61.ぴったりの武器
工房の中に入るとそこには熱気が満ちていた。そして、その一角で椅子に腰掛けて額の汗を拭って一息ついている男性がいた。
「父さん、武器の注文だ」
エレクニスは座っている人物、即ち彼の父親である店主にそう声をかけた。声を掛けられた男は漸く気がついたという風に顔を向け、手を軽く挙げてから椅子から立ち上がり、四人の下へと近付いてきた。
「よう、ソレアにイップじゃねえか。 それで……武器を買いたいってのは誰だ? まさかそっちの嬢ちゃんか?」
彼は顔見知りの二人に声をかけた後、その背後に立っているリエティールに視線を向けた。リエティールが頷くと、彼は豪快に笑って言った。
「がはは! そうか! お前さん、戦うつもりなのか! 見かけによらず肝が据わってるんだな!
よしよし、俺はここの店主のニリッツだ。 お前さんにぴったりの武器を気合を入れて作らせてもらうぜ!」
リエティールのことが気に入ったのか、彼はそう言って肩を回して気合を入れていた。
ニリッツはそれなりに年を取っているようだが、鍛えられた腕は筋肉で張っており皺の一つも無く、眉は太く吊り上り気味だが、垂れ目なためか目元からは優しげな印象を受ける。一見するとエレクニスとは受ける印象がまるで違うが、碧色の目や輪郭は似ているように思えた。
エレクニスはニリッツに、先ほど決めたリエティールのための槍と短剣について話をする。ニリッツは頷きながらそれを聞くと、リエティールを呼び寄せてその身長を測り、腕や手をじっくりと見た。それから近くにあった黒い鉄の板に何か文字を書きつけていく。作る上でのメモなのだろうか、その字はお世辞にも上手いとはいえないようなもので、リエティールたちには読めなかった。
そして一通りの作業を終えた彼はリエティールを解放し、
「よし、後は俺達に任せておけ。 リエティールって言ったか? お前さんにぴったりの武器をすぐに作ってやる!
今は他に注文も無い。 一週間もすればできているだろうから、その頃に来ればいい」
と言った。それから彼はソレアのほうに向くと、
「ああ、そうだソレア。 そろそろお前さんの剣も使いこんでへたってきた頃じゃないかと思ってな。 ほらよ」
と言い、壁に立てかけられていた一振りの剣をソレアに渡した。ソレアは突然のことに驚きつつもそれを受け取り眺め、
「あ、ありがとうございます。 ええと、それでこれは幾らなんです?」
と答えた。どうやらこうして新しいものを渡されるというのは初めてではないらしく、いきなり渡されたときは驚いた顔をしていたが、値段を尋ねる彼は落ち着いていた。
「ああ、色々と改良を重ねてな。 切れ味も握り心地も今お前が使っているものよりずっと良くなっているはずだ。
ま、お前は所謂モニターみたいなところだ。 今ある剣と交換で銀貨一枚でどうだ?」
彼は笑顔でそう言う。ソレアはそれに対して特に文句を言うでもなく、今もっていた剣と銀貨一枚を手に取るとニリッツに渡し、新しい剣を手にとって構えてみていた。
「確かに、握り心地今までのものよりもいいな……。 使いこんで手に馴染んだ剣と同じように扱える」
その握り心地に満足そうに呟きながら、彼はその剣を鞘に収めて背に背負った。ニリッツも受け取った銀貨を仕舞い、剣を工房の壁に立てかける。両者とも慣れた手つきでそれらのやり取りを行っていた。
「ソレアは父さんのお気に入りらしくて、いつもああやって新しく作った剣を一番に渡しているんだよ。 しかも形はソレアの手に一番しっくり来るようにしている」
エレクニスはそんな二人の様子を微笑ましそうに見ながらリエティールにそう言った。イップはその隣でうんうんと頷きながら、
「いい関係っすよねー。 おいらもああやって強い信頼関係みたいなもののある相手がほしいっす」
と、憧れの眼差しで二人のやり取りを見ていた。
そんなこんなで専用の武器の注文を終え、リエティールは店舗のほうへ戻ると、そこで少し待っていて欲しいとエレクニスに言われた。
どうやら、リエティール専用の武器ができるまでの間使う為の、出来合いの武器を探して持ってくるようであった。確かに、武器ができるまで戦うことができないとなると、ソレア達と共に魔操種と戦うということはできない。それをすっかり失念していたリエティールは、素直に頷いて暫く待つことにした。
エレクニスを待つ間、三人は置かれている武器を見て回った。ソレア曰く、普通は初めて買う武器はこういう出来合いのものが普通らしい。リエティールの場合は普通の駆け出しのエルトネよりも体格が大分小さいため、扱いやすい武器は作るしかないのであった。
今頃エレクニスはリエティールのために在庫の中から小さいものを頑張って探しているのだろう、などとソレア達が思っていると、鍛冶工房から聞こえる鉄を打つ音が聞こえてきた。ニリッツがリエティールの武器をすぐ作ると入っていたが、流石にまだデザインや素材の見定めは思っていないだろう。それに、その音は普通に金属を叩く音に比べるとどこか鋭いもののようにも思えた。
しかし、鍛冶の知識の無い三人には「なんとなく不思議な気がする」程度のことにしか思えなかったので、特に気にすることは無かった。
その音が鳴ってから暫くして、短めの槍を手にエレクニスが工房から出てきた。リエティールの身長より少し長いくらいのその槍は、一般的な青年女性向けの槍と比べても幾分か短い。
「へえ、リエティールの身長なら丁度いい長さだな。 よくそのサイズの槍があったな」
ソレアがその槍を見てやや驚きを込めた声でそう言うと、エレクニスは額に滲んでいた汗を首にかけていたタオルで拭うと、首を左右に振った。
「いや、これは今用意してきた」
「は?」
ソレアが思わずそう言い、リエティールもイップも疑問符を頭上に浮かべていた。エレクニスは手に持っている槍をリエティールに手渡しながら、
「どれもこれも丁度いい大きさではなかったから、手頃な槍をみつけて今柄の長さを切断して短くしてきたんだよ。
大剣が持てたリエティールさんなら、普通の女性向けの槍でも大丈夫かとは思ったけれど、お試しってことで念のためにね。
元々の大きさからバランスを整えないで変えてしまったから、あまりいいものではないけれど、繋ぎの間だけはこれで我慢して欲しい」
と答えた。彼はさらりと言うが、三人からすれば何を言っているんだと突っ込みたくなることであった。リエティールは受け取った槍の柄を見る。切断したと言っていたが、丁寧に仕上げられていて、とても突貫工事で短くしたとは思えないようになっていた。
「あの、ごめんなさい」
自分のせいで手間を掛けさせたのだと思いリエティールが謝るが、エレクニスは涼しい顔で笑みを浮かべ、気にするなと言うように手を振った。
「この店のモットーは誰にでも満足してもらうことだから、手間を惜しんじゃいけないのさ。
そうそう、それから、その長さは身長を元に決めたものだけれど、使ってみて何かあったら遠慮なく言って欲しい。 早い段階だったら作りなおせるからね」
そう言う彼の笑みはキラキラと輝いて見えた。やはり鍛冶工房には似合わない爽やかさだなあ、などと感じながらも、リエティールは深く頭を下げて感謝を告げた。
簡素なつくりだから、とエレクニスは槍の代金を受け取るのを渋ったが、手間を掛けさせたからと払うのを譲らないリエティールに根負けして、最終的に銅貨3枚を払う形で収まり、三人は店を後にした。




