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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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73.大切だからこそ

 三人が戻る頃には、ドライグは大混雑であった。皆日が暮れる前に帰ろうとするのは同じことで、夕方はこうして毎日エルトネが殺到する。受付は毎日繁忙期なのである。それでも笑顔を絶やさず対応する受付嬢のことを、エルトネ達は尊敬し、影では実は凄い実力者なのではないかという噂まで流れる始末である。


「流石にこの時間は人が多いっすねー」


 そう言ってイップは辺りを見回す。どこに目を向けてもエルトネだらけで人の壁である。

 特に混むのは依頼の完了報告窓口と素材の買い取り窓口で、この時間帯は特別にその窓口だけ人が増員される。

 列はいくつかに分かれているが、どれも先が隠れるくらいに長く、三人はとりあえず一番短そうだと思った列に並ぶ。


「並ぶのは俺一人でいいだろう。 お前達は外で待つでも、店を見るでも好きにして待っているといい」


 ソレアはそう言って二人から素材の袋を受け取ると、列から外れるように促す。これは彼の親切心からの行動でもあるが、少しでも列を短くしてより多くの人が並びやすいようにするためでもあり、一番力のある人物が素材をまとめて持つというのは、複数人パーティではよくある光景であった。


 列から外れた二人は、どうしようかと顔を見合わせた。あっという間にソレアの後ろには別のエルトネが並び、その大きい体も覆い隠されて見えなくなる。

 いつまでも列の側でぼうっとしていては邪魔になると、とりあえず二人は壁際まで移動する。その壁際も、同じように仲間を待っているのであろうエルトネが何人もおり、どこか落ち着かない。

 道具を売っている店の方へ目をやるが、流石にそこも人が多い。明日のために今日消費した道具を補充しようと考える人が殺到しているのであろう。


「こうなると、もう外しかないっすね」


 イップがそう言い、リエティールも頷いて、人波に逆らって漸く外へと出る。外の冷えた空気が肌に当たると、人波にもまれて熱を持った頬が冷えて心地よさを覚えさせる。外もドライグへと入っていくエルトネが多いが、広いため息苦しさを覚えることはない。

 二人は運よく空いているのを見つけた近場の花壇の縁に腰掛けてようやく一息をついた。


「人、こんなにいっぱいくるんですね」


 止まることなく流れ込んでいく大量のエルトネを見ながら、リエティールがそうポツリと零すと、イップは頷いて答える。


「夕方は毎日こんな感じっすよ。 だからいつもはもっと早めの時間に戻るようにするっすけど、今日はついうっかりしてたっすね」


 頭を指先でポリポリと掻きながらそう言う彼に、リエティールは少し申し訳なさそうに、


「ごめんなさい。 私につき合わせちゃったせいで……」


と謝ると、イップは慌てて手を振ってとんでもないというようにその言葉を遮る。それからすぐに笑顔になって、


「かわいい後輩の為っす! 迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないっすから、そんな風に言わないで欲しいっす!」


と言う。そう言われたリエティールも、本人がそういうのであれば、これ以上謝るのは返って失礼だと思い、一つ小さく頷くと、微かな笑みを浮かべて「ありがとう」と言う。するとイップは照れたように少し頬を赤くして頬を掻いていた。


 それから少し間を空けて、不意にイップが僅かに不安げな表情を見せてリエティールに尋ねた。


「その……リーは本当にすぐこの町を出ちゃうんっすか? 拠点とはいかなくても、ここで暫く滞在したりとか、できないんっすか?」


 その問いに、リエティールは困ったように眉尻を下げ、


「私、早く行かなくちゃいけない所が……早く、やらなくちゃいけない事があるので」


と答える。その返答を予想はしていたのか、イップは諦めたように「そうっすよね」と呟く。その表情は寂しげで、リエティールが去ってしまうことを心から残念がっている様子であった。彼にとってリエティールは大切で優秀な後輩であり、自分より年下の女の子でもある。守りたい、そばにいたいという気持ちが強いのであろう。


「じゃあ、おいらがついていくっていうのは……駄目っすよね」


 顔を上げて途中まで言い、最後まで言いきることはなく、元気をなくして自分の提案を自ら否定し、再び顔を俯かせる。リエティールが目的を曖昧にして話さないのは、それを知られたくないからだと勘付いているためである。

 リエティールについていくということは、リエティールの隠している目的を知るということになる。

 恐らく、ソレアとイップはリエティールの成し遂げたい目的のことを知ったところで、それを絶対他者には漏らさないと誓ってくれるだろう。

 しかし、知ってしまえば二人は余計に心配するであろうし、もしもついていくとなればその過酷な運命に無関係であるというのに巻き込んでしまう。それはリエティールの望むことではない。彼女のことを大切にしてくれる二人は、もう既に彼女にとっても大切な人物である。

 信頼しているからこそ、自分の運命に巻き込みたくはなかった。リエティールはイップの言葉に無言で頷き、顔を逸らしたまま人波をじっと見つめていた。


 静かでどこか気まずい時間が過ぎ、空が暗い群青色に染まりかけた頃、漸くソレアが外へ出てきて二人を見つけて近寄る。


「……なんだ? お前らどうしたんだ?」


 どこか不安定な空気感にソレアが首を捻ると、二人は慌てて顔を上げ、揃ってなんでもないと否定し、釈然としない様子のソレアを無理矢理押しやって宿へと戻った。

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