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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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67.氷竜の魔法

 宿の部屋に戻り、いつもの服へ着替えようとしたところで、リエティールはふと考えた。氷竜エキ・ノガードがコートに施した魔法を、他の服にも今であれば使うことができるのではないか、と。

 現状、コートだけでもリエティールの体の大部分を覆えているため、体温調節や怪我の防止などの役目は事足りている。果たす役割がそれだけであれば、他の服にわざわざ魔法を掛ける理由は無かった。

 継承前の状態であればそうであった。しかし今のリエティールは氷竜の後継者であり、扱えないだけでその全てを身に宿している。全身を血流の如く流れる魔力は氷竜のものである。

 そして、魔法の掛かったコートに宿っているのもまた同じであり、しかも鱗という体の一部を媒介としていることで、その親和性がとても高い。即ち身につけているとまるで体の一部のように感じるのである。果たしてそれが今のリエティールにとってどのような影響を及ぼすのかは今は不明ではあるが、心地よいものを感じるという事実は違いなかった。

 恐らくは、それが良い影響を齎してくれるだろうと、リエティールはなんとなく直感で感じていた。そのため、できるのであれば同じことをしておいた方が今後のためになるだろうと考えたのである。


 もし、リエティールが氷竜に技術を習ってそれをやろうとしたのであれば、その不器用さが祟って失敗するであろう未来は目に見えていた。だが幸いなことに、今の彼女には氷竜の記憶と技術がそっくりそのまま宿っている。それらを上手く引き出すことができれば、コートと同じように成功するはずだ。

 しかし、当時と同じ状況ではないので、必ず成功するとは言いきれないのも事実である。

 リエティールは失敗のリスクを考慮したうえで、まずは使えなくなってもすぐに支障が出ないであろう手袋で試してみることにした。


 リエティールは念のために部屋の扉に鍵をかけると、手袋を外して机の上に置いた。そして、魔法に使う鱗を一枚、どこかから引き抜かなければならない。

 これにはリエティールも戸惑った。分かってはいたものの、いざとなると怖さで中々手が動かなかった。

 肩や胸元ではやりにくいと判断し、腰の辺りから取ろうと考えたまでは良いのだが、やはり引き抜くのには一歩踏み出せずにいた。

 暫しの間、リエティールは自身の体に生えている鱗をじっと睨むように見つめていた。改めて見ると、自身の体から鱗が生えているというのはなんとも奇妙に思えた。

 ぼんやりとそれていた意識を、頭を振って戻しつつ、リエティールはついに決心して、一枚の鱗に手を掛けて一気に引き抜いた。


「~っ!!!」


 案の定強い痛みを覚えて、彼女は暫くの間痛みをこらえるために抜いたあたりを押さえて蹲っていた。例えるのであれば、爪が深く割れた時のような、髪の毛を一度に何本も抜いたような、そんな痛みであった。

 ようやく痛みが治まったところで、リエティールは一息ついて立ち上がり、手に取った鱗を見た。掌に収まるほどのそれは、大きさこそ違えど、間違いなくあの時見た氷竜の鱗そのものであった。


 リエティールは深呼吸をして、鱗を手に乗せたままそっと目を閉じ、意図的に自らの意識を遠のかせようと試みる。

 何も考えない、というのは言葉以上に難しく、すぐに関係の無いことが浮かんでしまうものである。しかし彼女がやろうとしていることにおいて、彼女自身の意識がはっきりしていればいるほど邪魔になってしまう。

 彼女が試みているのは、自分の意識を希薄にして、代わりにそこへ氷竜の記憶などを呼び出し、体を動かさせるというものである。そこにリエティールの意識が必要以上に入ってしまえば、彼女の不器用さが悪影響を与えてしまう。

 体を動かさず、そうしながら力を抜き、視線もただぼんやりと眺めるだけ。言うのは簡単ではあるが、やるのはほぼ不可能だ。そうしたことをリエティールは持ち前の精神面の強さをフル活用して行っているのである。


 やがて、虚ろな彼女の目の前で、掌の上の鱗が光を放ちながら中にふわりと浮かび上がり、それは徐々に強まりながら、やがて光の糸へと姿を変えて何本も飛び出したかと思うと、置かれている手袋の中へ吸い込まれるかのように編みこまれて消えていく。

 そして最後の一本が編みこまれ、光が収まった時、リエティールの顔には微かな微笑が浮かんでいた。



「──ふう、はぁ、はぁ……」


 リエティール自身の意識が戻ると同時に、彼女は大きく息を吐き出してへたり込み、そのまま崩れるように床へ伏せ、荒い息を繰り返していた。

 「意識を飛ばす」という行為に加え、複雑な魔法の行使による魔力の消費は、彼女の精神面に大きな疲労を与えたのである。肉体の疲れは無いのだが、精神の疲れにより力が入らないのであった。

 それから時間が経ち、やっとのことで回復したリエティールは、机の上に置かれた手袋を見る。

 一見すると普通の手袋であるが、それはコートと同じように小さなキラキラとしたきらめきを持ち、手首の辺りには小さな雪の結晶が現れていた。

 身につけると、その結晶はコートの袖に隠れて完全に見えなくなる。少しもったいない気もするが、これならばソレアやイップに変化が気づかれることも無いだろうと思い、リエティールは魔法の成功に一人喜んだ。

 ただし、非常に疲れるのと、鱗を引き抜くのが痛いため、他のものに行使するのはまた後日にしようと思うのであった。


 その後、リエティールは食堂で、エルタックと言う家畜の肉を焼いて特性のソースをかけ、そこに焼き野菜の添えられたケイツという、少し豪華な夕食をとり、明日に備えてぐっすりと眠るのであった。

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