62.槍使い
リエティールは早速買った槍を背に負う。簡易なもののため剣の鞘のようなものの用意は無く、布を巻きつけただけのものである。彼女の身長より長くはあるが斜め掛けにすれば歩くのに支障は出ない。
三人は再びドライグに向かっていた。依頼を受けるためではなく、リエティールの訓練のためであった。
「ドライグの裏手には訓練場があって、いろんなエルトネが実戦に備えて自主的に鍛えている。
そこで槍使いのエルトネにでも会えればいいんだがなあ」
ソレアがそうリエティールに言う。
ドライグの訓練場には多くのエルトネが集まり、リエティールのような駆け出しのエルトネが基礎を学ぶ為に練習したり、玄人同士が模擬戦を行ったり、体が鈍らないように動かす為に来ていたりと、毎日休むことなく賑わっている。そんな訓練場には当然ながら様々な武器の使い手が集まり、珍しい時には魔術師が来ていることもある。
槍使いもそこまで数は多くないが、訓練場でなら合える確率は高く、実際に使っている人に基礎を教えてもらうのが一番だろうとソレアは考えていた。
「でも、ソレアさんも基礎は知っているっすよね。 もしいなくてもソレアさんなら大丈夫っすよ!」
「そりゃ、槍使いと何度か模擬戦をしたことはあるから、多少は知識はあるが……。 使われるのと使うのじゃかなり違うだろ。
まあ、最悪は俺が教えるが、そうならないほうが助かるな」
イップがソレアを持ち上げ、ソレアがそれに対して困ったように返す。イップはソレアのことをかなり慕っているようだが、こうして過剰に持ち上げてしまうところには、ソレアは苦労しているようであった。
そうこうしている内にドライグへ到着し、三人は人混みを避けて裏手へと回る。そこにはまた沢山の人が集まっている広い裏庭があった。所々に木でできたダミーや的があったり、岩や土で障害物のある自然の地形を小さく再現したスペースなどがある。
流石に密集状態で武器を振り回すと危ないことが分かっているのか、列を作ってスペースが空くのを待っている集団があちらこちらにあった。
「お、あれは……ついてるな」
ソレアはイップとリエティールが離れないように気をつけながらあちこちを見渡し、壁際に丁度休憩中であろう、ある見知った顔の人物を発見した。
その人物は背の高いすらりとした女性で、赤紫の長髪を高い位置で一つに結い、水筒に口をつけて一息ついているようであった。しなやかな手足は遠目から見ても筋肉で引き締まっているのが分かる。
「久しぶりだな、少しいいか?」
ソレアが二人を引き連れて近付きながら声を掛けると、女性は気がついて振り向きながら返事をした。
「あら、貴方は……。 奇遇ですね、どうしました?」
女性の横に立てかけられている槍は、リエティールが持っている槍よりも1.5倍ほどの長さがありそうであった。比較対象が短いというのもあるが、女性の背が高いというのもあった。ソレアも大柄だが、女性も平均的な身長と比べたらずっと高いのだろうと考えられた。
「ちょっと頼みごとがあるんだが、今は平気か?」
「ええ、今は休憩していただけですし」
ソレアの問いに頷いて、女性は立てかけていた槍を手に取る。その姿はとても様になっていた。
「それはよかった。
リー、紹介する。 こいつは槍使いのメルグだ。 以前何度か手合わせしたことのある相手でな。 顔見知りなんだ」
リエティールに顔を向けてソレアが女性を紹介する。リエティールはそれに答えて、
「リエティールです」
とぺこりと頭を下げた。女性はその背に槍が背負われていることに気がつき、少し目を見開いて、
「あら、貴女も槍を使うの?」
と尋ねた。
「ああ、そのことで頼みごとがあってな。
こいつは今日初めて槍を持つんだ。 だから、槍使いに槍の基礎を教えてもらいたくて探していたところなんだ」
ソレアがそう言うと、女性は納得したように頷き、
「そう、そういうことなのね。 わかりました」
と言うと、リエティールに向き直り、身を屈めて目線を合わせると、にっこりと微笑み、
「私はメルグ。 ランクは五だから、それなりに槍には自信はあるつもりよ。
貴女は同じ武器を志す新人さんね、歓迎するわ」
と名乗った。リエティールは再び頭を下げ、
「ありがとうございます。 えと、私のことはリーでいいです。
あの、よろしくお願いします」
と感謝を伝えた。メルグは満足そうに頷くと、「よろしくね」と言い、リエティールの頭をそっと撫でた。
しかし、その次にはその顔をきっと引き締めて、
「さて、教えるからにはきっちり教えるわよ。 まずは基本の構えからね」
と宣言し、リエティールの腕を引いて空いているスペースを探して歩き始める。いきなりの行動に困惑しながらリエティールがソレア達の方を振り向くと、
「ソレアさん! おいらと模擬戦をやってくださいっす!」
と、イップがソレアに頼み込んでいた。ソレアはと言うとリエティールを見ながら困った顔でどうしようかと悩んでいた。お人好しな彼はリエティールが武器を使うところを心配し、見守っていたいと思っているのだろう。
「……ソレアさん、あんまり心配するのもメルグさんに失礼っすよ?」
イップがやや目を鋭くしてソレアに言う。ソレアは返答に困ったように言葉を詰まらせ、それから諦めたように息を吐いて、
「わかった。
メルグ、リーをよろしく頼む」
と言いながら、彼らは別のところへ向かっていった。メルグは「任せてください」と良い笑顔で返事をし、リエティールはただされるがままにメルグに連れて行かれるしかなかった。




