55.オーダーメイド
ガラスの向こうには幾つもの宝石と貴金属が輝いており、リエティールの目にとりどりの光を映していた。
そうしつつも、結局どうしたらいいのかが分からずにいた彼女の視界に、壁に掛けられた一枚のボードに書かれた文字が飛び込んできた。
「おーだーめいど……?」
不思議そうにそう呟き、リエティールはそのボードに近付いて詳細を読んでいく。
『オーダーメイド承ります
世界に一つだけ、貴方だけのアクセサリーを作ってみませんか?
指輪、ネックレス、イヤリングなど、その他多種の扱いもございます。
宝石の持ち込みも可能です。
基本料金 750ウォドより(製作物、材料等により変動します)』
それを読んで、リエティールは「これだ」と思った。
1ウォドが鉄貨一枚に相当し、そうなると750ウォドは銀貨七枚に銅貨五枚ということになる。値は張るが、今の手持ちであれば払えない額ではない。ただ、それは最低料金であり、最終的に幾らまで上がるかは不明ではある。
等と、リエティールがボードの前で思考を巡らせていると、いつの間にか店主はすぐ背後に迫ってきており、不意に声を掛けてきた。
「それに興味があるのかい」
急に声を掛けられて思わず声が出そうになったリエティールは、慌てて口を噤んで振り向き、小さく頷いて見せた。その様子にエクナゲルは満足そうに一つ頷くと、リエティールを店の奥に来るように促した。
店主についてリエティールが入ったのは、中央にテーブルと、椅子が向かい合うように置かれた小さな部屋で、リエティールは扉に近い方の椅子に座らされた。
それから少しして、エクナゲルはいくつかの資料を手にして、向かい側の椅子に腰掛けた。そして用意されていた紙と筆記用具を手にしながらリエティールに問いかけた。
「さて、お嬢さんは何が希望なんだい? アクセサリーにしたい宝石を持っていたりはするのかね」
その問いかけにリエティールは一つ頷くと、コートの内側に手を差し入れ、こっそりと小さな空間を開き、その中からあるものを取り出して、エクナゲルの前に差し出して見せた。それを見たエクナゲルは、最初は難しそうな顔をしてそれを見、次に大きく目を見開いて驚いた。
「これは……宝石じゃないね?」
リエティールはその言葉に頷く。彼女の掌の上にあったのは、青みがかって透き通った白い小さな玉。それはエフナラヴァの命玉であった。
リエティールはこれをずっと時空魔法で作った空間に仕舞い込んでいたが、身につけていたいという気持ちが強かった。しかしポケットに入れただけではやはり安心できず、どうするべきかと悩んでいたのである。そして先ほどオーダーメイドのボードを見て、これでアクセサリーにすることができれば、仕舞わなくてもずっと身につけていられると考えたのである。
命玉を差し出された店主は意表を疲れたのか、驚き呆れたような顔をしてリエティールと命玉を見ていたが、やがて一つため息を吐いて話し始めた。
「まさか、命玉なんてものを持ち込まれるなんてねぇ……。 流石に驚いたが、まあ確かに綺麗なものだね。
でもいいのかい? 命玉は価値が高いものなんだろう?」
命玉を持ち込まれたのはどうやら初めてのようで、それでもその美しさを認めたのか、リエティールの行動には少し理解を示してくれたようであった。店主が心配しているのは、命玉が魔操種を倒して得られるものの中で一番価値が高いものであるという知識があったからなのであろう。
店主のその問いにリエティールは首を横に振り、
「これは、大切なものなんです」
と答えた。その言葉にふむ、と小さく呟いたエクナゲルは、リエティールの目を暫く見つめ、それから頷いた。
「わかった。 それで作りましょうかね。
だけども、それは宝石とは勝手が違うものだろう。 お嬢さんみたいに小さな子どもがそんなものを公に晒したら、他のエルトネに狙われかねない。 大きさもそこいらの宝石なんかよりもあるからずっと目立つだろう。
ロケットペンダントなんかはどうかね」
そう言いつつ、エクナゲルは近くの鍵の掛かった棚から見本品のペンダントを一つ手に取りリエティールの前に置く。円形のシンプルなそれは、植物をモチーフにした細かな装飾がされており、そのままでも十分美しく見えたが、エクナゲルはそこに手を掛けると、蓋になっている部分を外して見せた。隠されていた内側には、小さな黄色い宝石を中心にあしらった金色の小さな花が輝いていた。
「うわあ、素敵……」
リエティールはそれを見て思わず感嘆の声を漏らし、それからすぐにこれがいいと答えた。
それを聞いたエクナゲルは、リエティールが手に持つ命玉を見ながら、紙の上に簡単な図形を描いてゆく。丸く厚みのある楕円を半分にしたような図形の中心に、半分埋め込むように命玉を表す球体を描く。そこに蓋となるもう半分の楕円とチェーンを書き足し、簡単なイメージ図が作られる。
「それは削るわけにもいかないからね、こんな形になるけど、どうだい?
この部分には、衝撃で簡単に開かないように、蓋を開けるには少し力が要るように仕掛けをつける」
説明を聞きながら描かれた図を見てリエティールは頷いた。これであれば安全にずっと身につけていられるし、見たいときにこっそりと見ることができるだろう。
リエティールの同意を得た次は、細かなデザインを決めていく。エクナゲルに何をモチーフにしたいか聞かれると、リエティールは少し悩んでから、
「雪か、お花がいいです」
と言った。雪は言わずもがな、氷竜のシンボルイメージである。そして花は、雪に覆われたドロクでは見ることが敵わなかったものであり、エフナラヴァといつか見てみたいという話をしたことがあったからであった。
「雪と花ね……」
エクナゲルは思案顔になって暫く、紙の端にイメージをいくつも描いていく。リエティールはそれを静かに見ていた。
やがて、イメージが固まったのか、最初に描いた図の隣に大きめの図を並べて描いていく。最初のものとは比べられないほど丁寧に描かれていき、書き始めてから数分して、リエティールにそれを見せた。




