57.これからのこと
イップは大通りの人混みの中をすいすいと進み、いつの間にか大通りから逸れて少しずつ狭い道へと入っていく。人通りがすっかりなくなっても進み続け、細い路地の中にある宿の前でようやく立ち止まった。
「ここっす!」
そう言ってイップは宿を指差した。茶色いレンガ造りの建物に、「センドリブ」と書かれた木の看板が掲げられており、見た目は質素だが温かみのある印象を与えた。大きさは周囲の建物と比べるとやや大きめだが、ドライグを見た後では随分とこぢんまりとしているようにも思える。
そんな風に考えながらリエティールがぼうっと眺めていると、イップは隣でこの宿がいかにすばらしいかと言うことを語り出した。
「ここの宿は超穴場なんっすよ! 大通りから外れていて目立たないっすけど、その分価格が抑えられているっす!
それに完全ソロのエルトネ向けで、部屋は全部個室なんっす! 一つ一つは狭いっすけど、その分静かで落ち着いて過ごせるんっすよ。
なにより食事がうまいっす! そこらの安い店なんかよりずっといいっす! 特にデューウェットは絶品で……思い出しただけでよだれが出そうっす……」
イップはうっとりとしながら今日の夕食に思いを馳せているようだった。そんな彼の様子にリエティールがどうしたものかと立ち尽くしていると、背後から声が掛けられた。
「よう、もう来てたのか」
その声にリエティールが振り返ると、立っていたのはソレアだった。それに気がついたイップは飛んでいっていた意識を直ぐに戻して挨拶を返した。
「お疲れさまっす! ソレアさん、今日は早かったんすね?」
「ああ、そういやリーに宿の場所を話すのを忘れていたと思ってな。 早めに切り上げてドライグに向かったんだが、受付でイップが連れて行くって伝言を聞いてな。
無事に来られたようでよかった」
そう言って、ソレアは二人を伴って宿の扉を開いた。
入って直ぐ正面に受付、その右側に客室へと続く奥への道と、食事のできるスペースがあった。
三人は受付へ向かい、ソレアとイップは其々名乗ると部屋の鍵を受け取った。そして次にリエティールが部屋を取る手続きをする。
とりあえず、エフナラヴァの命玉のアクセサリーが完成する目安として言われた一週間分の部屋を取ることにし、銀貨七枚分を支払った。ここに来るまでの道中で最初に泊まった宿屋で一泊銀貨二枚だったことを考えると、半額ということになる。イップが言う通り、この宿屋はかなり良心的な価格のようだ。
とは言え、ドロクの町から出て以降、手持ちの貨幣は減るばかりである。まだ白金貨が崩れていないとは言え、こうしていつまでも払い続けていてはいずれ底をついてしまう。部屋に向かう間にソレアとイップにその不安を伝えると、二人は頷いて話し始めた。
「確かに、一日銀貨一枚以上稼ぐとなると何もしないわけにはいかないな。 せめて簡単な荷物運びや御使いなんかの依頼でもいくつかこなさないとならないな」
「折角エルトネになったんっすから、手頃な依頼を見つけないとっすね」
そんな風に話しながら部屋の前まで来た頃、ソレアは一つの提案をした。
「なら、俺達と一緒に魔操種の討伐に行かないか?」
それを聞いて驚いたのは、リエティールではなくイップの方であった。
「えっソレアさん!? まさかリーにも戦わせるんっすか? そんな無理に討伐なんかしなくても、町中での依頼で銀貨一枚なんて安全に貯められるっすよ?」
どうやらイップはリエティールに戦わせるのは反対のようであった。確かに傍から見ればリエティールは華奢な少女である。イップよりも若く見え、戦闘経験があるようにはとても見えない。実際に戦闘経験と言えるようなものは今までした事がなく、やったことと言えばソレアが上位種のワルクと戦っている最中にこっそりと手を出したくらいである。イップが心配するのも当然であった。
それを聞いて少し困り顔になりながらも、ソレアは反論する。
「でもなあ、リー。 お前は旅に出るんだろう? そうなると戦いの経験は必ず必要だ。 俺達はこの町から離れる予定は無いからずっと一緒に戦ってやることもできない。
手っ取り早く戦闘について学ぶなら、俺達が手伝える内に弱い魔操種と戦って実戦経験を得るのが一番だ。 この辺りなら弱いやつしか出ないしな」
その通りだ、とリーが首肯すると、イップは一層驚いて二人の顔を交互に見やる。目がせわしなく動き回り、混乱している様子であった。
「え、ええーっ!? リーは旅に出るんっすか!? この町を拠点にして過ごすんじゃないんっすか!?
たったた、戦うんっすか!? 本気っすか!?」
その慌て振りを面白がりながらも、ソレアは静かにしろとイップの口を塞ぐ。息を詰まらせながら暫く動揺し続け、漸く落ち着いたところで一息つくと、イップは未だに信じられないといった口ぶりでリエティールに言った。
「まさか旅に出るつもりだったなんて……おいら、てっきりこの町で一緒に活動していくものだと思ってたっす……。
あー、折角後輩ができたと思ったら、ずっと一緒にいられないなんて……残念っす。 それに、失礼かもっすけど、リーが戦うところは想像できないっす」
すっかり意気消沈した彼の様子に、リエティールもソレアも苦笑しながら、ソレアがその肩に手を置く。
「まあ、リーはお前が思っている以上にしっかりしているぞ。 それこそお前より大人びてるかもな。
リーが一人でも旅立てるようにしっかりサポートするんだ。 先輩だろ?」
少し茶化しながらそう言うと、イップはやや不満そうな顔でソレアを見上げたが、「先輩」という言葉で少しモチベーションが上がったのか、やがて胸を張り拳を胸に当て、
「こうなったらとことんやってやるっす! リーに戦闘についてしっかり教えるっすよ! なんたって先輩っすからね!」
と宣言した。二人はやはり苦笑を浮かべてそんなイップを見ていたが、リエティールは柔らかな微笑を浮かべて、
「よろしくお願いします」
と頭を下げた。イップは頼りにされたのが嬉しかったのか、満面の笑みで「任せろっす!」と答えた。
「じゃあまず明日は、リーの武器を見に行こう。
まだ俺が渡した短剣しか持って無いだろ? いい武器屋があるから、そこで自分に合う武器を探すといい」
ソレアがそう告げ、リエティールが頷きイップも同意すると、
「よし、決まりだな! じゃあ今日はもう休憩だ。 明日に備えよう」
と言い、其々分かれて部屋に入っていった。




