56.人混みを抜けて
描かれていたのは、先ほどは楕円だったものが六角形になっており、蓋の表面には六弁の花のモチーフが描かれていたものであった。花の中心部には小さな石を埋め込むようで、花弁の中にも外にも細かな装飾が書き込まれていた。その花とも雪とも見えるような精巧なデザインに、リエティールは感動して息を漏らした。
「すごい、素敵です」
エクナゲルの顔を見てやや興奮気味にそう言ったリエティールを見て、エクナゲルは少し得意げな表情で「そうかい」と言った。
すると彼女は席を立ち、部屋の奥側にあった扉を開きながらその向こうに呼びかけた。それから暫くして、その扉の向こうから銀灰のくせっ毛頭をした、眼鏡をかけたひょろりとした長身の男が出てきた。エクナゲルと比べるとかなりラフな印象を受けるその男は、リエティールと目が合うと不器用そうな笑みを浮かべて軽く頭を下げた。リエティールも釣られて、立ち上がって頭を下げるが、エクナゲルはそんな男の背を平手ではたき、「もっとピシッとおし!」と一喝していた。
苦笑を浮かべつつ姿勢を正す男の隣で、エクナゲルはため息をつきつつも、リエティールに男のことを紹介した。
「こいつは私の息子のユルックだ。 こんな成りだが手先は器用でね、こいつがアクセサリーの作成を担当している」
紹介されたユルックは、「どうも」と言って再び頭を軽く下げた。どことなく頼りない印象を受けるが、先ほどの見本品も彼が作ったのだと聞けば、その腕は確かなのだろうと納得せざるを得ない。
「昔は私がデザインも製作もやっていたんだけどね、最近は目が悪くなってきたから製作はこいつに任せっきりだ。 情けないとは感じるが、無理して下手なものを作るわけにもいかないからね。
さて、ユルック。 このお嬢さんからのオーダーメイドの依頼だ。 ちゃんと目を通しな」
エクナゲルはそう言い、ユルックに先ほどのデザインが描かれた紙を渡した。ユルックはそれを受け取り椅子に腰掛けると、眼鏡の位置を直しつつそれを見始める。それから直ぐにその眠たそうな目を見開いて驚いた顔になった。そして直ぐに口元に笑みを浮かべた。
「へえ、命玉をアクセサリーに、か……!
いいね、おもしろいね! 僕も作り始めてそれなりに長いけど、命玉をアクセサリーにするっていうのは人生で初めてだ! でも確かに、命玉だって宝石に負けず劣らず綺麗なものだよね。 不思議な力も宿っていて神秘的だし……。
ああ、なんだかやる気が凄く湧いてきた! お客さん、僕に任せておいてくださいね! すぐにとびっきりの作品を仕上げて見せるから!」
初めての経験に興奮したのか、饒舌になって色々と呟き始めた彼は、先ほどの頼りなさげな顔とは打って変わってウキウキとした表情でデザインをじっくりと見つめている。
いきなりやる気を出した彼の様子に困惑気味のリエティールに、エクナゲルは眉を少し歪めつつ、
「……まあ、変なやつだとは思うだろうが、これ程やる気を出すのは珍しいんだ。 どうか心配しないで欲しい」
と声をかけた。
それから料金についての見積もりの話になった。本来であれば装飾に使う宝石や貴金属の値段が追加で上乗せされるところであったのだが、命玉の加工という作業が初めてのためだと言い、エクナゲルは最低価格の750ウォドでいいと提示した。ユルックも「貴重な体験ができる機会をくれたお礼も込めて」と、その価格で同意した。
そして、リエティールはエフナラヴァの命玉を店に預けることとなった。エクナゲルやユルックのことを信用していないわけではないが、やはり手放すのには中々踏ん切りがつかず、手渡した後も随分不安げな表情を浮かべていたため、エクナゲルはユルックの工房までリエティールを連れて行き、鍵のついた金庫を見せて、大丈夫だと何度も言い聞かせた。
命玉が金庫にしまわれるのを見届けてから、それでも何度も金庫のほうを振り返りながらゆっくりと離れていくリエティールに、ユルックは優しい笑みを浮かべ、
「本当に大切なものなんですね。 でも、僕もなるべく早く仕上げるようにしますから、安心してください。」
と声をかけた。製作期間は七日の予定だとなったが、日数がずれる場合は滞在先に連絡を入れると言われた。その際に滞在先を聞かれたので、リエティールはセンドリブを指定しておいた。
ユルックのその言葉にリエティールは頷くと、ようやく踏ん切りがついたのか、二人に深くお辞儀をし、店を後にした。
店を出て大通りにもどる。日が傾き、先ほどよりもエルトネの比率が多くなったように感じる。リエティールはなるべく端の方を通りながら、人並みに流されるようにして無事にドライグにたどり着いた。大きく息をつきながら、ドライグの入り口付近の壁際に位置取り、休憩を挟んでからソレアを探しにいこうとして所に、タイミングよくイップがやってきて偶然にも目があった。
「イップさん!」
リエティールがそう呼びかけて近付くと、イップも気がついて手を振った。反対側の手には背負った袋の口を縛っている紐が握られている。その袋は大きく膨らんでいて、中には恐らく倒した魔操種の素材が入れられているのであろう事が考えられた。
「リー! どうしたっすか? おいらはこれからこの素材を換金しに行くところっす」
「あの、ソレアさんの言ってた宿の場所が知りたくて……」
イップにそう訊かれ、リエティールが答えると、
「おーそれなら任せろっす! なにせおいらも同じ宿に泊まってるっすからね!
これを換金したら宿に行くっすから、ちょっと待ってるっす!」
と胸を張り、混み合う受付へと向かって行った。
どうやら夕方は昼間に外で依頼をしていたエルトネが一斉に帰ってくるようで、昼に来た時も随分賑わっていたが、それを遥かに越える人数のエルトネが集まっていた。
リエティールはなるべく邪魔にならないようにと、壁に体を押し付けるようにしてイップが戻ってくるのを待った。数十分経ってようやく戻ってきたイップは、「お待たせっす!」と言い、リエティールの手を引くと、人でごった返す通りを上手い具合にすり抜けていった。その軽い身のこなしにリエティールは背後で感銘を受けつつ、いつかは一人でもこんな風に人混みの間をすり抜けられるようになりたいと考えていた。




