64.基本属性と氷
「はっ!」
鋭く息を吐きつつ、トスッという小気味良い音と共に槍の穂先が木のダミー人形の胴体部分に突き刺さる。
「上手よ。 じゃあ次は頭の部分を狙ってみて」
リエティールの後ろからメルグが指示を出し、リエティールはそれに頷き従って再び槍を構える。
そうして狙った場所を突くという練習を只管繰り返し、少しずつ構える姿が様になってきていた。狙いのつけ方もメルグが丁寧に指導し、ブレの少なさも相まって見る見るうちに正確に突けるようになっていった。
それから暫くしてメルグが休憩しようと声をかけ、リエティールは額に滲む汗を拭って隅へと移動する。壁に寄りかかって火照った頬を触っていると、メルグはいつの間にか用意した水を一杯手渡した。リエティールはそれをありがたく受け取り、飲み干して一息ついた。
「貴方は筋がいいわ。 今日初めてって言う割には上達が早いし、狙いも正確にできてる。
まだまだ一流と言うには程遠いけれど、今の時点でこれだけできていれば上出来よ。 びっくりしたわ。 基礎はもう大丈夫そうだし、後は実戦で力をつけていくのがいいと思うわ。
同じ槍使いとして、貴方みたいな有望な新人が現れてくれて嬉しいわね。 私も負けないように頑張らなくちゃ」
メルグはそう言ってリエティールの筋の良さを絶賛した。氷竜の力で身体能力が向上しているという部分も大きいが、元々彼女は覚えが良く、不器用であったこと以外は成長が早かった。リエティールは手放しで褒められたことに少し照れた様子で「ありがとうございます」と言った。
そろそろソレア達のところへ合流した方がいいだろうということになり、模擬戦ができる場所のほうへ向かって歩いている時、リエティールは先ほどの魔術師の青年の姿が偶然目に付いた。彼らはいつの間にか的からダミー人形へ移動していたようで、周りの人々の注目を集めていた。
魔術師の青年は二人に守られるかのように挟まれる位置にいて、ダミーに向かってまっすぐ手を伸ばし、一瞬力んだように見えた。するとダミー人形が小さく揺れ、よく見ると小さな斬撃のような切り傷が増えていた。
それと同時にあたりがざわめき、彼のパーティであろうとされる二人も嬉しそうに話しているのが聞こえてきた。
「やっぱり魔法って凄いわね! 風の攻撃なんて目に見えないし、絶対強いわ!」
「ああ、お前とパーティを組めてよかった」
興奮気味に話す女性に、頷いて同意する剣士の青年。それに対して魔術師の青年は恥ずかしいのか恐縮しているのか分からないが、目を落ち着きなく動かしながら、
「そんな、僕なんてまだまだ弱いよ。 こんなこと、魔力があれば誰だって……」
と、言葉尻を弱くしながら答え、最後のほうにはリエティールの位置からは全く聞こえなくなっていた。
「やっぱり、あの子は風の魔術師だったのね」
リエティールが見ていることに気がついたのか、いつの間にかメルグも青年たちの方を見て立ち止まっていた。
「やっぱり?」
魔術師だと予想していたのは知っていたが、「風の」のところまで予想していたのかと思い、リエティールは首をかしげた。
「ああ、知らない? このあたりだと風の魔術師が多いのよ。 一番出回っているのが風属性の命玉だからね。
ワルクとか、あとはレフテフ・ティバールなんかも風属性の魔操種ね。
このあたりだともっと雪深いところに向かえば、氷属性の魔操種も見つかるかもしれないけれど、数が少ないのよね。 基本属性扱いだけれど、光と闇よりもちょっと多いくらいだと思うわ」
レフテフ・ティバールという言葉はリエティールは初耳だったが、恐らくワルクと同じように魔操種の名前なのだろうと考えられた。
それから思わぬ形で氷属性の希少性についての情報が得られた。光や闇と比べると少し多い程度だという。闇属性については知識がなかったが、光属性のことは以前ソレアに聞かされていた。光の魔術師は治癒術師と呼ばれて国に抱えられるくらい、その希少性について話されたのを覚えている。並べて言われるということは、闇もそれと同じくらい貴重なものなのだろう。
そして氷が他の基本属性よりもそれらの方に近い位希少だということを考えると、ソレアが驚くのも頷ける。そして迂闊に話すなと念を押されたことにも納得がいった。それ位珍しいのであれば、確かに誰かに目をつけられてもおかしくはない。
リエティールは最初に話したのがソレアであってよかったと思い、心の中で静かに感謝した。
それと同時に、何故氷の属性はそれ程希少なのかと言うことに疑問が湧いた。
氷と言えば氷竜の司る属性である。リエティールは意識を記憶のほうへ集中させ、魔操種の誕生に関する記憶を探ってみた。すると、それは案外すぐに見つかり、理由も分かった。
魔操種がこの世に生じ始めた時、氷竜は世界中に漂う氷の魔力を自らの元へ無理矢理集めて閉じ込めたようであった。人間を愛していた氷竜にとって、たとえ自分と関係の無い存在だったとしても、同じ属性の存在が人間を傷つけるのを嫌がったようであった。そうして氷の魔操種の出現は大きく遅れ、氷竜が魔力を温存するようになって漸く現れ始めた、といった経緯が見えた。
そしてその時に、自らの体に強制的に取り込むために無理をして魔力を消費させていたようであり、そのあたりの記憶を探っていくと息苦しさを思い起こさせた。
「どうしたの? 少し顔色が悪いようだけれど、疲れが出ちゃったのかしら……」
メルグにそう声を掛けられ、リエティールは意識を現実に戻した。どうやら記憶を探ったことで覚えた息苦しさが顔に出てしまっていたようであった。
リエティールはなんでもないと首を横に振り、再び魔術師の青年のほうを見た。彼らは満足したのか訓練場から帰るようで、どうやら興奮気味の女性と剣士の青年は魔術師の青年を間に挟むことを忘れてしまっているのか、彼が二人の後ろをついて歩く形になっていた。




