68.ある王の憧憬
「王様、調査隊より最初の報告書が到着いたしました」
「そうか、読んでみろ」
執務室で、ウォンズ国王エクナドはそう言い、入ってきた従者の男に報告書の読み上げを促した。男は恭しく一礼した後、丁寧に読み上げ始めた。
「ドロクの町周辺は堆く雪が積もり、町の外壁のごとき様相で人の侵入を拒むかのようであります。
町の中に入ると人気は無く、至る所に氷付けになった死体や、鋭利な氷の刃が突き刺さって絶命している者がありました。半日ほど捜索した時点では生存者の確認はできず、現在も捜索は継続しておりますが、恐らく生存者はいないものと思われます」
そこまで聞いて、エクナドは顔を険しくさせる。
ドロクは問題を抱えていたとは言え、辺境でありながら主要都市として大きく発展していた町であり、その規模は王都とまではいかないものの、交易目的でクシルブに負けず劣らずの人数が出入りしていた。
その大人数が全て絶息したとなると、相当な規模の災害か何かが起きたに違いがなかった。
そして、ドロクと言えば氷竜の禁足地に隣接しているのが最大の特徴である。
町を閉鎖する大雪の壁に、氷によって死に絶えた人々。これらの要素を踏まえれば、その背景に氷竜の影が見えるのは当然のことであった。
「家畜については何か無いのか?」
「御座います。 では、読み上げさせていただきます。
家畜に関して、一部生き残りを発見しました。しかし大半は凍死しており、生き残った家畜も瀕死の状態で、救命の為に生き残りは全て建物の中に入れ、火を起こして暖を取らせ、備蓄されていた飼料を与えて保護しています。
……とのことです」
人間は全滅しているにも拘らず、家畜には生き残ったものもいた。と言うことは人間だけが狙われていたという可能性も十分に考えられる。
(「古種の怒りに触れれば命はない」か。 ……それが真実だとすれば、誰かが怒りに触れたのか)
「わかった。 それに関しては周辺の農村に連絡を取り、受け入れ先を探すようにしろ」
「は、承知しました。 すぐそのように指示を致します」
エクナドは一先ず、家畜の保護について指示を出すことにした。ドロクの家畜は高級な素材として高く取引される経済の主軸となっていたものだ。ここで絶やしてしまえばなにかしら問題が起きると考えられる。少なくとも国の収入が大幅に下落する未来は目に見えていた。環境が変わることで品質が変わってしまうということは高い確率で考えられたが、一先ず種を保護するというのは優先事項であろう。
頭を垂れた男は、後ろに控えていた別の従者に指示を出し、言われた従者もすぐに頷いて部屋を出ていった。
そして報告書の続きの読み上げを始める。
「禁足地に関して、吹雪が止み、視界が良好な状態になっており、氷竜の住処であると考えられる『氷の要塞』の全貌を目視できました。
形状はドーム状に近く、地下部分の様子を想像すると、球体であると考えられます。規模はドロクの町と同程度であり、氷の強度は今までと変わらず破壊は不可能だと思われます」
その報告に、エクナドは再び難しい顔をする。
「吹雪が止んでいるだと? それはつまり、氷竜がいないということか?」
「氷の要塞」の全貌については新事実であったが、それ以上に吹雪が止んでいるということの方が重大な問題であった。
あの地が雪に埋もれ、極寒の大地であるその原因は、氷竜がそこにいるからであるとされていた。古種の持つ力は周辺の環境に大きく影響を与え、地形を変えるほどであると言われ、氷竜がいる限りあの地は吹雪き続けるのだと、それが信じられていた。
それに基づけば、吹雪が止むのはつまり氷竜の不在時である。
「はい、姿は確認できなかった、とあります」
男も不思議そうな表情を浮かべており、氷竜が姿を消すという自体に戸惑っているようであった。
「それは、死体等もか?」
「はい、氷竜の物と思われる足跡は発見されましたが、死体や体の一部と考えられるものは一切確認できなかった、と」
それはつまり氷竜の移動を示唆していた。
(では、どこに? その姿が目撃されていないのは何故だ? 別の場所で吹雪が観測されていないのは? まさか力を制御して姿を変えられるとでも言うのか? そんな記録は今まで見たことも聞いたことも無い……)
考え込むエクナドの険しい顔を、従者の男は不安げに見つつも、報告が以上であることを告げた。考えに耽っていたエクナドは意識を戻し、
「ああ、わかった。 調査隊には調査を継続し、家畜については引渡しができるように準備しつつ、随時報告書を送るように返信してくれ。 帰還日時は予定通りに」
と命じ、男は深々と礼をして「失礼します」と挨拶をし、執務室を出ていった。
扉が閉じられた後、王は深くため息を吐いた。
「まさか、氷竜が姿を消すとは思っても見ませんでした。 これは大変なことになりましたね」
王の側近である執事の男がそう話しかけると、エクナドはうんざりした顔で答える。
「ナイド、お前そうやって他人事のように……」
ナイドと呼ばれた執事、ナイドローグはほっほと朗らかに笑うと、
「滅相も御座いません。 私はエクナド様に使える執事で御座います。 この度の問題の解決に尽力される貴方様の為に、私は誠心誠意尽くさせていただきたい所存で御座います」
と仰々しく答え、エクナドは一層深いため息をつく。ナイドローグの目は相変わらず孫でも見るような目である。エクナドはそれがどうも居心地悪く気に入らないのであった。
彼は先代から王に仕えている執事であり、その有能さはエクナドも知っている。しかしそれ故に自分がまだ未熟であることを暗に言われているようでならないのである。
「今回の件は間違いなく氷竜が関わっている。 まずは家畜の受け渡し、それに氷竜の捜索もしなければ……この町ばかりに関わっている場合でもない。 鉱山の魔操種の問題もまだ片付いていない……それに……」
山積みになった問題に頭を抱えるエクナドは、先代の国王であった自分の父の姿を思い出す。威厳溢れるその姿は、エクナドの憧れであった。しかし今思えば、父もまた同じように山積みの問題を前にして、見えないところで苦悩に打ち震えていたのかもしれないと思うと、やるせない気持ちになるのであった。
(だから私は、こんな姿を国民に見せるわけには行かないのだ……)
力強い父の姿はエクナドの強い心を育み、国民を導いていた。その裏に苦心する姿があるなど思わせる隙はなかった。
偉大なる国王。その後に続き、父の名を辱めないためにも、エクナドは必死になってまじめに取り組むのであった。




