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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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66.肌着事情とお節介

あんまり重要じゃない閑話のようなものです。

 三人はその後、様々な店先を眺めながら無事に宿へと戻ってきた。

 鍵を受け取るために受付へ行くと、受付嬢はお辞儀をして挨拶をし、鍵を渡すと同時にこう言った。


「それから、皆さんの洗濯物の乾燥が完了しておりますが、今お受け取りになられますか?」


 リエティールだけでなく、どうやらソレアとイップも出していたようで、三人は全員頷く。受付嬢は背後にある棚から洗濯物が入った籠を取り出し、其々に手渡していく。籠の上には隠すための布が掛けられており、これはあとで返却しなければならないものであった。

 そして、リエティールが洗濯物を受け取ったとき、受付嬢が何かを思い出したように声をかけた。


「あ、リエティールさん。 申し訳ないのですが、私の母……洗濯物の担当をしている者なのですが、貴方に少し話がしたいと伝言を頼まれているのです。

 もしこの後お時間があれば、こちらへもう一度来ていただけませんか?」


 その言葉に、リエティールは不思議に思いつつも、特に用事もなく夕食までにも時間があるのですぐに了承し、一度其々の部屋に戻ると、リエティールはすぐに受付へと戻った。

 戻った時には、受付には受付嬢だけではなく、その母親だと思われる人物が既に居り、リエティールの到着を待っていた。その人物はリエティールが来たことに気がつくと、


「わざわざ来てもらってしまって済みませんね。 でも、どうしても話しておきたいことがあって……。 こちらの部屋に来てくださいな」


と言い、受付奥のスタッフルームらしい部屋へとリエティールを連れて入っていった。

 部屋の中は片付いており、二人は椅子に腰掛けて向かい合う形になった。リエティールは何を言われるのか分からず緊張していたのだが、相手の女性は「気を楽にしてくれていいのよ」と落ち着くようにと声をかけた。


「私はこの宿の清掃と洗濯物を担当しているレウトムと言う者です。

 それで、来てもらった理由なのだけれどね。

 ……貴方のお洗濯物の、あの細長い布は何かしら? 年頃の女の子の洗濯物をじっくり見るなんて、おばさん失礼なことをしてしまったけれど、どうしても気になってしまって……」


 レウトムと名乗った女性は、少し困ったような顔をしてそう言った。彼女の言う「細長い布」は、リエティールが肌着代わりに身につけている物のことであった。

 リエティールが「こうやって……」と体に巻きつけるような動作をしてみせると、レウトムはより一層困惑を深めた顔になって、次には真剣な顔つきになり、


「それはいけないわ」


と言った。


 リエティールも初めの頃は女性が用意してくれた肌着を身につけていた。しかし彼女自身が途中でそれを拒否したのだ。

 肌着はその性質上服よりも損耗が激しい。そして普通の服のように古着をそのまま使いまわすようなこともできない。女性の服作りが生活の全てであった中で、リエティールは自身の肌着作りの為に貴重な時間を奪ってしまうことが耐えられなかったのである。そして、服にもできないような細い布切れをつなぎ合わせたものを代わりにすればいいと思いついたのだ。

 初めは女性もそれは駄目だとその行動を否定したのだが、リエティールがどうしてもそうしたいのだと頑固に訴え続けたため、向こうが折れたのであった。

 そうして新しい肌着を得ることなく、氷竜エキ・ノガードとの生活のうちに駄目になり、現在のように布を巻きつけて代用するようになった。

 布であれば幾らでも用意できるし、巻きつける手間は掛かるがリエティールはそれ程不便はしていなかった。ちなみに氷竜の蓄えの中にも、流石に人間の子供用の肌着は無かった。


 そうして数年を過ごしたので、リエティールにとってはそれが当たり前になっていたのである。なので、レウトムが駄目だと言ったことの意味を理解するのに少し時間が掛かった。


「貴方みたいな小さい子こそ、ちゃんと肌着は着ないと駄目なのよ! 汗はかきやすいし、体温調節の役割も果たすのよ。 それに……」


 レウトムは肌着が如何に大切かを語り始めた向かい側で、リエティールは心配してもらっていることは理解しつつも、どうしたものかと悩んでいた。

 それというのも、氷竜が魔力をこめたコートを着ていれば体温調節の必要が無く、それ故に汗の量も普通の人に比べると少なく、不快感のようなものや汚れも最小限に抑えられているからだ。

 しかし、そうであってもないよりある方がいいというのも事実である。リエティールはレウトムの真剣な話を聞きつつ、機会があればちゃんと揃えようと考えた。

 その時である、レウトムがそっと一つの小さな袋を差し出してきたのは。


「──だから、これでちゃんと必要最低限の数は揃えるのよ? ここを出て左手の道をまっすぐ行くと、小さい洋服屋さんがあるの。 そこでなら安いから、この袋に入ってる分だけでも十分買えるはずよ」


 なんといつの間にか肌着代をレウトムが出すという話になっており、ずいと袋を寄越されてリエティールは困惑した。


「そんな、受け取れません」


 自分にはお金が無いというわけではないため、これだけの為にお金を受け取るなどできない。ただしその罪悪感はレウトムの知るところではなく。彼女の中ではリエティールが「お金が無いので若くしてエルトネになった子」という認識になっているらしく、幾ら断っても引き下がることは無かった。

 それから暫くの間問答が続き、結局リエティールが根負けする形で話が終わり、袋を受け取ることで漸く解放された。後ろめたさに支配されたリエティールは、せめてもらった分は何としても返そうと思い、その方法として食事を思いつき、夕食は少し良いものを選ぼうと心に決めるのであった。

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