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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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76.恋しい味

 人混みの中を、間を縫うようにリエティールは進む。イメージするのはイップだ。ソレアは体格がいいため人を掻き分けて進めるが、リエティールほどではないにしろ、そこまで体格がいいわけではないイップは、人混みの合間をするりと抜けて歩いていたのだ。リエティールの小さい体格は、流されやすいところは弱点ではあるが、逆に小さい隙間を通るのには向いている。上手く体を動かせば体力の消費も少なく済む筈であった。


 そうして彼女がせっせと大通りを進んでいると、ふと甘い香りがどこからともなく漂ってきていることに気がつく。

 一体何かとリエティールがキョロキョロと周囲を見回してみると、ある店の前に女性が大勢集まって列を成しているのが目に留まった。近付いてみると甘い香りはより強くなり、どうやらその店から漂っているようであることが分かった。

 リエティールはその香りから、以前飲んだアコクを思い出す。あれがリエティールにとって生まれて初めての甘い料理であり、その美味しさに感動したものである。

 リエティールは興味を引かれ、その女性達の隙間から店先を覗き込む。淡い緑色のペンキで塗装されたおしゃれな外観の建物はどうやらカフェのようで、その看板メニューとして名前が掲げられている「エカナップ」という食べ物がその香りの正体のようであった。

 見たことも聞いたこともない、甘い食べ物という魅力に引かれ、リエティールは長い列の後ろに並ぶ。ありつくまでにはそれなりの時間を要しそうではあったが、もう彼女の頭の中には目の前にある未知の食べ物のことで一杯になっていた。


 数十分ほど経った頃、リエティールは列の中央のやや前辺りにまで進んでいた。太陽は真上を過ぎ、昼を一時ほど過ぎている。ただ、朝食が少し遅めだったこともあってか、リエティールにはまだ余裕があった。長い列の先頭辺りがようやく見えるようになったため、かえって期待が膨らんでいるようであった。

 それから少しして、店員がやってきてリエティールにメニューを手渡した。リエティールはじっとそれを見つめたが、絵などはなく名前しか書かれていなかったため、どんなものかは分からなかった。エカナップにも色々な種類があるようであるのは理解できたが、どれもこれも初めて聞く名前ばかりで、彼女には味の想像ができない。

 そんな状態ではあったが、幸いにも「オススメ」の表記があり、リエティールはそれと、飲み物にクリム(生乳を殺菌したものの商品名)を注文することにした。


 メニューを見ていると、ふとその隅に売り文句として原料についての記載があるのが目に入った。そこにはバツ印の書かれたドロクの名前があった。どうやらドロク産の畜産品を使用しているのが売りであったようなのだが、今は仕入れが滞っているため別の産地のものを使用している、ということが書かれていた。

 思わぬところでドロクの名を目にし、少し気持ちが落ち込んだリエティールであったが、せっかくこれから美味しいものを食べるのに、と頭を振って気持ちを切り替え、注文と同時にメニューを店員に返却した。


 それから再び時が経ち、ようやくリエティールは店内の席へと案内される。おしゃれな店内には鼻腔をくすぐる甘い香りが満ちており、リエティールは思わず歓声を上げそうになる。

 案内された席に腰掛け、出された水を口にして程なく、注文したエカナップが運ばれてきた。

 注文したエカナップは「オギチイレブとメール」というもので、白くふわふわとしたものがメールで、その上に乗せられている赤い果実がオギチイレブというらしい。

 エカナップはふんわりとした厚みがあり、とても柔らかい。メールと共に口の中に入れると、両方が口の中で溶けるように混ざり合い、とても濃密な味が広がる。リエティールは思わず頬を押さえて極上の笑みを浮かべる。そしてすぐに二口、三口と手を進め、それなりの量があったにも拘らず、あっという間に綺麗に完食してしまった。


 食べるのに夢中で殆ど口をつけていなかったクリムを飲みながら、暫し余韻に浸っていた彼女であったが、ぼんやりとしていると幸せなことから徐々に別の方向へと思考がずれていく。

 先ほどドロクの名前を目にしたせいであろうか、今飲んでいるクリムと、かつて飲んでいた生乳の味を比べてしまう。やはり有名な産地であり、かつその地で飲んでいた処理のされていない物とでは、味の違いを感じてしまうのであった。

 当時幼かった少女は、自身が口にするものの値段など考えたこともなかったし、女性が安いと答えればそれを素直に信じていたが、今思うとあれもそれなりの値段がしたのであろうことは容易に想像できた。安いという言葉も、肉などに比べれば、と言うことだったはずである。


 思わぬところで過去を振り返り気分が沈んでいることに気がつき、リエティールははっとしてクリムを飲み干してその考えを頭から振り払う。せっかく美味しいものを食べたというのに、それとは関係の無い事で落ち込んでしまっては台無しである。

 リエティールは食事の代金を支払うと、気分転換の為に町の中を自由に散歩しようと言うことに決め、店を出ていった。

 3万PVを達成した感謝として、活動報告を更新させていただきました。

 初期設定(没設定)に関して少し書いております。もしよろしければご覧ください。

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