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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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63.緑髪の青年

 ドライグの裏庭、練習場の片隅で、リエティールはメルグの指導の下槍の構えを教わっていた。


「そう、利き手を後ろに、反対の左手を前に構えて……」


 メルグはリエティールのすぐ後ろに立ち、手を添えて丁寧に教える。リエティールはされるがままに素直に従い、順調に知識を吸収していった。


「突き出すときは右手を前に、左手の中を滑らせるように……手首はこう動かすの」


 リエティールはメルグに動かされるまま槍を前に突き出す。突き出された槍はまっすぐ目の前の宙を貫く。


「こんな感じよ。 さあ、次は貴方だけでやってみて」


 メルグはそういいながらリエティールの腕から手を離し、一人で一連の動きをするように促す。リエティールはそれに一つ頷くと、間違えないように慎重に構えの姿勢をとり、感覚を思い出しながら槍を前に突き出す。槍は先ほどと同様にまっすぐ前に飛び出す。

 それを見たメルグは大きく頷くと、拍手をしてリエティールを褒めた。


「一回でここまでできるなんて、センスが良いわね。 まだ動きはぎこちないけれど、初めてなんだし、慣れれば体が覚えて自然とスムーズにできるようになるはずよ。

 それに、支えてる左手のブレが少ないわ。 普通の子どもだったら腕の筋力が足りなくてもっとブレると思うのだけれど……その小さな体の細腕のどこに、そんな膂力があるのかしら。 不思議だわ」


 そう言いながらメルグはそろりと腕を伸ばしてリエティールの腕に触れる。メルグは不思議そうにしながらリエティールの腕をじっくりと触る。どうしたらいいのかわからずにリエティールが困惑していると、それに気がついたメルグは慌てて手を離した。


「ああ、ごめんなさい。 私ったらつい……気になるとすぐ夢中になっちゃうの、悪い癖ね」


 彼女はそう悪びれながら小さく笑い、切り替える為に両手を胸の前でパンと一叩きすると、


「さて、次はダミーを使って実際に突いてみましょうか。 列に並びましょう、ついてきて」


とリエティールに声を掛けると、ダミー人形がある方へと向かい始める。ダミー人形は特に初心者の訓練に人気が高く他より数が多いのだが、初心者が多いこのドライグではそれでも列ができていた。

 二人が順番待ちの列の最後尾についた頃に、メルグはふいに入り口の方へと顔を向けると、少し驚いたような声を漏らした。


「あら、珍しい」


 その声に釣られてリエティールもそちらへ目線を向けると、三人のエルトネのグループがいるのが見えた。一人は明るい青髪の片手剣を持った青年で、もう一人は橙色の長髪を三つ編みにした弓を持っている若い女性。そして残る淡緑の、片手剣の青年と同じくらいに見える男性は、武器らしいものは特に身につけているようには見えなかった。


「どうしたんですか?」


 変わったものを見るようにじっとそちらを見つめているメルグに、リエティールが不思議がって声をかける。


「あっちの、あの緑の男の子、魔術師ストラみたいだから珍しいなと思って」

「魔術師?」


 魔術師と言う言葉に驚いて、リエティールはもう一度そのエルトネ達の方を見る。三人は離れる様子はなく、的を使う為に全員で一つの列に並んでいた。


「あの三人はきっとパーティね。 前衛一人なのはちょっと大変そうだけど、剣の子は雰囲気が落ち着いているし、それなりの実力はありそうだわ」


 メルグは興味深そうに三人組の様子を窺いながらそう話す。


「あの、どうしてあの人が魔術師だって思うんですか?」


 リエティールが尋ねると、


「あの子武器を持っていないでしょう? まあ、暗器をメインにしているアサシンみたいな子っていう可能性もあるけれど、その割には服装がゆったりしているし、素早い動きが求められる戦い方をしているようには見えないわ。 腕や脚も細いし……まあ、貴方みたいに見かけによらないってこともあるかもしれないけれど。

 そんな感じ。 武器を持たない後衛っぽい職ってなると、魔術師だと思うわ」


とメルグは答える。その話を念頭に置いてもう一度緑髪の青年を見てみると、確かにその通りであった。ゆったりとしたローブのような服からは、素早く動く姿は想像しづらい。その腕のシルエットや裾から覗く脚も確かに筋肉がついているといった様子ではなく、寧ろ細く見える。ローブも羽織る形ではなく被る形のもので、その中に武器を隠していて咄嗟に取り出す、というのは無理そうであった。

 リエティールはメルグの観察眼に感心しながらも、そうした観察眼はこの先旅をしていく上で身につけて行ったほうがいいだろうと考え、今得た知識はしっかりと仕舞っておこうと考えていた。


「恐らくあの子は駆け出しの魔術師ね。 普通戦いなれた魔術師だったらこんなところで練習しないもの」

「どうしてですか?」


 リエティールが再び尋ねると、メルグは快く答える。


「魔術師は吸収した魔力を消費して戦うの。 そしてその魔力を吸収するための魔法薬スタール、その原料である命玉サール、どちらも高価だし自力で手に入れるのも一苦労の物でしょう? だから扱いに慣れたら練習なんかで無駄に消費はしないものなの。

 こんなところで練習するくらいなのは、まだ魔法は殆ど使ったことの無い新人くらいよ」


 メルグはそういった後、「でも」と言って心配そうな表情を作る。


「こんなエルトネが一杯いるところで、駆け出しの子が練習するのはちょっと見ていて不安だわ……。

 魔術師って、よからぬことを考える奴等に狙われやすいのよね。 エルトネの中には血の気が多くて悪巧みを考えてるような人間ナムフも多いから、駆け出しの魔術師と分かれば狙ってくる人もいるはずよ。

 他の二人はあの子よりも戦いなれていそうだけれど、熟練っぽい雰囲気はないし……あら、私ってばお節介かしら」


 リエティールは以前ソレアに言い聞かされたことを思い出す。あの時のソレアの真剣さや、今のメルグの心配そうな様子からも、いかに危険であるかということは想像に難くない。

 緑髪の青年はリエティールよりも年上ではあるが、細身であるし、かと言って俊敏に動けそうな雰囲気でもない。もしかすると運動が得意だという可能性もあるが、あの見た目であれば侮って襲い掛かろうとする人物がいてもおかしくはない。

 リエティールはメルグの考えに同意しつつも、心配しても今はどうしようもないという結論を出し、メルグも頷いて訓練の方へ意識を集中させることにした。

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