75.大通りの道具屋
ラエズを後にしたリエティールは、脇道から大通りを眺めつつこれからどうするかを考える。
ソレアとイップは恐らくもうすでに町の外、離れた場所に行ってバリッスより格上の魔操種の狩りなどをしているであろう。
リエティール一人で狩りをしにいってみるというのもありなのだが、どうせなら昨日とは違うことをしてみたいと彼女は考える。
そこで考えた候補は二つ。一つはドライグにいってバリッスと同じくらいや、少し強い程度の魔操種等、別の目標の情報を仕入れてみること。もう一つは、道具屋を探して覗き、これからの旅で役立ちそうな物を探して買うことだ。
その両者を天秤にかけた時、店の商品を眺めるのが好きなリエティールの場合、後者の方に傾いた。一応ドライグにも道具を売っている場所はあるが、リエティールとしては沢山の店の中から自分で店を探し出すというのも楽しいことであるため、ドライグには向かわずに、大通りを歩いて探すことにした。
エルトネがドライグに殺到する朝方のピークの時間帯が過ぎたとは言えども、大通りにはエルトネ以外の人々も多く集まる。両脇に立ち並ぶ店からは客を招き入れるための声が飛び交い、活気は止まない。人々は通り過ぎたり足を止めたり、不規則な流を作っており、その中を歩くのは至難の業である。
リエティールはその中を身をくねらせて進みつつ、店先を一つ一つ眺めていく。背の低い彼女には目の前のそれが何の店かを確認するだけでも一苦労である。
ただ、そんな状態でもすぐに道具屋を見つけることはできた。道具屋の数自体が多いのだろう。リエティールはその店に近付いて窓から中を覗きこむ。中には数人の客がいるが、そこまで混雑しているようではなさそうであった。これであればリエティールも商品を見ることはできそうであり、彼女は早速中へ入ってみた。
店内へ入り、リエティールは周囲をぐるりと見回した。陳列台には様々な道具が並べられており、どれもこれも彼女の好奇心をくすぐるには十分な魅力を持っていた。店内の方が大通りよりも空いていて、リエティールが動き回る余裕はある。
まず一番最初に目に留まったのは、薬のコーナーであった。魔操種と戦うことの多いエルトネにとって、怪我等を治す薬は必需品である。この店でも薬は主力商品なのか、広いスペースを使って大量に並べられている。
リエティールはまず、一番手前に置かれていた「オススメ」の文字が書かれている瓶を手に取った。緑色の物が詰まったそれは、切り傷や擦り傷などの治癒を早め痛みを抑える効果があるらしい。中身は薬効のある草を煮詰め、クリーム状に加工したもののようで、これを患部に塗るようだ。
その隣にはより効果の高いものや、容量の多いもの、即効性の高いもの等が並んでおり、少しずつ価格が違っている。
別の薬を見ると、同じ傷を癒す薬でも塗るのではなく飲むタイプと言うのもあった。摂取することでもともと人間が持っている治癒能力を高め、全身の傷に作用するほか、健康促進の効果もあるらしい。また、飲まずに直接患部に振り掛ける方法でも治癒効果は得られるようだ。使いやすく効能が幅広いことからか、値段は塗り薬の何倍もある。
そういった傷を癒すもの以外にも、火傷や凍傷に効く物、解毒薬なども並べられていた。それぞれ薬草をベースにした物ばかりのため、本来はどれも色が似通っているはずなのだが、どうやら後から色を付けて分かりやすくしているようであった。
リエティールはとりあえず傷を直す塗り薬は持っておいたほうがいいだろうと考え、容量が少し多く値段がお得だと書かれていた瓶を一つ手にとって次に進む。
傷を癒すために使うものは治癒用の薬だけではなく、痛みを止めることにだけ特化した麻酔薬に縫合セット、包帯などが隣のコーナーには並べられていた。中には眠気を払い疲労を取り除くと謳った物や、混乱等精神状態を正常に戻すための飲み薬(よく見ると商品のポップに小さく「注意 激苦」と書かれている)等があり、リエティールはとりあえず包帯を一つ手に取った。
薬のコーナーを越えると、魔操種避けの香り袋や、仕留めた後に縛り上げるための細めのロープ、人間や重いものなどを引くのに使える太い頑丈なロープ等の便利道具のコーナーに変わる。
魔操種避けだけでなく、魔操種「寄せ」と言うものもある。其々属性別や種類別等様々なものがあり、どうやら氷属性が売れ筋のようで売り切れ、入荷未定となっている。光や闇と言った希少なものは取り扱っていないようだ。
それ以外には、イップがくれたような塩の入った袋や、洞窟や地下等の暗所で使えるランプに、火をつけるための道具や油、簡易寝袋にテント、鉄の網に串といった野営に使える道具一式等が揃っている。
リエティールは最初に手に取った薬と包帯に加え、何かと使えそうなロープ一束に火をつけるためのマッチを買うことにした。
マッチを買ったのは、食べ物を焼くためというのもあるが、何より極寒のスラム暮らしであったが故に、火が欲しいと本能的に感じてしまったためである。今となっては氷竜の魔法がかかったコートがあるため、特段暖を取る必要はなくなったといってもいいのだが、そういった理屈ではないのである。火は幼い頃の彼女の生命線であったことには変わりないのであるから。
店を出ると丁度太陽が真上に昇り、今が昼時であることを示していた。昼はエルトネではなく町に住む人々の活動時間帯である。そうなればやはり大通りはより混雑する。
リエティールは買った品物をコートの内側にせっせと仕舞いこみ、昼食をとれる店を探して再び人混みの中を歩き始めた。




