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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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58.イップの絶賛

 部屋に入ったリエティールは中にあるものをざっと見回して確認した。一人用のベッドに机と椅子、そして棚と一つの窓と、以前借りた一人部屋と置かれているものは大差なく、それよりも若干狭いようにも思えたが、それだけであり、大きな町の中にありながら半額にできるとは俄には信じがたかった。

 そんなことを思いながら、リエティールは置く荷物なども無いので、部屋を出て食堂のメニューを見に行こうとした。そこで、同じく部屋から出てきたばかりのソレアと鉢合わせた。


「ソレアさん」

「ん、リーか? どうした?」


 リエティールは声をかけながら、ソレアの腕の中を見ていた。鎧と武器を外して軽装になったソレアの腕には、換えの服と貨幣が入れられていると思われる袋が抱えられていた。

 そんな不思議そうな視線に気がついたのか、ソレアは自らの腕の中に目を落としつつ、リエティールに説明した。


「ああ、これか。 これからちょっと汗を流そうと思ってな。 ここ最近はずっと町を出ていたから、この機会に洗っておこうと思ってな。

 なんならおごるから、リーもどうだ? お前も疲れてるだろうし、オルで体をほぐすといい。 この時間に丁度湯が沸かされるんだ」

「おる?」


 耳慣れない単語にリエティールが首を傾げると、突然ソレアの部屋の隣の扉が勢いよく開かれ、中からイップが飛び出してきた。そしていきなり饒舌に語り出した。


「そうっす! オルはこの宿の一番の特徴と言っても過言じゃないっす!

 なんでも、この宿の創設者は異国の小さな国の生まれらしくて、そこではお湯に浸かって疲れを取る文化が広まっていたそうなんっす。

 それで、それを恋しく思った創設者は、小さい湯船をこの宿に作って、自分だけでなく宿の利用者にも提供を始めたんっすよ。 それがオルっす!

 ただ、この国じゃそんな文化は根付いてないっすから、全然利用者がいないらしいんっすけど、めちゃくちゃ気持ちが良いんっすよ! それはもう」

「いいから、わかったから、落ち着けイップ」


 相当この宿が好きなのか、喋り出すととまらないイップをソレアが静止する。まだ喋り足りなさそうな顔をするイップに呆れたようにため息を吐くソレア、それを見てただ苦笑するしかないリエティールは、そのオルというものに少し興味を持ち、ソレアの言葉に甘えようかと思い、一度部屋に戻って着替えを取ってくると言った。


 リエティールは部屋に戻ると念のために鍵をかけ、それから時空エマイト魔法で顔の大きさくらいの小さな空間の穴を開く。そしてその中に腕を入れ、一着の服を引っ張り出した。いつかの、リエティールがお気に入りの服を汚してしまった時、代わりにと女性が与えた服であった。幸いにも大きめなものだっため、今でも着られそうであった。

 その服を手に部屋を出てソレア達と合流し、彼らの後を追って受付まで行く。


「三人分、オルの利用を希望したいのですが」


 ソレアがそう言いながら硬貨を袋から取り出してカウンターに置く。受付嬢はそれを確かめて手に取り、


「はい、現在ご利用になられている方はいらっしゃらないので、今すぐご利用になれますよ」


と答え、其々に貸し出し用のタオルを手渡すと浴室へと案内する。

 食事スペースや部屋のある方とは反対の、受付に向かって左手にある道を進むと、二つの扉があり、左手が女性、右手が男性用と分かれていた。受付嬢は「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げると、受付のほうへと戻っていった。リエティールとソレア、イップはそこで分かれることとなり、其々の扉の中へと入っていく。

 扉の中は脱衣所になっており、リエティールはそこにあった籠に着替えの服と脱いだ服を入れる。脱衣所の壁には大きな張り紙があり、何かとリエティールが見ると、脱いだ衣服を使ったタオルと一緒に備え付けの袋に入れて提出すれば、洗濯して干してくれるらしい。

 そんなこともしてくれるのかと驚きつつ、リエティールはタオルを体に巻いて浴室に入る。中には小さな木の椅子と桶、部屋の半分を占める湯船があった。それ程大きくは無く、三人ほどが並んで入ったら一杯になるであろう程度の大きさではあったが、リエティール一人であれば十分くつろげる広さであった。

 リエティールは今まで生きてきて、湯に浸かるどころか、湯を浴びたことすらなかった。濡らした布で体を拭くことはあれど、こうして湯に浸かって疲れを取るなどということは未体験なため、壁に書かれていた説明書きに従って、慎重な手つきで桶を手に取り、湯船から湯を掬って体にかける。温かいお湯に浸かった時にどうなるか分からないので、念のため、鱗は前もって隠しておいた。


「ふあ……」


 その染み入るような感覚に、思わず緩んだ声を漏らす。そのまま暫し動きを止めていたが、じっとしていると冷えてくる。再び桶に湯を汲み、念入りに体を洗い流してから、ゆっくりと湯船の中に脚を入れる。

 少し熱めのお湯に気後れしつつも、両脚を入れる。段差があったのでそこに腰掛け、漸く気が解れて一息ついた。お湯の温度にもすぐに慣れ、体の疲れが解れていくのを感じる。未体験の心地よさにうっとりしながら、リエティールはイップが絶賛する気持ちを少し理解した。

 それから暫し時を忘れてぼうっとしていたが、熱くなってきたところで直ぐに湯船から出た。説明書きの注意事項に「のぼせるため長湯厳禁」と書かれていたのを思い出したためである。


 脱衣所に戻ったリエティールは濡れたタオルを取り、もう一枚渡されていた大き目のタオルで体を拭き取り、着替えの服を身につける。そして脱いだ服をタオルと共に袋に一まとめにする。


 火照った頬に手を当てながらリエティールは浴室を後にし、受付で袋を返却する。そのまま食事スペースに向かうと、ソレアとイップの姿があった。どうやら二人は先に上がって食事をしていたようであった。

 リエティールが近付くと二人も気づき声をかけてきた。そのまま隣の席に座り、イップが絶賛するデューウェットを注文した。あまりにもイップが推してくるため、断りづらくなったリエティールにソレアが気を遣い、上手いことイップを言いくるめてイップのおごりと言うことでまとめたのである。

 運ばれてきたデューウェットは、エトマーのドライグで食べたものとは色が違っていた。ドライグで食べたのは白かったが、こちらは濃い茶色をしており、入っている肉の種類も違っているようであった。不思議に思いながらもリエティールは口にし、そのまた違った美味しさに舌鼓を打った。そのすぐ側でイップが感想をくい気味に聞いてきていたのを、ソレアが制止していたのだが、夢中になっていたリエティールはそんなことには気がついていなかった。


 食後は各々部屋に戻り、また明日と言葉を交わして、その日はゆっくり穏やかな眠りについた。

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