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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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79.恐怖心と決心

 ドライグを後にした四人は、そのままクシルブを出てまっすぐ森へと向かう。

 先日リエティールがいた草原のすぐ近くに森はあり、駆け出しでも大丈夫と言うこともあってか、その付近には朝早くにもかかわらずエルトネの姿が散見できた。


「よし、入るぞ。 俺が先頭で、リエティールが二番目、その次にニールで最後尾がエナだ。 いいな?」


 森の前でユーブロが隊列について確認する。前衛であるユーブロが先頭で周辺を気にしながら進み、中衛であるリエティールがその後ろをついていき、防御の薄いニールを守るように間に挟み、弓を持ちいざとなれば短剣に持ち変えられるエナが後ろを警戒する形だ。

 リエティールもソレアから貰った短剣はすぐに出せるように忍ばせており、ニールにも一応護身用の短剣がユーブロから渡されているようである。ただ、魔操種シガムを怖がっているニールでは咄嗟に剣を取り出して応戦するのは難しいだろうと判断し、こうして間に挟んでいるようだ。

 ユーブロの確認に三人は頷き、いよいよ森の中へ入っていった。


 森の表層部分は明るく、人の通った跡で道ができていた。


「お、あったぞ。 あれがアビシュマの木だ」


 そう言ってユーブロが指を指した先には、細い枝を伸ばした木があり、その枝には産毛の生えた蕾が幾つもついていた。

 リエティールは教えてくれたユーブロに頭を下げつつ、その木に近寄って手の届く範囲の蕾を摘み取り始める。摘み取りながら、アビシュマについて書かれていた資料に「葉には噛むと甘味がある」と書かれていたことを思い出し、一枚摘んで噛んでみる。すると確かに甘味があり、良い香りも広がる。ただし食用ではないとされていたので、間違っても噛み切って飲み込んだりしてはいけない。

 リエティールは噛んだ葉を捨てつつ、依頼の蕾とは別に、葉を何枚か摘んでコートの内側に仕舞いこむ。独特の甘味が気に入った様子で、頬が緩んでいる。


「なんだか良い香りね」


 その甘い香りに気がついたのか、エナがそう言葉を零す。そして彼女は思わずと言った様子でリエティールが摘んでいるそばに来て、一本の枝を手折ってその香りを嗅ぎ、満足げな表情を浮かべていた。


 その後からニールを連れてユーブロが「おい」と不満げな声を掛ける。


「ニールを放って勝手に動くな」

「えへへ、ごめんなさい。 良い香りがしたから、つい……」


 悪びれた様子もない顔でそう言うエナに、ユーブロはため息をつく。そんな彼の横でニールは、彼も香りが気になるのか視線はアビシュマの木へ向いていた。そんな彼の様子に気がつき、ユーブロは二度目のため息を吐く。


「いいか二人とも、俺達はリエティールに協力してもらう代わりに、採集中の安全は俺達が確保するって約束しただろ、気を抜くな……」


 ユーブロがそう言い掛けたところで、ふと草の茂みが揺れる音が聞こえ、三人はそちらへ顔を向ける。リエティールも蕾を摘む手を止めてそちらへ意識を向ける。

 それから程なくして、その茂みから一体の魔操種が飛び出してきた。バリッスよりも二周り程大きいそれはほんのり緑がかった白い毛皮を持ち、鼻と大きな耳をピクピクと動かしながらこちらの様子を窺っている。

 それは目当てのレフテフ・ティバールであり、ユーブロは一歩前に出て剣と盾を構える。ニールはその後ろに隠れつつ相手をじっと見つめ、エナは弓に矢を番える。リエティールも木から離れて槍に手を掛けた。


「匂いに釣られたのか、もしくは声か……どちらにせよ、獲物には変わりない。 エナ!」

「ええ!」


 ユーブロの掛け声でエナは番えていた矢を放ち先制攻撃を仕掛ける。咄嗟に反応して飛び上がったティバールだが、その脚を矢が掠めると、怒ったように「グッ」と小さな声を上げる。

 その跳躍力はかなりのもので、あっという間に全員が見上げるほどの高さに上がると、そこから姿勢を変えて勢いよく急降下する。狙いは一番近くにいるユーブロのようだ。口を開き、長い前歯を覗かせている。

 ユーブロは慌てた様子もなく盾を前に出すと、ティバールの衝突と同時に盾を振って横に受け流すように弾く。ティバールは落下してきたままの勢いで地面に衝突し「グィィッ」と苦しげな鳴き声をあげる。すぐに体を起こそうと体勢を変えるが、その隙を逃さずユーブロがその首目掛けて剣を振り下ろした。

 一層大きな断末魔を上げて、ティバールはそのまま息絶えた。エナは彼に近寄り軽くハイタッチをすると、手早くそれをロープで縛り上げていく。

 その一連の流れは鮮やかで、とても手馴れているように見えた。少なくともリエティールの援護がなくても苦労しなさそうであった。


「すごい……」


 リエティールが思わずそう呟くと、それを聞いたエナは振り返ってニッと笑い、


「実は私達、風の命玉のためにずっとこいつらを相手してたの。 だから一体相手なら苦労しないわ。 でも、複数体出てきたときは手伝って頂戴ね? ニールも……」


と言ったところで、ニールが怯えた顔をしていることに気がつく。エナは縛り上げたティバールをユーブロに渡すと、ニールに近寄って声を掛ける。


「大丈夫? 気分が悪いの?」


「ごめん、ちょっと……」


 どうやらニールにはいきなり戦闘は刺激が強かったらしく、血を見てすっかり身が竦んでしまったようであった。

 その様子を見たリエティールも、初めてバリッスを倒そうとした時に思わず手が止まってしまったことを思い出し、それに共感する。特に魔操種を怖がっていたニールにとってはそれ以上の衝撃があったのだろう。

 ニールの顔色が悪くなった原因に思い当たり、エナもユーブロも顔を暗くする。


「ご、ごめん、やっぱり、僕は来なかったほうが……」


 ニールがそう言い二人に背を向けそうになったとき、エナはその肩を掴んで「そんなこと!」と叫ぶように言った。


「いきなり目の前で仕留めようとした私達も考えが浅かったわ……誰だって最初は怖いものよ」


「ああ、俺達も最初は仕留めるのには戸惑いがあった」


 ユーブロもエナの言葉に同意し、ニールへ理解を示す。それでもなお、ニールは申し訳なさそうに顔を曇らせている。


「元はと言えば、俺達が無理矢理お前を連れてきたようなものだ。 どうしても無理だというのなら、俺は止めはしない」


 そういうユーブロの声は暗く沈んでいる。エナも掴んだ肩を手放し、戸惑った顔でニールを見た。そんな二人の態度に、ニールは戸惑いを浮かべ、それから暫くして意を決したように、


「大丈夫……大丈夫。 二人がこんなに僕を大切に思ってくれてるんだ。 僕だって頑張らないと……二人の努力を無駄にしたくない」


と言った。その言葉に二人はパッと顔を上げる。その顔はとても嬉しそうな表情であった。ニールの顔は決意を抱いていたが、すぐに自信なさげな表情に戻り、


「あ、でも……今はまだ離れた所から見てるだけにしたい、な……」


と弱弱しい声で遠慮がちに言う。そんなニールの心配を払いのけるかのように、二人は頷き了承した。

 側で不安げに事の成り行きを見守っていたリエティールも、なんとかこのままいけそうだと感じ、安堵に顔を緩めていた。

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