65.帰り道
リエティールとメルグの二人が模擬戦のできるスペースの方へ向かうと、その壁際に模擬戦を終えたのであろう二人組の姿を見つけた。地面にへたり込んで大きく肩で息をしているのがイップで、その隣で余裕そうな顔で腕組みをしている仁王立ちの男がソレアであった。二人が持っているのは普段使っているものではなく、怪我をしにくいように刃を潰された、模擬戦用にドライグが貸し出している武器であった。
そこへと近づくと、疲れきったイップの声が聞こえてきた。
「もう、無理っすー! 勘弁して、ください、っす……」
どうやら相当扱かれたようで、剣を鞘に収めることもせずに手に持ったまま脱力しているその様子は、なんとも言えない情けなさであった。
そんなイップの泣き言を笑い飛ばすかのように、ソレアは息一つ乱すことない様子でそれに答える。
「模擬戦を申し込んできたのはそっちからだろう? 情けないな。
両手剣相手に片手剣で挑むなら、もっと素早い立ち回りを覚えないと駄目だ。 威力で劣る代わりに軽さでは勝ってるんだ。 そこを活かせなくてどうする?
盾で攻撃を弾いて隙を作らせるのも大事だ。 今の状態だとただ怖がって逃げてるだけだぞ。 ほら、もう一度……」
ソレアがそう言って、模擬戦用の両手剣に再び手を添えようとしたところで、メルグが声をかける。
「ほらほら、そのあたりにしてください。 もう随分時間も経ってますよ」
そこで漸くリエティールが帰ってきたことに気がついたソレアは、構えかけていた両手剣を収めて向き直った。その隣ではイップが助かったというように感謝の眼差しをメルグに向けていた。
「おお、そうか。 それで、どうだった?」
ソレアにそう尋ねられ、メルグは微笑を浮かべて頷くと、リエティールの訓練振りについて話し始めた。
「飲み込みが早くてビックリしました。
正直、最初は小さい子が戦いに憧れて背伸びしようとしているのかと思っていたんですけれど、あまりにも上手に扱うもので……本気で指導させていただきました。
それにしても、本当に今日初めて槍を持ったんですか? 見た目以上に筋力があって、今まで何か鍛えるような仕事をしていたとかは……」
メルグはリエティールの膂力が未だに信じられないのか、ソレアに尋ねる。
「そんなにか? 俺はここに戻ってくる途中でこいつにあって、連れてきただけだからなんとも……どうなんだ?」
ソレアもメルグの語り方から、意外そうに驚いて、リエティールに話を振った。
話を振られたリエティールはどうしたものかと戸惑った。何もしていないと素直に答えるべきか、それらしい嘘を言って納得させるべきなのか。前者ははっきりとしないまま、もしかすると後々探られたり訝しがられたままになってしまうかもしれない。後者に関しては、下手なことを言って嘘だとばれてしまっては余計に怪しまれてしまう。
エルトネの過去に深く探りを入れない、というのが暗黙の了解であるため、ここでの正解は前者であったのだが、リエティールはそんなことは知らない。以前ソレアが彼女の過去について軽く流したのも、それが彼だからであると思っていた。
そのため、彼女は悩んだ末に「嘘でも本当でもあること」を話すことにした。
「えっと、おばあちゃんのお手伝いとか、妹の世話をしてました……?」
「おばあちゃんの手伝い」も「妹の世話」も実際にしたことではあるので本当だが、どちらも力仕事ではないので嘘でもある。リエティールはこれでいいのか自信が無かったが、メルグたちは上手く解釈してくれたようで、なるほどと納得していた。
「貴方は家族思いのいい子なのね」
メルグはそう言うと、リエティールの頭を優しく撫でた。
ドライグに戻り、昼も過ぎていたためそこで遅めの昼食を済ませた三人は、メルグと分かれてドライグを後にした。
この後は特に用事も無い為、三人は人の多い大通りの端を、店を眺めながらゆっくりと宿に向けて歩いていった。
改めて通りに並ぶ店を見てみると、様々な種類の店舗が軒を連ねていた。エルトネが多い故か、食べ歩きができるような、ファストフードを売っている店が多く、漂ってくる匂いは食後であるにも拘らずリエティール達の購買意欲を誘った。ソレアは何度か負け、気がつけば両手に食べ物を持っていた。
リエティールが特に興味を示したのは道具屋であった。魔操種の気を引く為の餌や匂い袋、傷口の直りを早めたり痛みを和らげるための薬、ソレアも持っていた獲物を縛り上げるためのロープ等、戦いで使うための道具を扱っているところもあれば、いくつかの機能を複数備えたナイフであったり、服を洗うための洗剤、コップや皿などの食器など、日常で使う品々を揃えたところもあった。そうした細々とした物が大量に並んでいる様はリエティールの好奇心をくすぐり、初めて見るものばかりであった。
「前にもお前に誘われて雑貨屋に寄ったことがあったな。 こういうのが好きなのか? なんなら寄っていくか」
そんな様子に気がついたのか、ソレアはリエティールにそう声をかけた。そう言われて、リエティールは以前寄った雑貨屋のことを思い出す。その時買った羽根のブローチは結局仕舞いっぱなしであったのを思い出して、彼女はコートの隙間に手を差し込んでそれを取り出した。
「おお、それだ。 それ、つけないのか?」
ソレアはブローチを見てリエティールに尋ねる。リエティールも折角今思い出したのだから、忘れないうちにと、コートの胸元にピンを刺して固定した。黒と白の色合いはよく似合い、ソレアは頷きイップも「似合ってるっすよー!」と褒めてくれた。




