロは全力でクシルブに向かって走った。




