70.いざ実戦
「よし、じゃああの残ったバリッスをいただくとするか」
そういってソレアは、先ほどの戦いで取り残されていた一匹のバリッスを標的と定めた。
「リエティールの初めての実戦だ。 俺は今回は基本的に手を出さず、危ないと判断したところで介入することにするから、戦闘開始のタイミングも、立ち回りも、とにかく思いようにやってみろ」
「おいらは周囲を警戒するっす! 他の魔操種の乱入はしっかり防ぐっすから、安心して戦ってほしいっす!」
「え?」
その言葉にリエティールは不意を突かれた様子で声を出し、きょとんとした顔でソレアの方を見返した。彼女はてっきり一緒に戦うものだと思っていたので、ソレア達の戦わないという宣言に驚いたのだ。
「バリッスはそこまで強くないから苦戦はしないだろう。 小さいから一人の方が戦いやすい相手だ。
それに、お前はじきにここを出て旅立つんだろう? すまんが俺達の拠点はここで、心配ではあるがそう簡単にお前についていく、ということはできないから、お前が一緒に旅立つ仲間を自分で見つけない限りは一人で行動することになるだろう。
だから、まず必要になるのは一人での戦い方だ」
そう言うソレアの顔は真剣だ。本当にリエティールの今後を考えてくれているらしい。今までの過保護ぶりから考えると、彼の本心としてはついていきたい気持ちが強いのだろう。しかし彼にもクシルブでの人間関係ややるべき事、これからのビジョンなどいろいろな理由があるであろう。それに、リエティールは人に言えない秘密を抱えているため、仮に彼が一緒に行くといっても断ったであろう。
とは言え、改めて旅立ちのことを考えると、リエティールはまた一人になることを思い出してやや不安げな表情を見せた。
ドロクから旅立った時は、一人で旅をするという覚悟はしっかりついていたはずであるのに、気を許せるソレアという存在と出会ってから、たった数日ですっかり一緒にいることが普通になってしまっていたのだ。
いるのが当たり前だった存在との別れはもう何度も経験しているが、それは決して慣れるようなものではない。彼女自身も気がつかぬうちに、一人になるということに対して何か小さなトラウマのようなものが芽生えていたようであった。
「おい、そんな顔をするな」
ふと顔を上げれば、そこには眉をハチの字にした困り顔のソレアがいた。どうやら不意に表情が暗くなったリエティールを心配しているようであった。
「そうっすよ、なにも永遠の別れじゃないんっすから! また会えるっす!」
その横ではイップも、少し焦った様子でそんな言葉をリエティールにかけていた。
また会える。その言葉でリエティールは気を持ち直し、
「ありがとう……もう、大丈夫です」
と小さく笑みを浮かべて二人に感謝の言葉を告げた。
気を取り直し、改めて戦闘準備に入る。バリッスは活発ではなく、幸い狙いをつけていたバリッスは逃げたりしてはいなかった。
リエティールは背負っていた槍の布を解き、両手に持って構える。その後ろでは、いつでも剣を引き抜けるようにしているソレアが控え、イップは周辺を見回して魔操種等の乱入が無いように警戒していた。
リエティールは槍を構えたまま、じりじりとバリッスのいる地点へ近付いていく。
槍は間合いが命だ。先日の訓練のおかげで槍の届く範囲に関してはしっかり覚えており、ギリギリのラインを狙って、攻撃が確実に当たるところまで後一歩と言うところまで来た。
「──そこっ!」
リエティールが一歩踏み込んで槍を突き出すのと、感づいたバリッスが飛び出して反撃しようとしたのは、ほぼ同時であった。
事前にバリッスの生態について教わっていたリエティールの目算では、この距離ではまだバリッスの警戒範囲には入っていないはずであった。そのため、潜伏地点を狙った槍の穂先はバリッスに突き刺さらず、背を掠めて傷をつけるに留まった。
一方のバリッスも、槍とぶつかったことと、飛び出すタイミングの違いのためか飛距離が足りず、丁度最初の距離から半ばあたりの地点で地に落ちた。
「クィィッ」
バリッスはそう威嚇するような鳴き声をあげて地面に潜り込み、リエティールもすぐに間合いを取るため後方へ引く。
地面にもぐったバリッスは、地表を盛り上げさせながらリエティール目掛けて前進してくる。どうやら地属性の魔法はこうした地中移動に利用しているのか、その速度は中々のものであった。ただし目で追う事はできるため、リエティールは逃げながらもしっかりと攻撃のタイミングを見定め、
「ここっ!」
と、勢いよく地面に槍を突き立てた。
「クィィィィッ!!」
突き刺されて地面から飛び出したバリッスには深い傷が残され、動きが鈍くなっており、反撃しようと向かってこようとはするものの、最初のような勢いは無い。
止めを刺すために、リエティールは槍を再び構えるが、「殺す」という行為に少し躊躇いがあった。先ほどは戦いの勢いと、相手の姿が見えていなかったため躊躇い無く攻撃をしたが、瀕死の状態で体を晒している相手に槍を刺すとなると、わずかに迷いが生まれた。
「迷うな! 相手は魔操種だ!」
そんなリエティールの心情を察してか否か、背後からソレアの喝が入る。不意の大声に驚いたリエティールは、一瞬迷いのことが脳から消える。そしてその勢いのまま、槍をバリッスの背に深く突き刺し、決着がついた。




