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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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7.仕立て屋の娘-2

 それから少年は何度も訪れるようになった。新しい服の注文も、服の手直しも、ここじゃなきゃ嫌だと言うのだと、婦人は困ったように、かつ幸せそうに笑うのであった。

 この親子はやはり貴族のようで、この町の建設が終わってすぐに王都から来た分家らしかった。畜産業にいち早く目をつけ成功した家の一つのようで、その身なりや婦人の立ち居振る舞い、護衛がついていることからも豊かな生活を送っていることは目に見えてわかった。


「この子が生まれなかったらあなた方と出会うことも無かったでしょう」


と婦人は言う。そして「素敵な出会いを齎してくれたこの子に感謝しなくてはいけませんね」と微笑む。笑顔を向けられた少年は不思議そうに、それでいてどこか恥ずかしそうに照れ笑いする。それを見た娘もまた、嬉しくなって笑みを浮かべる。それを見守る護衛の男も、父と母も、皆一様に幸福を感じていた。


 娘はいつしか、貴族の方に売るのに恥じないものを作らなければ、という緊張の気持ちよりも、また少年が来てくれる、という喜びの気持ちの方が勝るようになっていた。


 そうして、少年が店を訪れるようになってから10年。少年と言うよりも青年と言う言葉の方が似合うようになった彼は、娘に告げた。


「僕と、結婚してください」


 そう言って彼は美しい花束を差し出した。それには赤い情熱的な花が五本、青い小さな花に囲まれるようにして束ねられていた。

 娘は本物の花を見るのは生まれて初めてだった。差し出されたその花の意味も名前も知らなかったが、その美しさに感動し、しかしそれ以上に、ずっと自分のことをまっすぐに思い続けてくれた青年の思いに気がつき、その姿に心を打たれていた。


 娘が言うのはたった一言。


「……はい!」


 その瞬間、居合わせた全員が二人に祝福を贈った。




***




 青年と娘は、青年の父に会いに行った。プロポーズよりも先に会うべきだったのではないかと心配する娘であったが、青年は安心するように言った。

 分家であっても貴族である以上、そう簡単に結婚などと言えるものでもない。青年は今日この日まで、何年もかけて父親に娘のことと自分の気持を伝えてきた。父親が仕立て屋に出向くことは無かったが、青年の長きに渡る訴えは功を奏し、「お前がそこまで言うのなら」と、結婚をすることを許可したのだった。


 二人は父親の待つ応接室に入り、深々と頭を下げる。そうして父親と向かい合う席に座る。その様子は緊張に強張ってはいたが、同時に揺ぎ無い意思も感じさせた。

 そんな二人の様子を父親は見定めるように鋭い眼差しでじっくりと見る。そうして娘に対してゆっくりと口を開く。


「お前は、私の息子を生涯支える覚悟があるのだな」

「はい、この気持ちは変わることはありません」


 父親は「そうか」と言い、暫し目を閉じ沈黙する。その間、二人は息をするのも忘れたかのようにじっと返答を待った。そうして、ようやく彼が口を開く。


「よかろう。 その言葉、命に誓うというのであれば、許可する」


 二人は途端に緊張の鎖から解き放たれたように笑顔になり、互いの手を取り合って喜んだ。最終的には抱き合って喜びの声を上げていたが、父親の咳払いによって再び静寂が戻り、二人は頭を下げて部屋を出ていった。

 部屋を出た後も、二人はずっと手を繋いでいた。やっと掴んだ幸せを離すまいと意地になっているかのように。



 娘の父と母は、悩んだ末に店を畳んでゆっくりと余生を過ごすことに決めた。歳を取った二人だけで細かい作業をする仕事を続けるのは難しいということと、それを考慮した当主から、結婚に際してまとまったお金が与えられたことが要因となった。

 娘は店がなくなった後も夫となった青年のために自らの腕を活かしたいからと、使わなくなった裁縫道具などを貰い受け、自分の部屋へと運び込んだ。


 二人が共に暮らすようになって、青年は娘にある一着の服を取り出して見せた。みてみるとそれは娘が青年と出会うきっかけになった子供服であった。生地はすっかり草臥れているが、傷も汚れもほとんどない。裏返すと娘が修繕したあとが残っており、確かに同じ服であるということが分かった。一体どれ程大切に着たのだろうと、娘は驚いた。


「直してもらえたことが本当に嬉しくて、何度も着ていたんだ。 もう汚すものかと半ばやけになっていたよ」


 そんな話を聞いて、娘は何となく恥ずかしくなり顔を赤くする。青年はその赤くなった頬に優しく口付けをすると、娘は更に赤くなる。それがおかしくて青年がくすくす笑うと、娘は「もう」と怒って、もっと赤くなる。


 些細なことで笑いあう、傍から見たら呆れてしまいそうなほど仲睦まじいその二人の背後に、終わりが確実に忍び寄っていることには、未だに誰も気がつきはしない。

 娘も青年も、彼らを取り巻く人々も、ただ今の幸福が永遠に続けばいいと、そう思うだけであった。

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