52.古種
本の中から古種の項目を探し出し、リエティールは目を通す。
『古種
古の時代よりこの世界に存在し、自然を司るとされる強大な力を持つ四体の竜。古竜、四竜とも。
それぞれ「氷竜」「火竜」「天竜」「海竜」と呼ばれ、その棲家は危険性が高く「禁足地」とされている。
近付くことができず、また自ら人前に姿を現すこともないため、その姿の記録は古い書物にしか残されていない。そのため、生態なども明らかになっておらず、意思の疎通が可能かも不明。』
そこに載っている事は、女性によく言い聞かされていたことと特に相違は無く、これだけ読むといかにも危険な生物であるように思える。実際に現代の人々は古種を恐れている。
彼女は次に、其々の詳細について載っている本を探し、詳しく読み込んでいく。初めに開いたのは氷竜のページであった。
『氷竜は、ウォンズ王国の北部、イエザルフ地方に棲む古種の一体。氷の属性を司る竜。
棲家の周辺は止むことのない吹雪が続き、一面が雪に覆われており、「氷竜の禁足地」と呼ばれている。また、その棲家は分厚い氷でできており、削ることも火で溶かすことも不可能なことから「氷の要塞」とも呼ばれる。
古種の四体の中で最も古の文献が多く存在し、嘗ては人間との交流があったのではないかと言われているが定かではない。文献の中には「ドラジルブ」という名が散見し、個体名であると推測されている。
外見は白く巨大な四足の竜で、翼を持つ。』
その説明と共に添えられている氷竜の想像図は、リエティールの知るドラジルブとは随分と違う姿をしていた。白くて四足、翼があるという点は共通しているが、その牙や爪は鋭く恐ろしく、顔も獰猛な表情を浮かべている。翼もオーロラのように光り輝く美しいものではない。
古い文献の中にある記述と、現代の人々の持つ恐ろしいイメージが混ざり合ってできた結果であった。その姿を見てどことなく悲しい気分になったリエティールは、その気分を変えるためにも次の古種を調べに手を動かした。選んだのは火竜であった。
『火竜は、ヘテ=ウィリアップ大陸の南部、エザルイガ地方に棲む古種の一体。炎の属性を司る竜。
住処である火山を中心に、周囲には溶岩地帯が広がっており、迂闊に近づくと皮膚が焼け爛れ、長く滞在すると死に至る。周囲の岩山は融解と凝固を繰り返し、常に形を変えているとされている。
古種の四体の中で最も資料が少なく、詳細が不明である。先述の理由から人間が近付くことができなかったためと考えられている。
外見は巨大で、岩のような皮膚を持ち、溶岩を纏う四足の竜とされる。』
こちらは氷竜と比べると情報が少ない。書かれているように文献が少ないのであろう。リエティールは同じ古種として何か接点が無いかと氷竜の記憶を引き出してみるが、相性が悪いためか殆ど接触が無かったようで、朧げに思い出せる程度であった。
添えられている想像図に目を移すと、背に火山を背負ったようなゴツゴツとした竜が描かれており、こちらも凶悪そうな顔をしている。
火竜は相性が最悪の相手である。今のリエティールでは到底敵う相手では無いであろう事が想像できた。
(やっぱり、火竜を最後にするのは正解だったかな)
そんなことを思いつつ、リエティールは次の天竜のページを開いた。
『天竜は、ヘテ=ウィリアップ大陸の北部、ネヴァエタルテ地方に棲む古種の一体。風の属性を司る竜。
天を貫くような高い山の上が住処とされているが、山の形状はほぼ垂直の塔のようになっており、先端に向かうに連れ反り返っている。加えて途中からは激しく風が吹き荒れるようになり、登頂記録は無い。
古い文献には、雲間から空を飛ぶ姿を目撃したという記述があることから、古種の中で唯一、棲家から移動する竜であるとされている。
外見は巨鳥のようであり、青や赤、紫などと、文献によって様々である。』
想像図には、反り返った山の上に佇む恐ろしげな青い巨鳥が描かれていた。目は射抜くように鋭く、口にあたる部分は鉤状の禍々しい嘴のようで、爪もまた同様に物々しく描かれている。
色が文献によって異なるということはどういうことなのか、リエティールにはよく分からなかったが、いずれ会う相手であることは確定しているので、その時に確かめればいいと考え、頭の片隅に置いておくことにした。
最後に開いたのは海竜、最初に出会う予定の古種のページである。
『海竜は、キニス海の中心に棲む古種の一体。水の属性を司る竜。
その棲家は海の中で最も深い場所とされ、地図などでは中心に描かれることが多い。特殊な海流が発生しており、巧みに船を操っても必ず外にはじき出されてしまうが、中心には海に引きずり込むような巨大な渦潮が存在するとされ、「海の口」とも呼ばれ恐れられている。その渦の中に海竜が潜んでいると考えられている。
嘗て上手く海流を抜けて中心に向かった船が、海の中に消えて二度と戻ってこなかったという伝承が、「海の口」の噂の始まりとされている。
外見は細長く、脚は無く鰭を持っている。』
挿絵には、ヘビのように長い体を持つ、やはり例に漏れず禍々しく描かれた竜が載っていた。おどろおどろしさを表現するためか、体には海草が付着し垂れ下がっている。
最初に会うというだけあって、リエティールは棲家についての記述を注意深く読み込む。
海竜の棲家は海の中央であり、このような記述がされている以上、船は近付かないのであろうことは容易に想像できた。となると、途中までは船で近づけるだろうが、それ以降は自力で海を渡らなくてはならないということになる。
海流を避けて中心に向かった船があるという伝承があるのならば、中心に向かう方法はあるのだろうとリエティールは考えた。
(これによれば、中心に近付くまでは海流で押し戻されるだけだと思うし、実際にいって色々試してみることになるかな……?)
様々に考え、結論としてまずは港のある町へ向かい、海の中心、つまり海竜の禁足地に船で行ける中で一番近い島を目指し、そこからは自力で解決策を見つけようということになった。




