53.魔力と魔術師
本から読み取った古種や氷竜を除くそれぞれの竜の情報を再び紙に書き写し、それらを元の本棚に戻して、次の本を探しにいく。
探しにいく時、なんとなく後ろを振り返ると、制服のようなものを着た人が彼女が戻した本を手に取っているのが見えた。その人はページをパラパラとめくると、直ぐにそれを本棚に戻し別の本を手に取り同じようにページをめくるのを繰り返していた。
最初は何をしているのか疑問に思ったが、少し考えてそれがこの図書館の職員であり、こうして誰かが読んだ本を確認し、問題が無いかを調べているのだろうということに思い至った。ソレアがいっていたように本が貴重なものであるならば、こうして慎重に調べるのも不思議ではない。それに、返金の条件も本を傷つけないことであったから、このような確認は欠かせないのであろう。
そう考えて納得したリエティールは、再び前を向き目的の本を探す。彼女が探しているのは魔力について書かれている本であった。
暫くして何冊かの本を手にとってリエティールは再び机に広げて読み始めた。まず初めに読み始めたのは、魔法の基礎について書かれた本であった。
本によれば、魔法の属性は「火」「水」「風」「地」「雷」「毒」「氷」の七つが主流だという。それに加えて希少な「光」と「闇」があり、この九つが現在確認され、人間が扱えるものなのだという。
リエティールは自らが氷竜から受け継いだ魔力である「時空」はなんなのかと思い、基礎ではなく詳細が書かれていく本を開いて読み進めていくと、「特殊魔力」という項目を見つけ、その中に記述があるのを見つけた。
それによれば時空の魔法は非常に強力で、現存しないものであるとされていた。古い伝承には、嘗て時空魔法を操る強力な魔操種が生まれ、人々は絶滅の危機に陥ったが、強力ゆえに魔力の枯渇が早かったらしく、使用後から回復するまでの僅かな隙をついて打ち倒したとされていた。それ以降時空の魔力を持つ魔操種は確認されていないようだ。
氷竜は時空魔法をリエティールの前で何となしに使っていたため、特に隠している様子ではなかったのだが、人間との交流が絶たれた長い間に記録が失われてしまったのか、単に記録が無かったかのどちらかなのだろう、とリエティールは考えた。
魔力の枯渇が早い、というのも彼女は身をもって経験している。たった数秒で凄まじい効果を発揮したが、反対にたった数秒の行使で思わず息が切れる程であった。現在の彼女に使える魔力の量が限られているというのもあるが、人間を絶滅の危機に陥れるほどであれば、幾ら膨大な量を持っていたとしても枯渇させてしまうことは有り得るだろう。魔力の枯渇は肉体にダメージを与えるものではないが、彼女が息を切らしたように精神的な疲労が隙を作るのは確かだ。
時空属性についてあらかた読み終えた彼女は、同じページに「変化」という記述があるのを偶然発見した。
そこに書かれていたのは、姿形を変える魔法で、一部の古い書物に名前が出てくるのみで、それ以外の詳細や、実在したのかどうかは一切不明だということのみであった。
リエティールは左手をそっと自らの額に添えた。
(変化……これが、そうなの?)
彼女が氷竜の命玉を継承したことで現れた角は、触れてもそこにはない。それはここに書かれている「姿形を変える魔法」というのと一致していた。だが、やはり彼女がその本以外を調べてみても、これ以上詳しいことはどこにも載っていなかった。
リエティールは気になって、氷竜の記憶の中に同じようなことをしたような記憶が無いかを探ってみた。しかし、思い当たる節は存在しなかった。
(母様の記憶を辿ってみたけど、やっぱりこの魔法は母様が元々持っていたものではないみたい……。
どうしてこんなことができるようになったのか、いつかわかるのかな)
とにかく分からないものは悩んでもしょうがないと割り切ることにして、彼女は再び基礎の書かれた本に戻る。
魔法とは魔力を使い、その属性に対応する現象を具現化するもので、消費する魔力の量によってその強さや規模が変化する。発動するにはその現象を強くイメージすれば良いが、イメージ通りにするための魔力が足りなければ、その状態に達する前に枯渇してしまうため、自分が使える魔力量を上手く把握しなければならない、と本には書かれていた。
また、魔操種や霊獣種は魔力を生産する器官を体内に備え、枯渇させても時間が経てば再び魔力が戻る。しかし人間は取り込んだ分しか魔力を持つことはできず、枯渇すれば再び取り込むまで魔法は使えなくなる。更に、一度に過剰な量の魔力を取り込もうとすると体が耐え切れず命に関わるのだという。そのため、魔術師になるためには毎日少量ずつ魔法薬を摂取し、体を魔力に慣らして容量を増やさなければならないのである。
その記述を呼んで、氷竜の水がいかに完璧な量であったのかを思い知らされた。今思い起こせば、氷竜は初めて出会った日を除くと、一日のうち決まった時間に決まった量の水を飲ませたが、言い方を変えれば決まった時間に決まった量の水しか与えることは無かった。それを越えてリエティールが飲み物を要求すると、水分量の多い果実を食べるように言ったのだ。
氷竜は死の間際に水についてそのようなことを言っていたが、つまりそれはこういうことだったのだということを、リエティールはようやく知ることとなった。氷竜の記憶を探ると、確かに同じようなことを考えていた。
魔力について当初知りたかったことに加え、色々なことを知り、気がついたリエティールが本から顔を上げて視線を上に上げると、窓から差し込む日が入場時よりずっと傾いているのが目に入った。
知りたいことは大方知ることができたと、リエティールは本を片付けて受付に向かった。
受付で退場の手続きをしようとしたところに、先ほど本を見ていた職員がやってきて、受付嬢に何かを告げていった。恐らく本の異常がないことを報告したのだろう。話を聞いた受付嬢はリエティールに銀貨一枚と銅貨五枚を返却し、「お疲れ様でした」と言って頭を下げた。
リエティールも「ありがとうございました」と小さく頭を下げて、図書館を後にした。




