69.戦闘見学
翌朝、扉をノックされる音で目を覚ましたリエティールは、ソレア達と軽い朝食を済ませた後、早速宿を出てドライグへと向かった。
今日はいよいよ初めての実戦に挑む日である。緊張からか動きがややぎこちなくなっているリエティールに、ソレアとイップは明るく声をかけて気持ちをやわらげようとしてくれていた。その二人の気遣いに、ドライグへ着いた頃にはリエティールの緊張は大分和らいでいた。
ドライグへつくと、込み合う受付の列には並ばす、脇にある掲示板へと向かう。
その掲示板には「恒常討伐依頼 対象一覧」という題と共に、魔操種と思われる絵と名前が書かれた張り紙が幾つか貼られていた。
「できれば今日はこいつを狙いたい」
その中でソレアが指差したのは「レビル・ビパック」と書かれている。まんまるとした容姿の魔操種であった。その下には「危険度:低い 珍しさ:高め」というざっくりとした説明が書かれていた。
その選択に納得しつつ、難色を示したのはイップであった。
「確かに、ビパックは動きが遅くて倒しやすいっすけど、珍しいし競争率も高いっすよ? 見つからない可能性も十分あるっす。 別のにした方がいいんじゃないっすか?」
イップの言う通り、珍しさは高めと書かれており、見つからないという可能性は高そうに思えた。
「ああ、こいつは駆け出しでもしとめられるほど弱いが、生息地が水辺に限られているのと貴重な氷属性持ちというのも相まって、見つけるのは難しい。 狙ってるやつも多いだろう。
だから、できればと言ったんだ」
レビル・ビパックは、本来水属性の「アラビパック」と呼ばれる魔操種が、寒い気候に合わせて変化した「分岐種」の一つで、属性が珍しい氷に変わっており、冷たい水の中もすいすいと泳ぐことができる。戦闘能力は低いため、命玉を狙って多くのエルトネに狙われやすく、数が少ない魔操種である。
「まあ、運よく見つけられればいいかと思っただけだ。 倒せればリーのこれからの為になるかと思ってな。
狙い目は、やっぱ定番のバリッスあたりか」
どうやらソレアがレビル・ビパックについて示したのは、リエティールのためを思ってのことのようであった。ソレアはリエティールが氷の魔法を使うことを知っているため、氷の命玉を手に入れる方法の一つを教えようとしたのである。運がよくなければならないとは言え、情報というのは知っているのといないのとでは優位性が変わってくる。
ソレアが次に示した「バリッス」は、背中に草のような部分を持つ地属性の魔操種で、危険度も珍しさも、どちらも低いと書かれていた。ありがたいことに「初心者向け」とまで書かれている。
「こいつはここから南に広がる草原によくいる魔操種だ。 普段は地表近くの地中に身を潜めて、背中の草部分を出している。 気がつかずに上を通ったものや、草を食べようとしたエスロなんかに襲い掛かる性質を持っている。
不意打ちを受けてもそこまで攻撃力が高いわけでもないし、少し離れた所から狙いをつけて先制攻撃をすれば確実だ」
「リーの槍が光りそうっすね!」
ソレアが説明する横で、イップがうんうんと頷きながら肯定する。確かに遠くから攻撃するなら、この三人の中ではリエティールの槍が一番いい。
ちなみにソレアとイップはどうやって倒すのかと聞けば、一気に駆け寄って剣を突き刺すのだという。相手の間合いに入っても、先に攻撃をすればいいのだと笑って言った。ふざけているようにも聞こえるが、実際間合いが短い武器であればこれが一番有効なのである。
「よし、じゃあこれで決まりだな。 さっそく南門に向かうぞ」
そう言って、ソレアは二人を引き連れてドライグから南門へと向かう。リエティールは人波に流されないようにソレアの服の裾をつかみつつ、なんとかはぐれずに無事南門へとたどり着いた。
リエティール達が最初にクシルブへと入ったのは東門であったが、南門の方が人が多いように思えた。というのも、ここから西南方向に一番栄えている町である王都があるため、人も必然的にそちらの方角に増えるためである。
門から外に出るためにも人が列を成していたが、出るだけであれば身分を証明できるものを提示できればスムーズに出られるため、さほど時間も掛からず三人は町の外へ出ることができた。
町の外側の街道にはずらりと長い列ができており、エルトネや商人達、沢山のフコアックやエスロが並んでいる様子は壮観であった。
そんな人々を横目に見つつ、一行は街道を離れて草原へと向かう。街道を離れれば魔操種も普通に存在し、ちらほらと戦っているエルトネの姿も見えてきた。
「お、ほら、リー。 あそこで戦ってるのがバリッスだ」
そう言ってソレアが指差す先には片手剣を持った少年と青年二人で一体のバリッスを相手に戦っているのが見えた。恐らく青年の方が先輩として指導しているようで、戦っている少年のすぐ後ろで構えつつ、何か声をかけている。それに少年は頷いて応え、盾を使って攻撃を防いで剣を振るっている。
バリッスはもう傷だらけで、もうすぐ倒れるだろうと思われ、ソレアも気になる様子で決着を見届けようとしていた。
「……ん?」
しかしその後すぐに、そう疑問の声を漏らすと、顔を怪訝そうに歪めた。気になってリエティールが顔を向けると、それに気がついたソレアは指差して説明する。
「いや、あそこだ。 もう一匹バリッスがいる。 まだ間合いには入っていないが、後数歩横にずれたら気づかれる。 後ろのやつも夢中になってて気がついてなさそうだ。
まあ、バリッスなら不意打ちされたところで大きい被害が出るわけじゃないが、もしももっと強いやつだったら危険だ。 ああいうところに気がつけないのはよくないな、と思ってな」
指差した先には、一見ただの草だが、他の茂みとは少し背の高さと色が違う草が生えており、それがバリッスなのだろうということはリエティールにも分かった。確かに距離が近く、それが魔操種だとわかった上で見ると少しひやひやする光景であった。
幸いにもそこへ近づく前に決着がつき、二人は別の場所へと去っていった。ほっとしたリエティールの横で、ソレアは、
「お前もああいうのには気をつけるんだ。 戦闘のカンが磨けるまでは、こういう弱いやつとだけ戦うんだ。 そうでもなけりゃ仲間を作るのがいい」
とリエティールに言う。確かに、他に潜む敵の存在に気がつけなければ危険な状態に陥ることは十分考えられる。リエティールは背伸びした相手に戦いを挑むことはしないように気をつけようと心に刻み、しっかりと頷き返した。




