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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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54.不思議な宝飾店

 リエティールが外に出て空を見上げると、陽は少しだけ傾いているようで、恐らく二時間くらいは経っているように考えられた。それなりに時間は経っているようであったが、日没までにはまだまだ時間がありそうであった。

 彼女はソレアに言われた通り、図書館の正面広場にある地図を見に行った。ドライグからここに来るまではソレアに手を引かれ、人ごみを掻き分けてきたので問題はなかったが、一人で戻るとなると少し自信がなく、ドライグまでの道のりを確認するためであるのと、この町のどこに何があるのかをある程度は知っておいた方がいいだろうと考えたためである。

 人が集まりやすいためか、地図は随分大きく作られていた。エルトネらしい装いの人以外にも、一般の住人や商人らしき姿の人等も地図を見ていた。リエティールはその間から背伸びをして覗き込み、現在地を探した。


 地図には町の全体の形と大まかな区分け、それから目立つ建物の場所などが記されていた。今彼女がいるのは東地区と言う、その名の通り町の東に位置する区域で、図書館の名前が書かれている直ぐ側に現在地を示す矢印が描かれていた。どうやらこれは向いている向きも表しているようであった。ドライグは南に向かって直ぐにある、町の中心へ向かっている大通りを通ればたどり着けそうな事がすぐに分かり、リエティールは一先ず安心し、町の全体像に目を遣った。


 この東地区の南側は店が集まっているようで、商会の名前らしきものがいくつか見えた。グレンデップ達のセルム商会の文字もその中に見つけることができた。

 また、宿屋を示すようなマークがいくつも見られたが、残念ながら数が多いためか詳細な名前まで知ることはできなかった。ソレアが言っていた『センドリブ』の場所についてはちゃんと聞いた方が良さそうだとリエティールは判断した。

 そのまま更に南西の方に行くと住宅街が広がっているようで、そこにも幾つか店があるようであった。恐らく、東地区の店はエルトネや外からやって来た人向けで、こちらの方は現地の人のための生活用品を扱っているのであろうと考えられた。

 その南西地区から北には、貴族街と表記されていた。呼んで字の如く貴族の住む地区なのだろう。地図に家名などが書かれていることはないが、貴族と言ってもまちまちなのか、家の大きさと思われる枠線の大きさは様々なものがあった。


 そんな中で、町の中心に一際目立つ建物があり、どうやらそれは役所のようであった。リエティールがそちらのほうに目を向けると、人混みや建物の並ぶ向こうに、円錐状の尖った屋根があるのが見えた。その先端には旗が掲げられていて、それが町の中心である庁舎であるということが一目で分かった。周囲のどの建物よりもずっと背が高く、迷ってもその屋根が目印になりそうであった。


 リエティールはもう一度ドライグまでの道のりを確認し、人混みの中を歩き出した。

 しかし幾ら注意していても、周囲には人だらけであり、背の低い子どもである彼女は思わぬ方向へ押されたり流されたりし、ドライグにたどり着くより早くへとへとになってしまった。人混みの中を歩くという経験が今まで無かった為に、上手くすり抜ける術が身についていなかったため、必要以上に体力も精神力も消費してしまったようであった。

 息苦しさから逃れる為に、リエティールは急いで道の脇に逃れ、壁際でようやく一息をついた。手を引いてくれる人のありがたみが身に沁みた彼女は、少し人気の少ない方へ移動することにし、脇道へ入った。


 人通りは一気に減ったが、それでも行きかう人はいなくなることは無く、ちらほらと何人かとすれ違いつつ、リエティールは並んでいる店先を眺めた。

 大通りに面している店とは違い、呼び込むような人もいなければ、表を開いて誘い込むような店も無く、店名の看板とささやかな装飾がされ、閉じた扉に「OPEN」等と言うようなことが書かれた看板を掛けている店ばかりであった。

 カフェや雑貨屋といった、静かな雰囲気の店の並ぶ中で、一つの店がリエティールの目に留まった。

 その店は周辺の店と同じように落ち着いた装飾の、特に目立った特徴のある店ではなかった。「リプセーヴ宝飾店」と書かれたダークブラウンの木の看板が掲げられ、同じ色の扉には「OPEN」の白い文字が書かれていた。


 リエティールが扉に手を掛けると、ドアベルが小さく音を立てた。店内は外観と同じくシックな雰囲気を漂わせる、落ち着いた色合いの商品棚が並び、その上には美しいアクセサリーが幾つも並べられていた。


「きれい……」


 思わずそう呟き、リエティールは正面の陳列台に近付き、置かれている商品をまじまじと見つめた。ガラスケース越しに並べられているアクセサリーに使われているのは、どれも小さな宝石であったが、丁寧に加工されたであろうそれの輝きは思わず目を奪われるほどで、何より店の落ち着いた雰囲気に合っていた。

 燃えるような赤色の宝石のペンダントに、深い青のイヤリング、煌く黄色の指輪と、とりどりの煌きにリエティールが我を忘れて目移りしていると、不意に声が掛けられた。


「おやまあ、可愛らしいお客さんだね」


 はっとしてリエティールが顔を上げると、そこにいたのは上品な佇まいの女性で、歳は四十代後半か五十辺りだろうか、微笑ましそうにリエティールを見つめていた。髪は殆ど白髪であるが、丁寧に手入れがされているよいうで一つに綺麗にまとめられており、顔には幾つも皺があるが、微笑を浮かべる顔は温かさを感じさせる。

 女性はリエティールの近くまで来ると、


「いらっしゃい、小さなお嬢さん。 私はここの店主のエクナゲル・リプセーヴと言う者さ」


と胸に手を当てて名乗った。リエティールはそれに慌てて姿勢を正し、お辞儀をして挨拶をする。


「リエティールです」


 その様子がおかしかったのか、エクナゲルと名乗った女性は笑みをより深くしてくすりと笑うと、続けてこう尋ねた。


「さて、それで。 ここに来たという事は探しているものがあるのかね?」


 その問いにリエティールはどう答えたらいいものかと頭を悩ませた。それというのも何となく惹かれただけで、特に何かが欲しいと思ってここに入ったわけではないからだ。

 悩んだ末に、リエティールは素直にありのままをエクナゲルに伝えた。それを聞いた彼女は変わらず微笑を湛えたまま、次のように言った。


「そうかい。 なら気の済むまで見ていくといいさ。 見ていればきっと惹かれたわけも分かるだろう。

 別に無理して買っていく必要も無いよ。 私はお客さんに満足してもらえればそれでいいからね」


 言い終わるとエクナゲルはそこから去り、奥にあった椅子に腰掛け、側にあった本を読み始めた。リエティールは戸惑いを感じながらも、折角来たのだからと、その言葉に甘えてアクセサリーを眺めていくことにした。

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